自宅管理
「それじゃ、ボクはシャワー浴びてくる」
シャロンはそういっていなくなる。
残されたコモルは、トリスタンに聞いた。
「それで、「騎士」って何をすればいいんだ?」
「そうだな。とりあえず今の所は用事はない。落ち着いたら魔物を狩ってレベルをあげてほしい。そうしたら、自宅警備魔法がつかえるようになるだろう」
「だから、その「自宅警備魔法」ってなんなんだよ」
コモルはちょっと不安になって問いただす。
「伝説の賢者「ヒッキー」とよばれたヒューマンにしか使えない魔法だ。その能力を持つものは、成長して国を守ったといわれている。君は潜在的にその能力を持つから召還されたようだ」
「……意味がわからん」
コモルが聞くと、トリスタンは決まり悪そうな顔になった。
「正直、私たちもよくわからない」
「……なんだそりゃ」
コモルがそういった時、急に照明が暗くなってくる。
「な、なんだ?なんでいきなり暗くなったんだ?」
トリスタンは驚いて天井を見上げるが、さっきまで輝いていた光の塊は暗くなっていた。
「待てよ……電線が切れているのに照明が今までついていたことがおかしかったんだ。もしかして……」
コモルはネットカフェの照明スイッチをいじっていると、いきなり建物の詳細な情報が頭に流れ込んできた。
「なるほど。これが自宅警備魔法の『自宅管理』ってやつか。どうやらこの中にいると、設備の詳しいことがわかるみたいだな」
コモルは納得して、頭に流れ込んできた知識を整理する。
「このビルは屋上に大型貯水タンクと太陽光発電の施設と大規模バッテリーが設置されていたんだな。だから電線が切れてもしばらくは電気が使えていたんだ。でも困ったな。このままじゃ……」
コモルが考え込んだとき、シャワー室から叫び声が聞こえてきた。
「キャーーー冷たい!さっきまで暖かいお湯が出ていたのに!」
シャワー室から、シャロンが飛び出てきた。
「……まあ、そうなるよな。電気も水も有限ってことだ。これは困ったことになったぞ。このままじゃ快適な生活が送れない」
コモルは腕組みをして考え込むのだった。
ネットカフェのオフィススペースには、太陽光発電のメーターがあった。そのモニターを見てみると、バッテリーの残量が0になっている。
「ううむ……昼になるまで照明もエアコンも使えないのか。本当に電気を使いたいのは夜なのに」
コモルは悔しがるが、これはどうにもならない。
日が落ちて、辺りが暗くなったネットカフェの店内を見渡してコモルはため息をつく。電気になれた彼にとって、これだけ真っ暗闇の夜は不安である。なんとしても明かりをつけて安心したかった。
しかし、ここでは文明が遅れているため、灯りといえば松明や焚き火だった。そんなものを店内で使うと、本がたくさんおいてあるので火事になるかもしれない。
そう思ってシャロンに今までどうしていたのか聞いてみると、歯切れが悪かった。
「うっ。明かりか。ま、まあ、その……できなくはないよ。でも、その、なんていうか……」
「興味あるな。見せてくれよ」
「いや!なんで私が!」
シャロンは断固拒否して、そっぽを向く。
「なんで?」
「とにかく嫌なの」
そういうシャロンに、コモルは挑発してみた。
「……なるほど。王女って口だけで何もできないってのが定番だもんな」
「なにおう!」
簡単にシャロンはひっかかり、怒りの声を上げる。
「ほら、事実を指摘されたから怒った」
「ムキーーーッ!なら、みせてやるよ。ボクの聖なる光を見て、ひれ伏すがいい!」
シャロンの髪が逆立ち、キラキラと輝きだす。
「……みろ。神の奇跡の輝き!ライト!」
シャロンの金髪が輝き、辺りを明るく照らした。
「どうだ!これがボクの力だ!」
シャロンはドヤ顔するが、コモルは簡単にあしらう。
「よし。これで照明の代わりになるな。がんばれよ」
そういってコモルは漫画をとり、自分のブースに帰ろうとした。
「ま、まってよ。ほかに言うことないの?すごいとかきれいとか!」
「……微妙。まあ、なんとか漫画がよめるみたいだから、我慢するよ。がんばってそこに立っていてくれ」
コモルは冷たくシャロンの手を振り払う。たしかにシャロンの光はネットカフェ全体を照らすには暗かった。
「ムキー!ボクを馬鹿にして!よし、それならとっておきの技をみせてやる!。そこに立て!」
激怒したシャロンは、無理やりコモルを立たせた。
「シャロン様!いけません!あの魔法は……」
「侮辱されたままでは、我が一族の誇りが立たないんだ!」
そういって、シャロンは手を大きく広げる。
「みるがいい。ボクの雷魔法を!ライトニングショット!」
シャロンの全身が光輝き、ネットカフェの床に稲光が飛び散る
「ギャァァァァ!」
ネットカフェの中にいた全員が雷に打たれて気絶するのだった。
ネットカフェに、シルビアたち狩に行っていた騎士が帰ってくる。
「あれ?どうしたのかな?真っ暗だけど?」
シルビアは帰ってきたら照明が消えていることに驚いた。
「えっと……たしかボタンを押したら「電気」という光がつくんですよね……」
手探りでコモルから教えられていたスイッチを探り当て、押してみても付かなかった。
しかたなくランプをともして明かりをつける。
明るくなると同時にシルビアは悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁ!みんな倒れている!」
あわててシルビアたちはコモルたちを介抱するのだった。
コモルの意識が戻ると、騎士たちに取り囲まれていた。
「シャロン様、しっかりしてください!」
トリスタンが慌ててシャロンに取りすがっている。なぜか魔法を放った彼女も気絶していた。
「……何が起こったんだ?」
「気がついたか。姫を怒らせるからこんなことになるんだ」
ガラハットが笑いながら説明する。
「姫の一族が使える雷魔法は、確かに最強の魔法さ。どんな相手でも問答無用で倒すことができる。ただし……」
ガラハットはそこで言葉を切り、ニヤニヤと笑う。
「自分も感電して倒れてしまうのさ」
「意味ねーーーー」
コモルは使えない魔法に呆れてしまった。
そのとき、シャロンが目を覚ます。
「どうだ。思い知ったか!}
コモルの前で威張るシャロンに、トリスタンが拳骨を落とす。
「痛い!」
「姫、そこにお座りください。雷魔法は使わないようにと申し上げましたよね!」
怖い顔をしているトリスタンの剣幕に、シャロンはおとなしく正座するのだった。
数分後
シャロンはトリスタンに説教され、小さくなって正座している。
「いいですか、シャロン様、反省してください」
「ていうか、何も考えずに電撃を放つなんて、バカだろ。お前まで感電して気絶しているじゃねえか!もっと、その、相手を選んで電を落とすとかできねえのかよ!」
コモルに馬鹿にされ、シャロンは涙目になって言い返した。
「そんな都合のいい魔法があるか!どうやって相手と自分を見分けるんだよ。雷を放ったら、まず一番近い肉体-ボクに雷がくるんだよ!」
シャロンは開き直って胸を張る。
「そこを何とかしてこそファンタジーだろうが!」
「何を訳のわからないことを。とにかく、「雷魔法」は強いんだぞ。我が王家はこの雷の魔法で、魔神を倒したこともあるんだ。その勇者は自爆して一緒に死んじゃったけど。ボクはいつかレベルアップして、勇者になるんだ」
シャロンは涙を浮かべて悔しがっている。
「何が勇者だよ……まったく。あれ?電気か……ということは?」
コモルはあることを思いついて、シャロンの手を見つめる。
「な、なんだよう」
「アレをつければなんとかなるかも。ちょっと待ってろ
そうつぶやくと、コモルはネットカフェの配電室にあった作業工具を漁った。
「たぶんあるとおもったが……あ、あった」
棚の上から備品を取り出すと、シャロンの所に戻る。
「なあ。シャロン。雷の魔法を使いこなしたいか?」
「当たり前でしょ!」
ふくれているシャロンの手を、コモルは強引にぐいっとつかむ。
「わかった。これをつけろ!」
「い、いきなり何だよぅ。ま、まさか指輪とか?ボ、ボクとお前は出会ったばかりだぞ。いくらお前が騎士だとしても、物事には順序というものが……」
なにやら勘違いして赤くなるシャロンに、興味津々といった顔になる騎士たち。
コモルはシャロンの手をとると、自分の手元にひきよせた。
「何をする。ご、強引な奴だな……。わかった。どんな指輪をくれるんだ。言っておくが、ボクは姫だぞ。そんじょそこらのものでは……いたい!」
目を閉じてドキドキしているシャロンに、何か無骨な手袋のようなものがはめられた。
「何期待しているんだ。チョロインめ」
「なっ……」
絶句するシャロンの手を、シルビアがとって確かめる。
「なんでしょう?見たこともない素材で作られています」
シャロンの手につけられたのは、やわらかいような硬いような伸び縮みするような物質でできている手袋だった。
「手袋だと?ボクに決闘を申しこむ気か!?いいだろう!相手になってやる!」
いきり立つシャロンに、コモルは呆れる。
「勘違いすんな。俺の国に伝わる伝説の篭手『絶縁体手袋』だよ。いいから、それをはめたまま雷の魔法を使ってみろ。いいか、ちょっとずつだぞ!」
コモルに言われて、シャロンは自分の手のひらに光の魔力をこめる。
すると、手のひらに小さな雷の玉ができた。
「えっ!?感電しない!」
「その手袋は絶縁体で出来ているんだ。だから、ある程度までは電撃に耐えられるぜ」
それを聞いて、シャロンは喜色満面の顔になる。
「えいっ」
雷の玉を放つと、一瞬で離れた場所に落ちて地面に広がった。
「すごいすごい!。我が一族は、自爆せずに離れた相手を攻撃する手段を持たなかった。その悲願がこんな形でかなうとは……。コモル殿。感謝するよ。この『絶縁体手袋』は我が王家の家宝として、きっと子々孫々までずっと伝えられていくだろうね」
シャロンはうれしそうに、手袋を抱きしめた。
「ちょっと待て。いつお前にやるっていった……」
そこまで言いかけたところで、ハッと気づく。
(……こいつ、マジでちょろい)
そう思ったコモルは、ぐふふと邪悪に笑う。
「気にするな。それはこの国の通貨単位で1億マージほどする伝説の防具だけど、俺が持っていても何の役にも立たないからな。お前が使ってくれ」
コモルはそういって、手をひらひらと振った。
「一億マージだって!?ごめん。ボクは君のことをまだ見くびっていたようだよ。こんな高い物、受け取るわけにはいかないよ」
仰天したシャロンは、あわてて返そうとした。
しかしコモルは、優しく手をとって再びはめる。
「気にするな。これは俺がお前に個人的にプレゼントするんだ。大切な主君の身を守るためにな」
「プレゼント……ボクのことをそんなに想ってくれるのか……」
手袋をはめられたシャロンは、ポーっと頬を染めていた。
(やっぱこいつはチョロインだ)
そんなことを思いながら、コモルはまじめな顔をして頼み込む。
「その代わり、俺が気楽に生きられるように、手を貸してくれ」
「わかった。何でも言ってくれ。ボクができることなら、何でも協力しよう」
シャロンは協力を使うのだった。
「そうか。なら、早速頼みたいことがあるんだが……」
コモルのいやらしそうな顔を見て、トリスタンがあわてて間に入る。
「ま、待ってください!姫!!この男、絶対に何か変なことをさせる気です!」
「……しかし、この男ははかり知れない可能性を秘めているよ。あんな速い馬に乗ったり、ボクたちが見たこともないような珍しい物をたくさん持っている。やっぱり、ボクたちを導いてくれる、女神に選ばれた騎士なんだよ。わが国の再興に役立たせるためなら、ボクは姫らしくこの身を捧げても……」
頬を赤く染めて、シャロンはうつむく。金髪ツインテールのその姿は可憐で、コモルの心臓がドキッとした。
(み、身を捧げるって?それはつまり、あんなことやこんなことも)
思わずにやけるコモルの前で、ほかの騎士たちも騒ぎ出す。
「シャロン様にそんなことはさせられません!も、弄ぶなら、私を好きにしろ……!!」
そういってトリスタンが間に入る。
「そうだな。このネットカフェを維持するには、あんたの力も必要となるな。俺に力を貸してくれ」
コモルはそういって、彼女の手もとった。