ネットカフェ
ネットカフェ店内
「うわぁ……見たこともないものがいっぱいある!」
シャロンは年相応の子供の顔になって、珍しそうに辺りを見回す。
「ここがボクの新しい城かぁ。悪くないね!」
自分用に確保したペアブースに寝転がって、その感触を楽しむシャロンだった。
「……あの管理人は微妙だけど、城の召喚は大成功。この中にいると寒くない」
「ふわぁぁ。これでホームレスから脱却ですねぇ」
他の騎士たちも、思い思いの部屋に入ってそこを自分の個室にしている。
その時、コモルとの交渉を終えたシルビアがやってくる。
「失礼します。宮廷騎士シルビアでございます」
「入りなさい」
鷹揚に返事をして、シャロンはシルビア招き入れる。彼女は分厚い報告書を持っていた。
「我が忠実なるシルビアよ。苦しゅうない。我が王座の間によく来た」
「玉座の間にしては、狭いですけどね……」
確かに、ペアブースとはいえ二人が入ったら狭苦しかった。
「あはは。でもボクは気に入ったよ。スペースとしては充分だし、それにプライバシーも保てるし」
シャロンはすっかり気に入った様子でくつろいでいる。
「こほん。女神に選ばれた管理人、ヒキ・コモルについて報告いたしますね」
シルビアは報告書に基づいて、コモルのことを説明する。
報告書を読むにつれて、シャロンの顔は微妙なものになった。
「あいつって、童○なんだ。そのくせ女好きのいやらしい奴。はあ……あんな奴を仲間にしないといけないなんて」
「ですが、あの鉄の馬の制御技術といい、着ていた服の質といい、少なくともただの平民ではないでしょう」
シルビアはコモルが着ていた私服をシャロンに見せる。日本では大安売りの量産品だが、この世界では一級の仕立て屋が作った正装にも劣らぬ品質を誇っていた。
「ぐぬぬ……ずるい。ボクも欲しい!」
悔しがるシャロンに、シルビアはさらに告げた。
「あと、潜在能力として「自宅警備」魔法を持っていました。他にも面白いスキルもあります。「神代知識」などです」
シルビアはコモリの冒険者カードのメモを見せる。それを見たシャロンはうなり声を上げた。
「それって役にたつのかな?」
「この世界には神代時代の遺産がたくさん残されていますが、使い方がわからないため放置されています。それらを使いこなせると、大きな力になると思います」
そう指摘されても、シャロンは膨れている。
「でも、何も騎士にしなくてもいいのに」
「姫はあのお方がお嫌いですか?」
シルビアは膨れているシャロンをみて、クスッと笑う。
「当然だよ。顔はヒューマンだけど、いきなりキスしてくるなんて!」
「まあまあ。彼を仲間にすることで、私たちはつらい放浪生活から解放されるのですよ。また重いテントを背負ってあてもない旅を続けますか?」
そう脅されて、シャロンも考えを改めた。
「わかったよ。ボクたちって流浪の民だもんね。あいつ一人くらい受け入れてあげるよ。ぼくはきっと女王になって、国民のみんなを救ってみせる」
「シャロン様。それでこそ姫でございます。必ず、姫のご存命中に奴隷にされた民を救いだし、エルフ王国の再興を!」
忠実なシルビアは、改めて宣言するのだった。
「しかし、この城は変わっているよね」
シャロンは感慨深げに言う。周りを見渡すと、大量に見慣れぬ本があった。
「これは……絵本ですか?」
「うん。だけど変な文字で書かれているから、よくわかんない。絵はかわいいのに」
少女コミックを広げて、シャロンはがっかりとした顔になる。
「これは今では失われたヒューマンの文字、『神代文字」ですね。失われた知識の宝庫です。他にも見てみましょう」
二人で改めてネットカフェを見て回ったが、訳のわからないものばかりだった。
「なんでしょう。この金属の箱は?」
「さあ……触ってもなんにも起こらないんだよ」
モニターやパソコンをペタペタと触って、二人で首をかしげる。
それから外にでて、一階の駐車場に止まっている車を見た。
「これは、馬車でしょうか?でも……馬がいません」
「召喚できなかったとか?でも、こんな重そうなのを引ける馬なんているのかな?」
輪がついた金属の塊などを見ても、なんに使うかわからなかった。
「……まあ、彼に話を聞けば、これらの品々が使えるようになるでしょう」
「そうだね。さっそく彼をつれてきてよ!」
シルビアはうなずくと、ネットカフェから出て行った。
ネットカフェにコモルが戻ると、さっそく騎士たちに質問攻めに会った。
「さて……それではわが国のものとなったこの城について、いろいろ教えてほしい」
コモルはシャロンとトリスタンに頼まれて、ネットカフェについていろいろ説明して回った。
「ううむ……信じられない。火を使わずに調理できるのか?」
ネットカフェの簡易キッチンでは、IHクッキングヒーターに驚くトリスタン。
「あったかい湯がでます。これってお風呂なんでしょうか?」
シャワールームに入ってはしゃぐシルビア。
「綺麗なトイレ!水を流して毎回洗浄しているの?こんなのみたことないよ!贅沢すぎる」
シャロンは何度もトイレの水を流してみて感動していた。
「まてよ?なんで電気とか水道とかが使えるんだろう?電線も上水道もつながっているわけないのに」
コモルはそう思ったが、考える間もなく質問が飛んできた。
「ねえ、これって何?」
シャロンはネットカフェのカウンターにおいてあるシャーペンや消しゴムを手にとって無邪気に聞いてくる。コモルがその用途を説明すると、シャロンは歓声をあげた。
「へえ。書いたり消したりできるペンなんだ。便利!ねえ。一本ちょうだい。これがあると勉強がはかどるよ」
「やなこった」
コモルは無情にもペンを取り上げる。彼女は残念そうな顔をしたが、このネットカフェにある備品はコップ一個、スリッパひとつにいたるまで貴重品である。いくら美少女のお願いでも、簡単にあげられるものではなかった。
「コモル殿のけち」
「仕方がありません。コモル殿の私物なのですから。一つ一つ交渉していくしかないでしょう」
トリスタンはそういって、シャロンを慰めた。
「へえ。わかっているじゃないか」
「当然だ。我がマンティス家は元は国の重鎮だぞ、強硬手段に出るべき相手かどうかは、見ただけでわかる。君の首を掻き切るのは赤子の手をひねるより簡単だが、犯罪者になるのもまっぴらだ。まあ、ある程度まではな。ふっふっふ」
トリスタンは不気味な笑みを浮かべ、コモルはちょっと背筋が寒くなってしまった。