自宅警備魔法
テントの中には、トリスタンとシルビアが残っていた。
「あ、あの。あなたの取調べをするように言われました。ごめんなさい」
シルビアなぜか気弱そうにペコペコと謝ってきた。
「取調べって、何をするんだ?」
「まずは、このカードを持って念じてください」
シルビアから、白色のカードを渡された。
「なんだこれ?」
「冒険者カードです。あなたという個人の名前・種族・職業・犯罪歴・潜在能力その他が自動で読み取られて表示されます。あなたのことを何もしらないから、教えてください」
そういわれて、思わずコモルはカードを投げつけた。
「おもいっきり個人情報保護法違反じゃないか!」
「仕方ありません。あなたが何者かもわからないのだから。このカードには嘘をつけない特別性なのです。頼みます」
そういわれて、しぶしぶコモルはカードを手に取る。
名前 ヒキ・コモル
年齢 20歳
種族 ヒューマン族
身分 ネットカフェ難民レベル1
スキル 『運転免許」「神代知識」「言語理解」「自宅警備」
犯罪暦 なし 財産95369円
異性交際経験人数0人 同性交際経験人数0人 自○回数1596回
「っておい!」
コモルはあわててつっこんだ。
「なんで自己発電の回数まで表示されてんだよ!」
「はわわっ。ご、ごめんなさい。悪かったです。これは取り調べ用のカードなんで、性犯罪に関することも乗ってしまったみたいです。でも、これであなたが悪い存在ではないことが証明されました」
シルビアも顔を真っ赤にしていた。
「童○か……ううむ。我らの仲間にしてもいいものだろうか
トリスタンはまじめな顔をして悩んでいた。
「ど、○貞ちゃうわ!てめえ!ふざけんな!」
わめくコモルを無視して、シルビアは他の項目に注目する。
「それより「自宅警備」のスキルを潜在能力としてもっていますよ。やっぱり彼が、女神様に選ばれたあの城の管理人に間違いないみたいです」
「ううむ……こんな奴が?仕方ない」
トリスタンはため息をつきながらコモルを見た。
「なあ、さっきから言っている「女神に選ばれた管理人」ってなんのことだ?」
「我々が住む根拠地を守り、維持する存在だ」
「……なんだか言っていることがさっぱりわからん」
首をひねるコモルに対して、シルビアが説明する。
「あなたは、私たち世界に散らばってしまったエルフの一族を守るために女神様から選ばれたのかもしれません。お願いです。私たちに協力してください」
「……」
渋い顔になるコモルに、トリスタンは頷く。
「先代国王が魔神族に殺されて、エルフの国である王国が滅びて以来、我々の一族は散り散りとなり、各地をさまよっている。もう一度、エルフの国を建て直したいのだ」
「……その魔神族を倒せとかいわないだろうな」
コモルの言葉に、トリスタンは笑って手を振る。
「ははは。何をいうかと思えば。君にはもともとそんな力はない。君に期待するのは、自宅警備魔法だけだ」
「なんだそりゃ?」
再び首をかしげるコモルに、シルビアが説明した。
「『自宅警備魔法』は、自国を滅ぼされた我々に一番必要な魔法なのかもしれません。あなたは女神さまに選ばれたのです」
「なるほど。わからん」
コモルは改めて自分の体をみるが特に変わったことはなかった。
「カードのスキル欄に手を当ててみてください」
シルビアに言われて、コモルはそっと触れてみる
・自宅警備魔法 自分の領域を支配したり守ったりする魔法。自宅と認識した領域の環境を改変できる
と書かれていた。
「ふざけんな!マジでヒキニートそのものじゃないか」
怒るコモルを、トリスタンはまあまあとなだめる。
「魔物を倒してレベルアップして縄張りになる領域を広げていけば、やがては『自国』を守ることもできるかもしれない」
「結局魔物退治なんてしないといけないのかよ!」
コモルはうんざりしてしまう。
「なあ。俺はただの男だ。もう冒険にあこがれる中二病は卒業したんだよ。元のところに帰してくれないか?」
コモルは訴えるが、トリスタンは首を振る。
「残念だが、送り返す方法はない。すまんな」
トリスタンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そんな……俺は異世界に召喚されたまま、帰れないのか?」
「異世界……なんのことですか?」
シルビアはキョトンとなる。
「お前たち、明らかに人間じゃないだろ?耳が尖っていたり、変な魔法を使ったり」
「我々はエルフ族だ。たしかにヒューマン族はもういないが、ここはあなたがいた世界のはずだが?」
トリスタンはきっぱりと言い切るが、コモルは信用できなかった。
「そんなことをいわれてもな……だったら聞くけど、この星の名前はなんていうんだ?」
「地球ですが?」
「えっ?」
あっさり言われて、コモルのほうが驚いた。
「ま、まあいいや。とにかく、俺はわけもわからず見知らぬ国に連れてこられて、大変迷惑しているんだ」
「こんなことになって、本当にすみません。ですが、私たちも必死なのです。なんとか私たちと協力してくださらないでしょうか?」
「私からも頼む。そうしてくれれば、いずれ君はシャロン様の夫となり、国王になれるかもしれん」
「え?国王?あの子の夫?」
それを聞いて、コモルの眉がピクリと動く。
「ええ。見たところあなたは完全なヒューマン族です。失礼ながら人間の顔をしておられます」
「人間の顔って……失礼な奴だな!」
ちょっとカチンと来るコモルだったが、次の言葉で俄然元気が出てきた。
「この世界の住人からはヒューマン族の特徴がどんどん失われ、それと共に知能も退化していっています。顔だけに限定しても、人間の顔をしている者が少ないのです。男性のエルフは魔神族との戦いでほとんど死んでしまいましたし」
「……我々エルフ族はもっとも人間の血を残している種族だ。当然、美的感覚もそれに準じる。その……顔がゴブリンやオークの相手と夫婦になるのは……あの、抵抗があるというか。このままででは子供ができず、わがエルフ族は滅びるしかないのだ」
シルビアとトリスタンはもじもじしながら言った。
「……つまり、俺に子作りしろと?」
「は、はい」
「も、もちろん奴隷とされている我らが国民を各国から取り戻して、安住の地を手に入れ、安心して子供を育てられる環境を作ってからのことになるのだが」
それを聞いて、コモルの心は決まった。
「よっしゃ!ハーレムフラグだな。いいだろう。俺はこの世界に骨を埋めるぜ!」
喜ぶコモルを見て、二人はちょっと心配になった。
(本当にこの人で大丈夫なのかしら……?)
(我が一族の知能がさらに低下することにならなければいいのだが……)
二人はそう思ってため息をつくのだった。
「まあいいや。それで、とりあえずお前たちの仲間になってやるとして、その待遇はどうなるんだ?」
「た、待遇ですか?」
それを聞いたシルビアがちょっと困った顔になるが、コモルはさらに続けた。
「だって、ハーレムも子作りも安心して暮らせる国を建てた後って話なんだろ?それまではただ働きって虫が良すぎないか?」
コモルに鋭く突っ込まれ、シルビアとトリスタンは言葉に詰まってしまった。
(こ、この男。バカかと思ったら意外と鋭いな!)
(こ、困りました。私たちは流浪の騎士団で、あまりお金を持ってません。どうすればいいんでしょう?)
困った二人は、とりあえず宥めてみる。
「あーっ。こほん。騎士たるもの金にこだわるべきではないぞ」
「そ、そうですよ。そんな小さなことを言っていては駄目ですよ」
生暖かい笑みを浮かべてなだめようとするが、コモルはごまかされなかった。
「俺のいた時代には、「名ばかり管理職」という言葉があってな。立場だけ偉い人に指名されても、実際の報酬が伴わなかったら何の意味もないんだよ」
コモルに鋭く指摘され、二人は肩を落とした。
「仕方ない。騎士としての報酬として、騎士団の経理から月10万マージ支払おう」
コモルはそれを聞くと、ニヤリと笑ってその価値について尋ねる。
「月10万マージって、どの程度の貨幣価値があるんだ?」
「そうですね……平民一人が一ヶ月不自由なく生活できるぐらいです。も、もちろんあなたにも仕事してもらわないといけませんけど。それと、私たちと一緒に魔物を倒してもらったり、あなたとともに現れた城を私たちの本拠地として使用させていただきます」
シルビアの返事を聞いて、コモルは考え込む。
(これは、安くこき使うつもりだな……よし。交渉術を見せてやる)
そう思ったコモルは、わざとふてくされた顔をした。
「……話にならないな。そもそも、俺の家を勝手にどうするつもりなんだ?」
「あなたの家ですって?」
首をかしげるシルビアに、コモルは畳み掛ける。
「あの施設はもともと俺が所有していたものさ。じゃなかったら、安心して中で寝ていられるわけないだろ?」
そういわれて、シルビアは目に見えて動揺した。
「わ、私たちはあなたの館を勝手に召喚してしまったのですか?」
「そうさ。あと建物の敷地内にある車やバイク、自転車なんかも全部俺のものだ。もしや、個人の資産を奪ったりはしないよな。エルフ王国ってそんな野蛮な国じゃないよな」
「だ、だけど……その……」
シルビアとトリスタンはモジモジとするが、その時一人の女が入ってきた。
「まーだグダグダいってんのか?」
「ガラハット様。まずいことになりました。あの豪華な城はコモル殿の館だったです。ああ、姫になんていえばいいか……我々には買い取るお金どころか、使用料すらはらえそうにありません」
彼女の上司である騎士団の団長ガラハットに今までのことを話すと、彼女はガハハと笑った。
「何言ってやがる。こいつはわが国の騎士になるんだろ?だったら、あの城も俺たちのものさ」
お前のものは俺のもの理論に、コモルは噛み付く。
「おい!いくらなんでも横暴だぞ!」
「だったらお前が出て行くか?言っとくけど俺たちは絶対に出て行かないぞ。他に住むところもないしな」
「ガラハット様!しーーーーっ!」
シルビアが慌ててガラハットの口を押さえようとしたが、コモルは聞き逃さなかった。
「住むところがない?どういうことだ?」
「なんだ?まだ言ってなかったのか?シルビア、お前もおとなしい顔して、大した女だなぁ」
「……コモル様には、後でゆっくり説明しようと思っていたのです」
観念したシルビアは、今の騎士団の現状を語った。
「なんだって?あんたたちはホームレスしていたって?」
衝撃の事実を知ってコモルは驚く
「国が魔神族に滅ぼされたので、国民は散り散りになり、残っているのは姫直属の女親衛隊だけ。私たちは各国を転々としていたのですが、思うように国を再建するお金も稼げずに……」
シルビアはしくしくと泣き出す。
「お願いします。私たちは姫を奉じて王国を再興さないといけないのです。頼みます!力を貸してください!」
シルビアは頭を下げて頼み込む。
「断る。なんだって俺がそんなことを……え?今なんていった?」
「えっと……私たちは姫を奉じて王国の再興をして……」
「そこじゃねえ。女親衛隊って。もしかして、女しかいないのか?」
コモルは鼻息荒く迫ってくる。
「は、はい。姫を守るための騎士団だから。当然、女性しかいません」
シルビアが困惑気味に説明すると、コモルは考えこんだ。
(女騎士団か……その中に俺が一人!夢の同居生活!良いかもしれない。どうせ知らない世界に来たんだ。なら、冒険して、ハーレムを作って……)
コモルはニヤニヤと笑いながら、楽しい妄想をする。
シルビアはそれを見て、ドン引きしていた。
(大丈夫なのかしら、この人、でも、あの城が彼の物だというのは事実です。下手をしたら、我々のほうこそ追い出されるかもしれません。ここは、彼を懐柔して…いざとなったら私の身を捧げて)
決死の覚悟を決めるシルビアに、トリスタンはささやきかける。
(心配するな。いざというときは、縛り上げて一室に閉じ込めておけばいい)
二人がごにょごにょ言っている間に、コモルは結論を出す。
「わかった。協力してやろう」
その鼻の下がのびきった顔をみて、シルビアとトリスタンは少し後悔するのだった。