備品補充
翌日
シルビアとコモルは、王都の町を歩いていた。
すると、現代人のコモルにとっては我慢できないことがあった。
「しかし、悪い意味でも中世ヨーロッパ風の町だな。本で読んだ不潔な中世の暗黒時代そのままだ。」
コモルは顔をしかめながら歩く。町の大通りはまだマシだったが、裏通りは投げ捨てられた汚物であふれており、町の中央を流れる川から悪臭が漂っていた。
「その……汚物を道に捨てるのは、普通ではないのでしょうか?」
「普通じゃねーよ」
コモルは嫌そうに顔をしかめる。
「コモル殿のいた世界では、もっと綺麗なのですか?」
「ああ。『下水道』というのが完備されているから、綺麗だぜ。衛生に気を使うことで、細菌の繁殖を抑えて伝染病が流行するリスクも抑えているんだ」
コモルはひとりごとのようにつぶやく。
「『衛生』?『細菌』?」
わけがわからないといった顔をするシルビアに、コモルは説明する。
聞き終えたシルビアは、驚いた顔をしていた。
「なるほど……臭いにおいとか、病気になる原因って、そういうことだったんですか。コモル殿はすごいな。私は姫についていろんな国に行って、そこの図書館で本を読んでみましたけど、今まで、どこの国にもそんなことを知っている人はいませんでした」
シルビアはコモルを見直したような顔をしていた。
「よせよ。俺たちの時代では誰もが知っていることさ」
「……しかし、私たちの国や他国でも。流行病の原因が細かい生物であることや、汚物がその生物を繁殖させているという知識をもっていなかったんです。どうやら、あなたは騎士に足る価値を持つ人材らしいですね。姫のファーストキスの価値はあったかな?」
舌をちょっと出して、いたずらっぽく笑う。不覚にも、その笑顔にキュンと来てしまった。
「私、あなたのことに興味が出てきました。もう一回コモル様の冒険者カードを見せていただきませんか?」
「お、おう」
コモルは冒険者カードを渡す。もちろん必要な所は項目ごと隠すように念じながら。
それを見て、シルビアは納得の表情を浮かべた。
「なるほど。コモル様の神代魔法スキルがレベル2にあがっています。毎日本を読んで勉強しているからですね」
「い、いや、大した事はないから」
コモルは返された冒険者カードを、さりげなくチェックしたシルビアが触れたので、彼女の情報が出ている。
名前 シルビア・モス
年齢 16歳
レベル15
職業 ネットカフェナイト
スキル 風魔法
犯罪暦 なし 財産35968マージ
異性交際経験人数0人 同性交際経験人数0人 自○回数 205回
(まあ普通の女の子だな。だけどかわいいな。妹みたいだ)
カードを見てニヤニヤしているコモルに、シルビアは首をかしげる。
「コモル様、どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ!」
慌てて冒険者カードを自分のデータに上書きするのだった。
「さあ、行きましょう。ふふ。有用な人材だとわかった以上、あなたを逃がしたりはしませんからね」
シルビアはコモルの腕につかまり、キラキラとして目で見上げた。
「もっとコモル様の世界について教えてください」
「あ、ああ。いいぜ」
こうして、コモルはシルビアに元の世界の話を聞かせるのだった。
コモルはシルビアと共に王都の薬師ギルドに到着する。
「どうしてこんな所に来たんですか?」
「『備品補充』スキルを手に入れたから、ある物を売ろうと思ってね」
コモルはネットカフェの備品となっているある物を入れた皮袋を取り出す。
薬師ギルドの職員は、入ってきた二人を胡散臭そうに見つめた。
「ふん。エルフ騎士団か。一応自由民みたいだが、あんたらもたいな貧乏人が何の用だね?」
「実は、買ってもらいたいものがあるんだ」
コモルは皮袋を手渡した。
「なんだ?ランスホースの膀胱じゃないか。何が入っているんだ?」
受付の職員は中にある黒い液体をちょっと舐めてみると、たちまち顔色が変わった。
「これは、砂糖水か?いや、舌がちくちくして、美味しい」
「どうですか?いくらで売れますか?」
シルビアは期待した顔をする。ギルドの職員は値踏みするように二人を見て、買取金額を言った。
「うーむ。誰も飲んだことがない飲み物だし、売れるとは限らん。それに量も少ないしな。15000マージでよければ買い取ろう」
職員のつけた値段を聞いて、シルビアはがっかりした。
「……もう少し高く買い取っていただけませんか?」
「だめだめ。これ以上は出せないよ」
職員は首を振る。シルビアは残念そうにコモルを見上げた。
「コモル様。申し訳ないです。このおいしいジュースはもう少し高く買い取ってもらえると思ったんですが」
「まあ、仕方ないさ」
コモルはシルビアの白髪を撫でて慰める。
「なら、それでいいな」
皮袋を取ろうとした職員の腕を、コモルはつかんだ。
「なんだ?」
「残念だけど、そんな値段じゃ売るくらいなら、こうした方がましさ」
コモルはニヤリと笑って、皮袋を取り上げる。
そのまま、一気に飲み干した。
「げふっ。……しまった。一気飲みするんじゃなかった」
「あ、あんた……なんてことするんだ!」
怒る職員の手に、コモルは皮袋を押し付ける。
『残りでいいならあんたにやるよ。ほら、帰るぞ」
「えっ?」
困惑するシルビアを引っ張って、薬師ギルドを出る。
「コモル様。どうして飲んでしまったのですか?」
疑問に思うシルビアに向けて、コモルは笑いかける。
「これも駆け引きさ。まあ、見ていてよ」
そういうコモルの意図が、シルビアにはさっぱりわからなかった。




