自宅無双
ナイフをもって近づいてくるタマに、コモルは恐怖を覚える。
「た、タマ。許してくれ。奴隷にしたのは悪かった。このとおりだ!」
コモルは縛られたまま頭を下げるが、タマはそんな彼ににっこり笑いかけた。
「ご主人様に助けていただかなければ、私はあの暗い路地裏で死んでいました。奴隷にしてもらっておいしいものも食べさせてもって、綺麗な服も着させていただいたにゃ。返しきれないほどの恩があります!」
そういうと、ナイフで一気にロープを切る。
「ご主人様。逃げてきださい!」
そういって、盗賊たちの前に自ら立ちふさがった。
「てめえ!覚悟はできているんだろうな!」
いきり立った盗賊たちが剣を突きつけるが、タマはひるまない。
「私がここで殺されても、優しいご主人様さえ生きていれば、きっと奴隷にされたみんなを救ってくださいます!」
「ふん。だったら殺してやる!」
いきり立った盗賊のリーダーが、剣を振りかぶってタマを切り殺そうとする。
「やめろ!」
コモルは絶叫して、タマに覆いかぶさった。
「……?」
ギュッと目をつぶっていたタマが、恐る恐る目を開ける。
目の前には、自分をかばうようにして立つコモルがいた。
「なんだこりゃ。どうなっているんだ」
彼らは理解不能という顔で、自分が持っている剣を見つめる。
それは何かとてつもなく硬い物を切りつけたように、真っ二つに折れていた。
「ご主人が……助けてくださったのですか?」
「わからん。何が起こったのか。切られたはずなのに……ん?」
コモルは自分の体を見る。何か薄い膜のような物で包まれていた。
次第に体の奥底から力が湧き上がってくる。
「自宅警備魔法『自宅無双』が発動しました」
なぞの声と共に、自分が手に入れた力の使い方が頭に流れ込んでくる。それは自宅内にいるかぎり、無敵になれる能力だった。
「ははは……使えるんだか使えないんだか、よくわからない魔法だな」
自分たちの目の前で笑うコモルに、冒険者たちは激怒する。
「てめえ!」
男たちが切りかかってくるが、先ほどと同様に剣がコモルの体に触れた瞬間にむなしく折れた。
「な、なんだてめえは……」
動揺する男たちの前で、コモルはゆらりと立ち上がった。
「……てめえら。よくもタマを殺そうとしたな」
コモルは全力を込めて、冒険者たちに殴りかかる。
「死ね!」
次の瞬間、屈強な冒険者たちは無力な子供のように吹っ飛ぶのだった。
「ぐはっ!」
血を吐いて倒れた部下たちを見て、冒険者たちのリーダーが表情を変える。
「へえ……見たことない技だな。戦闘術の一種か?いずれにしろ、こいつらを倒すなんてたいしたもんだ。ちょっと舐めていたのかもしれねえ」
余裕たっぷりに剣を抜き、身構える。
「なるほど。ゴブリンス殿下が俺たちを雇うだけのことはある」
「……あいつが雇った、だと?」
コモルはそれを聞いて、リーダーの男をにらみつける。
「ああ。お前たちは目障りなんだと。この城を接取して、自分の別荘にしたいそうだぞ。この剣を貸してくれたときにそう言っていた」
リーダーの男は呪文が書かれた剣を見せびらかす。
「お前たちの騎士団は、それなりの実力を備えているそうだからな」
そういいながら、真っ黒い剣をコモルに向けてくる。
「この「反魔剣グール」は、魔法を食い尽くす伝説の剣。てめえがどんな魔法を使おうが、効かないぜ。おとなしく死んでいけ!」
その言葉と共に、リーダーの男は剣を振りかざす。
しかし、コモルはひるまなかった。
「それがどうした……!俺はこの建物の中にいる限り無敵なのさ。『自宅無双』」
コモルは冷静にスキルを発動する。その肉体が膨れ上がり、筋肉ムキムキのマッチョになっていった。
「けっ。死ね!」
そうわめきながら男は一歩を踏み出すが、いきなりコモルは倒れている男の部下の所にかけよった。
「な、なんだ?何をするつもりだ!」
リーダの男は慌てて剣を構えるが、コモルは部下の男を無理やり立たせる。
「あ、兄貴……たすけてくれ!」
仲間は人質にとられたと思い、泣き叫けんだ。
「き、貴様!人質をとるとは卑怯だぞ!」
「どの口で言うんだか。それに人質じゃないさ。ただの武器だ」
コモルは冷たく笑い、二人の冒険者の足を片手に一人ずつ持って棍棒のように振り回す。重い人体は意外な凶器となり、リーダー格の男を殴りつけた。
「ぐっ!」
まさか仲間を剣で切るわけにもいかず、リーダーの男は無防備に受けてしまう。その衝撃で床に「反魔剣グール」を落としてしまった。
「タマ!頼む」
「はいですっ!」
タマは素早く駆け寄り、剣を拾い上げる。これで冒険者たちの身を守る武器はなくなってしまった。
「ま、まて!俺は王子に雇われただけなんだ!助けてくれ!」
「そんな命乞いが通用すると思っているのか?甘いな」
コモルがにやりと笑う。その体からは強力な魔力が立ち上っていた。
「や、やめろぉぉぉぉぉ!」
平原に冒険者たちの絶叫が響き渡るのだった。
夕方
シャロンたちエルフ騎士団が狩から帰ってくると、マーリンとタマがご馳走を作って待っていた。
「お帰りなさい。ご飯できていますよ~」
「すごい。どうしたのこの料理は?」
戻ってきたシャロンは、並べられたご馳走を見て目を丸くする。
「臨時収入が入るからって、ご主人様が奮発してくれたんです」
タマはにこにこと笑っている。そこに大きな袋を持ってコモルが帰ってきた。
「ただいま。あいつら結構金持っていたぞ。あいつらの装備品も高い値段で売れたしな」
よいしょと持っていた袋を下ろす。そこには大量の金貨が詰まっていた。
「どうしたの?これ?」
「親切な冒険者さんが、援助してくれたのさ」
コモルはそういってごまかす。
「……ぼくたちエルフに援助してくれる冒険者って、いるのかなぁ」
「まあ、細かいことはいいじゃねえか。それより飯にしようぜ」
コモルがそう提案してくるが、シャロンは首を振った。
「その前に、冒険者ギルドにいって獲物を換金しないと。早く行かないと閉まっちゃう」
「そうか。なら早くいってこい。遅くなると全部食べちゃうぞ」
「意地悪!」
シャロンたちはあわてて城壁の中に入っていった。
獲物を積んだ荷台を冒険者ギルドに運んでいると、その近くに素っ裸で放置されているゴブリンのホームレスがいた。
誰かにボコボコに殴られたのか、体中が腫れている。
「畜生。あいつめ。ここまでするか?俺たちが持っている装備や有り金をすべて巻き上げるって……」
「ああ……「反魔剣グール」までとられてしまった。このことを知られたら、王子に牢にぶちこまれるかも……」
下っ端らしき二人のホームレスは、抱き合って泣いている。
「仕方ねえ。この国から逃げ出すぞ!」
兄貴分のホームレスにつれられ、三人の冒険者は慌てて町から逃げ出していった。
「……あれ、なんなのかな?」
「さあ。ですが冒険者稼業は厳しいですからね。モンスターに襲われて、装備を捨てて命からがら逃げてきたのかも知れません」
「ふーん。僕たちもああならないように、がんばらないと」
シャロンは情けない彼らを見て、気合を入れなおすのだった。




