レプトタートル
「に、にげよう!」
「ああ!」
コモルは必至にアクセルを踏むが、タイヤがぬめぬめした皮膚で滑って空回りしてしまう。
ついにそのまま担ぎ上げられてしまった。
「シャァァァァァァァ!」
タートルの体から無数の触手が現れ、自動車を包み込んでいく。
「うわぁぁぁ!気持ち悪い!なんとか逃げないと!」
コモルは必死に自動車を動かそうとするが、マイマイの体液でタイヤがすべって空回りするだけだった。
「無駄だよ。レプトタートルは人間が建てた家をのっとって、自分の背中に担いで甲羅にするんだ。たぶんこの自動車を取り込むつもりなんだと思う」
「そ、そんなこといっている場合じゃない。なんとか逃げないと」
車内で焦りまくるコモルだった。
追ってきた騎士団は、触手に包まれた自動車を見て仰天するが、彼女たちにはどうにもできない。
「シャロン姫!コモル殿!」
「ちかよっては駄目だ。私たちまでとらわれてしまう!」
トリスタンは駆け寄ろうとするが、ガラハットに必死に止められる。
「待て。私が離れた所から攻撃して……ファイヤーボール」
ガラハットが炎の玉を空中に浮かべて投げつけようとするが、タートルに触れた瞬間にジュッという音とともに消えた。
「だめです!タートルの体液には炎が通じません」
「……なら、私が凍らせる」
シルビアの言葉を聞いて、クロエが杖を振るが、分厚い氷に包まれても体液は凍らなかった。
「これがレプトタートルがボスとして恐れられている理由です。その体液は、熱にも氷にもつよく、おまけに触れただけで溶かされてしまうので剣も通じません]
シルビアの言葉に、騎士たちは絶望する。
「姫さまぁ!」
騎士たちはシャロンを想い、泣き叫ぶのだった。
自動車の中
「まいったなこりゃ。外に出られないよ」
運転席でコモルは顔をしかめていた。
外からはなんともいえない酸っぱい匂いが漂ってくる。
「仕方ない。こうなったら助けが来るまで待つか」
そう思うが、隣から泣き声が聞こえてくる。
「うう……ボクたちはここでおしまいなんだぁ!」
助手席に座るシャロンは恐怖のあまり泣きじゃくっていた。
「お、おい。落ち着けよ。自動車は頑丈にできているから、中に閉じこもっていたら安全だから」
コモルはそう慰めるが、シャロンは泣き止まない。
「きっとボクたちはここに閉じ込められたまま、餓死しちゃうんだぁ……こんなやつと一緒に死ぬなんて、いや!」
「失礼だな。俺だってお前と心中なんて嫌だよ」
コモルはドアを開けようかと思ったが、気持ち悪いぬめぬめの体が窓に張付いてるのを見て躊躇する。
「だめだな。一歩でも外に出たら、タートルの体液に溶かされてしまいそうだ」
コモルは内臓に透けて見える、動物らしき骨を見て危険と判断した。
「えーーん」
コモルの言葉を聞いて、シャロンはまた泣き出した。
しばらく、車内にはシャロンの泣き声が響き渡る。それがやむと、シャロンはコモルに謝ってきた。
「……ごめんね。こんなことに巻き込んで」
「おい。どうしたんだ?」
「……考えてみたら君はボクたちエルフ王国とはなんの関係もないんだよね。王国を再建して、奴隷にされたエルフたちを助けるためとはいえ、勝手に召喚なんかしちゃって悪かったと思っているよ」
シャロンは殊勝に頭を下げてきた。
「全くだ。迷惑な話だな」
「……ちょっと!そこは「気にするな」って言うところでしょ!」
シャロンは膨れるが、コモルはニヤリと笑う。
「俺はこんな所で死ぬつもりはないからな。せっかく召喚されたんだから自由に生きて贅沢の限りを尽くし、お前たちみんなを俺のハーレムに入れてやる。だから、脱出するぞ」
「君ってやつは……それで、どうやるの?」
コモルのあまりの欲望にあふれた言葉にかえって元気付けられたのか、シャロンは気を取り直して聞いてきた。
「あれが見えるか?」
コモルは下を指差す。タートルの背中は半透明になっていて、血管や神経が透けて見えていた。それらが一点に集中している部位がある。
「うん。でも、あれって何なの?」
「おそらく、タートルの心臓だ。アレにお前の「雷」を通せば、心臓発作を起こして死ぬかもしれない」
それを聞いてシャロンは一瞬喜んだが、すぐに暗い顔になる。
「……でも、あんな遠くまで魔法を飛ばす自信はないし、そもそも当てるのも無理だよ」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
コモルは勇気付けるように、シャロンの肩を叩く。そして考えていることを話した。




