後輩との出会いと電話
「あー、早く次の授業いかねぇと」
成人式を目前にした大学2年生、雪田幸治は、ひとりごとをいいながら廊下を歩いていた。
ノート類をつめた、簡素なデニムバッグを頭の後ろに回している。白い天井をみあげる幸治に、高校からの同級生は笑いかけた。
「ははっ、なにいってんの。時間はたっぷり
あるじゃない」
「座りっぱなしで、頭も体も疲れてくんだ
よ」
「そう? わたしはまだまだ元気だけど」
幸治とは対照的に、伊乃三月はさわやかにいう。幸治より少し洒落たデニムバックを、後ろ手に回している。中身はコンパクトだ。
幸治と三月は、2つ角を曲がった先にある、数百メートル離れた教室へ歩く。そばの大きな窓からは、草やポプラの緑がみえる。
「ミツと俺を一緒にするなよ」とか「冗談いわない、似たようなものでしょ」とかいう雑談を繰り広げていると、若葉のようなはりのある声が響いた。
「雪田せんぱーい!」
呼ばれた幸治は、本能的にふり向いた。三月も、幸治に続きボブをゆらした。
「あの、お話し中すんまへん。先生からプログラミングについての資料を、渡すようにいわれまして……」
「ああ、悪い。ありがとう赤池」
赤池と呼ばれた少女から、幸治に厚い資料が渡る。「お願いします」と少女は、はにかみひっそり伝えた。
「え、え? 幸ちゃん、誰この子」
「今年入学してきて、俺と同じ工学部に入っ
た後輩だよ」
「あの、雪田さんと同じ工学部で活動してま
す、赤池いちるです。よろしゅうお願いし
ます」
両手のあいたいちるは、腕をぴったり体にあけ、45度のおじぎをした。授業があることも構わずに、三月は興味津々で顔をみつめた。日のさす窓の前で、3人は立ち止まっている。
「後輩? 幸ちゃんにこんな、可愛い後輩が
いたんだ。それに京都弁かな、それもチャ
ームポイントだな!」
「赤池は、京都から引っ越してきたらしい」
「少しは直そうと、努力してるんどすけど
ね……。あ、またいってもうた」
「いいよいいよ、それは個性! 直さない方
がいいと思うな」
いちるに対し、明るく優しい言葉をぶつける三月に、45度のおじぎが再び行われた。初対面のはずだが、お互い声をだして笑っていた。
「……あはは、あ、先輩。授業の時間いけま
すか?」
「ん、時間? ああっ、幸ちゃんやばいよ!
もういかないと!」
「そうか、なら赤池、心残りがあったら昼に
食堂にこいよ」
足早にその場を去る2人を、いちるは一礼した後、ほほえましくみていた。
――先輩、暢気やなぁ。
お読みいただきありがとうございます。
京都弁に挑戦してみました。設定的に、標準語になんとかしようとしている、という感じですので、不自然に感じることもあるかと思います。不快でしたら申し訳ございません。
(因みに、“いける”というのは“大丈夫”という意味です)