ケミカル
「…それではこのキノコは昼食時にご飯と一緒に召し上がってくださいね。それと今回は錠剤も処方しておきますので、朝と夕食後に震えや空腹感が出たら飲んで下さい。」
「ありがとうございます、先生。」
「…娘さんの結婚式、もうすぐなんでしょう?元気になってもらわなきゃ。」
「あぁ、ありがとうございます。」
「それではお大事に。」
「次の方どうぞー。」
「…お願いします。」
「はい、木下さんねぇ。今日はどうされ…まし…た?……!」
「実は…その…、実は私……。」
「…薬物中毒ですね?」
「…はい…。」
「その目の下のクマ、小刻みな震え、薬物中毒の方に見られる症状だ。」
「…そうなんです。実は私、薬に手を出してしまいまして…。最初は友人に誘われて軽い気持ちでやってしまったんです。そしたらどんどんハマってしまって…。気付いたら薬無しでは普通に生活すらできなくなってしまったんです…。」
「…なるほど、それで私の病院に来た訳ですね。しかし、そこまで薬にハマっていて、何故急にここへ?ここに来るということは薬から手を洗いたいという事だとは思いますが、何故辞めたいと?」
「…子供ができたんです…。」
「え?」
「彼女に子供ができたんです。私の子供が!お腹の中にいるんです。それを聞いたら…。」「怖くなったのですね?」
「…はい。こんな私が父親になる、果たして本当にいいのだろうかと本気で悩みました。彼女とも真剣に話し合い、私は何度も堕ろすように言いました。時には声を荒げてまで…。だってそうでしょう?こんな私が、薬物中毒の私が父親になんてなれる訳ない!幸せな家庭を築ける訳ない!そう彼女に言ったんです。」
「そしたら彼女はなんと?」
「…彼女は、涙を流しながら、無理矢理作った笑顔でこう言ったんです、『私は堕ろさないわ。だってこの新しい命は、私とあなたがお互いを愛したという証拠だもの。別にあなたの愛が一瞬しかなかったとしても構わない。一瞬でもあなたの愛が私に向いてくれたなら、私は幸せだから。それにこの子は、この新しい命はあなたそのものなの。そんなあなたを、愛するあなたの命を奪うなんて私には出来ないわ!別にあなたに結婚して欲しいとか、父親になって欲しいと言いたい訳じゃないの。ただ知って欲しかったの、あなたの愛を、たとえ一瞬だったとしてもあなたの放った愛を、しっかりと受け止めた人がいるという事を、あなたがどんなになっても、ずっと心から愛している人がいるということを!』って、涙を流しながら言うんです。」
「…それであなたは…」
「こんな私を、まともに生活すらできていない私をこんなにも愛してくれる女性がいると、その女性の為に何かしたい、出来ることからでいいから、その女性と、生まれてくる子供が1ミリでも多く幸せを感じられるようにしてあげたいと、いや、必ずするんだと思い、第一歩として今日ここへ来ました。」
「…そうでしたか…。木下さん、頑張りましょう!木下さんも、木下さんの彼女も、絶対幸せになるべきだ!あなたの決意は本物だ。敢えてツライ道を選んだ。確かにあなたは間違いを犯した、しかし今はあなたを愛し、信じてくれる人の為に立ち直ろうとしている。そんなあなたの為に微力かもしれませんが私も全力でサポートします!いや、させてください!」
「…先生…。」
「ズッ、はは、すいません突然。あなたの決意に、熱意に、彼女の人を純粋に愛する気持ちに、そして、産まれる子供の為に私も熱くなってしまいました。…木下さん、頑張りましょう!」
「……りがとうございます、ありがとうございます先生!」
「よし、じゃあ今日がはじまりだ!まずは処方するお薬で体内を綺麗にしましょう!」
「はい!」
「じゃあまずはこの粉末。この粉末のお薬を1グラム水に溶かして、軽く火であぶったものを注射してください。注射の打ち方は資料を差し上げますのでよく読むように。それとこちらは乾燥した葉っぱ。これは別売りの小さな紙に3グラム乗せてしっかり巻いて、煙草を吸う要領で吸い込んでください。すぐに吐き出さずに、肺の中でしっかり留めるように!一気に三度くらい大きく吸い込むと効果的です。この両方のお薬を交互に使ってください。今日は五日分処方しておくので、切れたらまたいらしてくださいね。」
「わかりました。先生、本当にありがとうございます」
「木下さん、一緒にがんばりましょう!」
「はい!ありがとうございます!失礼します!」
「お大事に。」