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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
踊るバカ親父(まとめて4話)
9/63

4/4

  

  

「どう? わたしのだけど、着る人が着ると別物のようじゃんね」

「ああ。よく似合ってるな。捨てなくてよかった」

 どうやらお袋のお古を引っ張り出したようだが、夫婦そろって目を細め合い、感涙にむせぶかのような声を漏らしていた。


 そしてお袋は夢見る目つきでつぶやく。

「女の子はいいわねぇ。何を着ても可愛いもん。明日でも服買いに行こうね。これが夢だったんだよ。娘と一緒に買い物……あぁ」

 悪かったな、野郎で……。しかも散々弄んだくせに。

 幼稚園のあいだ俺はずっとスカートを穿かされていたんだ。だいたい園長も園長だ。それを黙認しやがったんだからな。


 親父は恍惚とするお袋を押し退けて言う。

「その次はオレと生活用品を買いに行こうぜ。娘の家財一式を買いに行けるなんて……いいよなぁぁ」


 おい、二人で遠くを見つめ合ってんじゃねえよ。こいつはドンブリ12杯食った上に、晩飯のあの特大鍋で拵えたカレーをほとんど一人で平らげたほどのバケモンなんだ。だいたいお袋もお袋だ。もし小ノ葉がいなければ、二週間はカレー漬けの日々になっていたんだぞ。いつも作り過ぎるんだ。ったくよー。

 しかし次から次へとよくもまぁこれだけ文句が言えるよな俺も。気をつけんと自滅するかもしれんな。


 自己反省も込めた吐息をする俺の前で不可思議なことを言う小ノ葉。

「おばさん。おじさん。今日はいろいろとありがとうございました。そろそろ、あたしブシツカします」

「ブシツカって何だ? 鰹節(カツオぶし)のことか?」

 首をかしげる親父とそろって、俺も疑問を浮かべる。

「部室か? って訊いてんじゃないの?」

「ウチはクラブ活動やってねえぜ、小ノ葉ちゃん」

「だよな。俺は帰宅部だもんな」


「…………」


 小ノ葉は黙ったまま。こっちはますます深みにはまっていく。

「ブシツケっていう意味じゃないかな」と言ったのは俺で。

「べつに無作法なことはしてねえぜ」


 お袋は別の見解をする。

「ブッツカって言ったんじゃない?」

「ブッツカって仏家っていう意味かな?」

「ウチは無宗教だ」とは親父。


「だよな。名前は神に祈るって書いて『神祈(かみだのみ)』なのにな」

「知るかよそんなこと。先祖に言え、先祖に」

 親父は唾を飛ばし、お袋は優しげに、

「やっぱり外国の女の子はおかしな言葉をしゃべるんだよ。そのへんは察してあげなさいよ。日本語は難しいからね」

 天井を指で示して言う。

「お布団なら二階に引いてあるからそこでお休み」

「ほらカズト。ボケっとしてないで、お前たちの新居を案内しないか」

 親父は俺を急きたてた。


「新居じゃねえし。この子は嫁に来たのでもない」

「今はな……」


「まだ言ってんのかよ……ったく」


 呆れ半分、あきらめ半分。横で眠そうに突っ立っているピンク色の柔らかそうな少女、小ノ葉を立たせる。

「とにかくお前の部屋を教えてやるよ。この上にあるんだ。それよりいつもこんな時間から寝るのか?」

 時刻はようやく9時を回ったところだった。


 そこではたと膝を打つ。

 秘境の村なんだからそんなもんだろう。本人はそうだとは一言も口にしていないが、俺にはわかる。たぶん夜は早く寝て、朝は夜明け前に起きる生活なのさ。そうとなったら、さっそく俺も生活習慣を変えなきゃならんな。早寝早起きか。たしか杏がそうだとキヨッペが言ってたな。


 てな感じで、勝手な解釈をしながら二階の部屋に小ノ葉を案内した。


「ほら。ここがお前の寝る部屋だ」

「こんな広いとこでいいの?」

「ああ。悪くないだろ? まだ新品だしな」


「ありがとう、イッチー!」

 いきなり俺の首に飛びついて来た小ノ葉の勢いに負けて、ふかふかの布団の上に押し倒された。

「あっ! こら小ノ葉。く、苦しいって」


 背中は柔らかなマットレスの上に引かれた敷布団とサラサラの夏用の掛布団。上からはふんわりと膨らんだ極上の柔軟材をマイクロコットンで包み込んだような、ふわポチャポヨンの女体が圧し掛かる極楽の世界。

〔あう。おっぱいが……〕

《当たってる――っ!》

 天使と悪魔は初めての感触に大興奮さ。


「イッチのおかげで魔道士から狙われなくて済むよ」

 このままずっと抱き続けたかったのだが、摩訶不思議な言葉を聞いて、ぷにゅぷにゅボディを引き剥がした。


「魔道士?」

「そう。夜は怖い邪悪の魔道士が襲ってくるんでしょ。昨日は怖くてずっとブシツカしてたの」


《ほらみろ。やっぱり厨ニ病だ》

〔厨ニ病でもいいじゃん。このポヨンポヨンがたまらんぜ〕

 いつの間にか悪魔と天使の立場が入れ替っていた。


「ま。怖い者は来ないから安心して寝てくれたまえ」

〔怖いのはオマエじゃねえか〕

 こらこら天使くん。それはキミも一緒だからね。


「あのね……」

 小ノ葉は何かを言いあぐねていた。

「どうした?」


「……寝ているあたしを見ないでね」


《どう言う意味だろ?》

〔見なけりゃ。触るぐらいはいいってことかな?〕


「あ……安心しろ。寝てる女の子の部屋に入る奴はこの家にはいない」

〔ウソ吐け〕


「よかった。安心したよ。じゃあオヤスミ」

 と言って小ノ葉はピンクのパジャマ姿でフトンに飛び込んだ。





「小ノ葉ちゃんはもう寝るって?」

「よくわからないけど、布団にもぐり込んでいた」

 抱き付かれた感触はとんでもなく気色良かったが、何だか謎めいた言葉をいろいろ吐露されて、内心は戸惑いと怪しげな人物を家に上げたことへの後悔による重圧から逃げて来た、が正しい。


「長旅で疲れていんだ。寝かしてやれ。それと……」

 何か俺に向かって言い足そうとする親父。


「なんだよ?」


「お前の部屋は隣だっていうことだ」


「それなら親父だって斜め向こうじゃないか」

「ば、バカやろ親をからかうな」

 必死でお袋の顔色をうかがう親父。

 お袋は何も言わずにテレビを点けた。


 いつもは電灯代わりにしているのかと思うほど点けっぱなしのテレビが、珍しく今日はおとなしい。俺にとってはどこの誰だかよく分からないが、親父たちにとっては、親戚の少女が自分ちでホームステイをすることになっただけのこと。テレビの存在も忘れて話が弾んだって不思議でもなんでもない。


 またもや自問自答する。

 厨ニ病のことはまだ伏せておいたほうがいいな。

 それより、秘境の村に住む厨ニ病患者が我が家にやって来た……って、ご近所にどう説明すりゃあいいんだよ。


 俺の心中は揺れ動いていた。

 あんな素敵な女の子が自分ちに滞在する喜びだ。これは楽しい夏休みを過ごせそうな予感がするのも本心。厨ニ病を相手にしたことが無いのも本心。

 やはりここは、厨ニ病患者を数多く見てきたキヨッペに相談すべきだな。

 と結論を出して、俺は自分の部屋の電気を消した。





 ……寝れん。

 夏で暑いから寝られないのとはちょっと違う。あのポヨンポヨンが忘れられんのだ。


 女ってあんなに柔らかいんだな。

〔おうよ。オレも初めて知ったぜ〕

《小学校の時に隣に座る女子の手に触れたのが最後だ》

 悪魔も天使も初心(うぶ)なのだ。


 でも杏のはそうでもなかったぜ。遊園地へ行った時に手を繋いだが、なーんも感じなかったぞ。

〔あれは手を繋いだのではない。オレが逃げ出すからアンズが捕まえていただけだ〕

 続いて悪魔も言う。

《アンは空手と剣道やってっから、手がゴツゴツしてんだよ。あれは男の手だ》

 だよな。俺の手とそうかわらんもんな。


〔でもよ。壁を隔てて隣に極上のプリンみたいなおっぱいが二つも並んでんだぜ。見に行かね?〕

 お前天使捨てたの? それって悪魔の囁きだろ?


 と言いたいが、そのとおりである。もう一度触りたい。そしたら駅前交番にしょっ引かれてもいい。

〔だよな……〕

 天使も賛同する極ぽよん。

《でも寝てるところを見ないで、って言ってたぜ》


〔そうだ。童話の教えにあるように、美人の部屋を覗くと天罰が落ちるぜ。見たらだいたいが水の泡になるんだ――これって何の話だった?〕

 白雪姫だろ?

《違う。美人は出てくるがノゾキは関係ない。それにあれは外国の話だ》

 だよな。えっとなんだっけ? 夜、超美人がやって来て、ひと晩泊めてくれっていうやつ。それで一緒に生活し始めるんだけど、覗くなと釘を刺されていたのに、部屋の中を覗いちまったんだ。ほんとにスケベな野郎はどこにでもいてんだよな。何ていう話だっけかなー?


《鶴の恩返しじゃなかったか?》

 あ、そうそう。昼間怪我をした鶴を助けたんだ。でも結局夜に手を出しやがって、このスケベ野郎。


 ってぇー。俺のことか?

 なんてことを三者で悶々と繰り返していたら、頭の中は邪念で溢れかえり、とんでもない妄想が膨れ上がるばかり。


 何度も寝返りを打つが、頭の中は小ノ葉のことばかり。

 厨ニ病であろうが、あのおっぱいは堪らんと結論を出す頃には、闇の中で光る魔猫の目玉みたいにギラギラと光る眼で天井を睨んでいた。


 お古のパジャマにフィットしたはち切れんばかりの体が描き上げた曲線の美しかったこと……。

 ふと気づいた。

 下着はどうなってんだ?

 洗濯カゴに入っていた様子はなかった。さすがにそれまでお袋のお古というわけにはいかないだろう。サイズが合わないもんな。


 えっ! ならパジャマの下は――まさか真っパ?


 となると。さっき抱き付かれた感触は、薄いパジャマ一枚を通したほぼ生身の感触なのだ。

「むひょぉぉぉ」

 風呂場の光景が眼に浮かぶ。曇りガラスの向こうで蠢く白い物体。あれが布きれ一枚まで迫って来ていたわけだ。

「うひょぉぉぉ」

 我慢できずに何度もおかしな声が漏れた。若い女性が隣の部屋で寝息を立てるシチュエーションを想像するだけで、眼の玉が乾く。


 だめだ。ちょっと様子を見に行くか……。


《鶴の恩返しを忘れたのか、オレ》

〔あれは美人だと思っていたら鶴だったんだ。驚いて声をあげるのは当然だろ〕

 だよな。女が鶴だぜ。そりゃ驚くよな。


「俺ならワニが振り返ったって驚かねえぜ」

 興奮したモヤモヤ気分は爆発寸前。ワニでもヘビでも襲ってきやがれ的な、ヤケッパチ状態に陥った俺は自分の部屋を抜け出し、そろりそろり。


 抜き足差し足。忍び足っと。

 ……ギシッ。


《コラ、音を立てるな》

 と悪魔に囁かれたって、家がボロいんだ。それは無理な注文だ。


 抜き足差し足。忍び足っと。

 ……ギシ。


 軋んだ音を上げる廊下を睨みながら、小ノ葉が寝る部屋の扉の前に立つ。


《これがいわゆる夜這いってやつか?》

〔鶴の恩返しであのスケベ野郎が取った行動さ〕

 悪魔と天使の言葉に、俺はかぶりを振る。

 違うぞ。何もする気は無い。夏でも風邪を引くことがある。ちゃんと布団を掛けていなかったらたいへんだろう。


〔だよなー。日本の風邪はしつけえからな〕

 そうさ。それを忠告しに行くだけだ――。

《騒がれたときは、それを言いワケにすればバッチリだ》


「よし。行くぞ」

 自問自答が完結したところで、俺はドアのノブを静かに回した。


 そして、一歩侵入。

 寒色系の模様が広がった薄めの夏布団が薄暗闇の中で光っていた。


「うひゃぁぁ、寝てるぜ」

 アイドルの寝起きドッキリ実写版だ。うはははは……。


 言いようの無い妖しい形を拵えた布団をズルズルと、ゆっくりと、そぉっと、引いた。

 生唾、ごっくんゴクゴク。暴れる心臓を鷲掴みにして抑えつけたい心境だ。


〔ワニもヘビもいねえぜ。よかったな相棒〕

《よっしゃぁー! もう怖いもんはねえ。ほんと、鶴なら可愛いもんだ。何でも来やがれってんだ。うひょひょひょ》

 込み上げてくるスケベ笑いを必死で噛み殺して布団の端を摘まむ。


「はい。ごめんなさいよ……」

 心の中でつぶやくよりも、ほんの少し声帯を震わす程度の息を漏らして、残りの布団をすっと滑らした。


《わぁーお》

〔むひょぉー〕

 もうだめ。コメカミの血管が破れんばかりの圧力を感じ取った次の瞬間。


「な、何だ?」

 薄暗い視界に広がったのは……得体の知れん物体だ。

「なんだこりゃ?」

 ワニでもヘビでも、ましてや鶴にも程遠い、水風船みたいにプヨンプヨンしたものだった。


「クラゲか?」

 ゲル状の物質とでも言ったほうがいいのか。


 指先で触ると、ぷよん、と押し返してきた。

《そんなバカな。なんでクラゲがフトンに包まってんだよ。こんなでかいクラゲがどこにいたんだよ。それより水浸しになるぜ。でも濡れてねえぞ》

 悪魔の言い分も間違ってはいない。


〔フトンが濡れてないところを見ると、暑いから保冷剤を抱いて寝てたんだ。そしたら中身が出ちまったんじゃね?〕

 やけに特殊な説を唱えるのは天使で、

《保冷剤の中身をフトンの上にぶちまけるヤツは相当に変だぜ。しかもこれだけの量の保冷剤って冷蔵庫にあったか?》

 俺も悪魔と同感だ。保冷剤の中身をぶちまけて寝る女なんか興ざめもいいとこだ。


「これはスライムだ」

 俺が小学生の頃に流行ったオモチャさ。ぬるぬるベタベタした物体なのに水気は無い。超柔らかいゴムみたいな物で、手に載せて引っ張ったり机の上に広げたりして遊んでいた、あれだ。ま、量が半端無いけど。趣味で集めているのかもしれん。


《あー解ったぜ!》

〔なんだよ、悪魔?〕


《夜這いに来ることを察知してたんだよ。ほら寝る前に変なことを言ってたろ。きっと大量のスライムをフトンの中に入れてオレっちを脅かそうとしたんだよ。意外とオチャメじゃね?》


 なるほどなー。合点だぜ。でもよ。肝心の小ノ葉はどこへ行ったんっだ?

 枕元にはチャイナドレス風のパジャマが残されていた。


《お、おい。これはあれだ。真っぱだぜ。裸でお出迎いをするつもりなんだ》

〔むひょぉーーたまらんぜ〕

 探せーっ! 小の葉はどこだ?


 しかし電気を点けて部屋をくまなく探したが、どこにもいなかった。

〔押し入れは?〕

《いねえぜ……》


「どこ行ったんだろ?」


 特大の疑問符を頭の天辺に生やして、ピンクのパジャマを頭から被ってクンクンする。


「まだ小ノ葉の温もりと残り香が残ってる……」

 何だか寂しげな、かつ不気味な姿をした俺の影が壁にゆらゆらしていた。

  

  

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