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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
踊るバカ親父(まとめて4話)
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 家の裏にはボロい木の戸がある。

 表は商店街のアーケードになっていて店があるため、通常は裏から出入りする、だからいつのまにかそこが玄関みたいになっている。


 裏道にまではみ出た松の枝が風も無いのにザワザワとしていたが、気にせずに裏木戸を開けて庭へ入る。中央にその松の木が鎮座し、周りにお袋の趣味で作った花壇が並んで、色とりどりの花が咲く景色。日本庭園風に曲がりくねった松の木と少女趣味風のお花畑が超アンバランスなのはもう見慣れた。

 その隅っこに、なぜだか目の色を好奇で満たした親父が俺を待ってウロウロしていた。


 その名は『神祈正也(かみだのみ・まさや)』39才。西立花商店街のほぼ中央で家電製品を扱う電気屋のおっさんだ。

 中肉中背ではあるが意外と筋肉質で親分肌。なぜならアーケードを挟んで向かいのキヨッペの父親と、斜め向こうの川村鮮魚店のおじさんらは高校時代の同級生で、昔はかなりやんちゃだったらしい。その時のリーダーがうちの親父だ。その関係は今でも続いており、何かあるたびに親父が借り出される。しかもそのあたりを確実に俺も受け継いでしまったのが悩みのタネだ。


「カズト、どこ行ってたんだ? 誰だあの()は!」

「質問は一つずつにしてくれよ」

 親父はかなり慌てているのか、矢継ぎ早に言葉を続けていく。

「でもよ、でかしたぞ、カズ」


「はぁ? 今度は何だよ?」


「パイオツカイデーだぜ」

 こいつかぁ。杏に変な言葉を教える張本人は……。


「親父がそんな昭和の言葉を使うから杏が真似をすんだよ……」

「杏みたいなガキのことはどうでもいい。それよりどうしたんだあの子?」

「あの子って?」

 親父に引っ張られて家の中に入った。


 廊下を兼ねた縁側から奥に八畳の部屋があり、その右側に客間、その奥が店だ。台所やトイレ、風呂は庭に沿って並んでいて、二階が親父たちの部屋と、俺の部屋。そして商品などが保管されていた倉庫を兼ねた部屋があった。あったと過去形になるのは、今や無用の長物化した部屋だからさ。


 つまり俺が嫁さんを貰った時の新居にするんだと言って、高校入学をきっかけにさっさと工務店を呼んでリフォームした親バカの具象となった部屋なのだ。

 俺がいつ嫁を貰うかなんて、今から分かるはずが無いのに、家はどんどんボロくなるし。それよか一生独身を通したらどうする気だろう。ま、連中の家だから気の済むようにすればいいんだけどな。



 なんだかソワソワした父親に背を押されながら、客間へ向かう。

 中から『神祈翔子(かみだのみ・しょうこ)』36才、お袋のキャンキャンした声が漏れてきていた。


「そーなのぉ。遠いところたいへんだったわねぇ」

 若い頃はかなりの美人だったと親父がいつも自慢する俺の母親だけど、とりわけどうってことはないと思うんだ。でもキヨッペの父親や川村さんの証言もそれに一致するのでその話は真実だと思う。


「それで小ノ葉さん……。あっ、小ノ葉ちゃんって呼んでいい? かわゆいねえ、あなた」

 背筋が瞬間に粟立った。ヤツだ。とんでも少女だ。ドラえもんのポケットみたいな胃袋をしたあの女子だ。つまり早い話が――。

「養育費の請求だ!」

「養育費?」

 背後で素っ頓狂な声を上げる親父。

 これはまじいぞ。血の雨だ。


 親父は真剣な顔をして俺に向かってこう言った。

「養育費って……お前、やっちまったのか。このバカやろ……。ちっ、しょうがねえなぁ」

 短く舌打ちまでして、

「それで、何ヶ月だ?」


「……………………」


 俺に早とちりの気があるのは親父の遺伝だ。もしそれなら『慰謝料』って言うだろう。

 自分のバカの根源を発見して、ちょっと肩を落としてから小声で訴える。

「あのな。俺は指すら触れていない。養育費ってのは親父に向かって言ったんだよ」


 バカを(こしら)えた、バカの総本山は目を丸めてポカンとした。

「どういう意味だよ?」

「あの子。親父の隠し子だろ」


「ぬなっ!」

 総本山は俺に聞こえるほどの音を上げて唾を飲み込んだ。


 やはり心当たりがあるんだ。そっか。あの子が俺の妹か。キヨッペに自慢ができるな。杏とはえらい違いだ。へへ。何だか鼻が高いぜ。

「よくやった親父」

 自然と漏れる俺の言葉に対する返事は、

「バッカ野郎!」

 そのひと言と、でっかい拳骨だった。


「痛っ!」

「オレはかあさん一筋だ。変なこと言うな。お前、男なら覚悟を決めろ。できちゃった婚なんて恥でもなんでもねえ。そのためにお前の新居を二階に拡張したんだ。だがな、学校だけはちゃんと卒業しろ」


 ちょ、ちょっと待って。話が……。

「そうか。ついにオレも爺さんか……まだまだ若いつもりだったが、いい響きだ。うははは、楽しくなってきたぜ。それで何ヶ月だ?」


「ちょっと落ち着けって。マジで今日初めて牛丼屋で会ったばかりだって」

「安心しろ。出会いなんかどうだっていいんだ。オレとかあさんとは居酒屋だからな。駅前のあそこだ。会った瞬間、ビビビーンて来たもんな。で? 何ヶ月だ?」


 何ヶ月、何ヶ月ってうるさいな。バカの大将丸出しだぞ。お袋もたいへんだな、こんなアホウと連れ添って。

「ちがうって言ってんだろ。今日初めて会ったんだよ。で、メシ食ってバイバイだ。しかもメシ代は俺持ちだ」

「は?」

 やっと暴走が止まったようだ。

「おいカズト……あの子、誰だ?」

 振り出しに戻りやがった。




 堂々巡りを始めた親父を引っ張って客間に入る。ちょうどお袋がキッチンでお茶と茶菓子を準備しているところだった。


 黄色いTシャツがぴっちりとフィットして、艶かしい曲線美を披露したダイナマイトボディに、超ミニのショートパンツから長くすらっとした脚を出して客間のソファーに座る小ノ葉の姿がそこにあった。


「さあさ。お嬢ちゃんゆっくりしてよ。今お茶入れてるからね」

 カウンター式のキッチンから顔だけを覗かせるお袋に、小ノ葉は一発牽制球をお見舞いする。

「なにそれ?」


「牛丼屋と何も変わっちゃいねえな……」


 だが、ひとつ変わったところがあった。

 さっき喫茶店で別れた時は、裸足にスニーカーといういでたちだったのだが、

「あっ、イッチお帰り」

 入ってきた俺に気づいて、小ノ葉は探していた飼い主を見つけた子犬みたいな目をして飛び付いてきた。


 なんだか服装が一部変わっていた。

 Tシャツとショートパンツ姿に加えて、紺色のオーバーニーソックスをぐいっと太もも近くまで上げていた。


「うはぁぁ」

〔すげえなー〕

《ああ。こりゃすげえ》

 俺と悪魔と天使がそろって感嘆の声をあげた。


 そう。これがまた不思議な効果を生み出すのを御存知だろうか。

 オーバーニーで、足の先から太もものすぐ下まで隠しているにもかかわらず、そこから短パンの閉じた部分までにできる、わずかな領域が激しく目に眩しいのだ。紺色の長い脚とショートパンツとのあいだにできた、滑々(すべすべ)の白い肌が気になって気になって、目を引き離すことができない。


 これははっきり言って催眠術だと常々思うのは男全員の声だろう――この効果について、今度キヨッペと二時間ほど論じあってみよう。


 ――ではない。


 飛びついてきた小ノ葉を無理やり引き離す。

 そりゃ当たり前だろ。こいつは親父の隠し子だ。つまり腹違いの妹だ。その子に欲情なんかしてはいけない……だろ?


 しかもこっちはこっちで。

「かあさん。よろこべ。リフォームしたのは正解だったぞ」

 互いに異なる見解を並べて食い違ったままだ。あいだに挟まったお袋は、バカみたいに口を開けて小ノ葉と俺を交互に見ていた。


 そして俺には見せたことの無い満面の笑みを浮かべると、こう結論付けやがった。

「そうなのね。オメデタかぁ」


 力が抜けたね。体の芯から背骨が抜かれたみたいだ。

 何で『俺』と『若い娘』からスタートして、『リフォーム正解』でゴールするとそうなるんだ。親っていうヤツは意味の分からない生き物だ。

 だいたい俺だって何が何だか解からないでいるのに。


 それにはまず親父の隠し子かどうかを、本人から聞き出す必要がある。だが、お袋の前でストレートに訊く訳には行かない。なんとかこの場所から遠ざける必要があるんだが……。


 難問はすぐに解決した。バカ親父が勝手に暴走を始めたからだ。

「かあさん。今晩はパーチーだ。息子の晴れの舞台に向けて、そしてこんな可愛い()が我が家に嫁いで来る門出を祝うんだ。商店街をパーッと回ってご馳走を買って来い」


「いいわねえ。わたしも宴会大好きよ」


 そりゃ居酒屋で出会った二人だもんな。互いに違うグループで飲んでいて同時に立ち上がって同じ歌を歌い出したのがきっかけで、一緒になったんだからな……怖いな。何が怖いって、その血筋を俺がまともに受け継いだという事実さ。怖ぇぇだろ。



 どちらにしてもこれは好都合だ。

 お袋はエプロンを乱雑に脱ぎ捨てると、買い物カゴを腕に通して表に飛び出して行った。


「すげえ勢いだな、あいつ。ちゃんとツッカケ履いて出て行ったのか」

 と言う親父のつぶやきがまだ茶の間を漂うあいだに引き戻って来た。


「あはははは。肝心なものを忘れていたよぉ」

 テーブルの上にあった財布を引っ掴むとまた飛び出して行った。


「テレビマンガじゃねえぜ……」

「なにそれ?」ぽかんと小ノ葉。

「……お前テレビも見てねえのか?」

 照れ笑いを隠すように下を向く彼女の桜色のほっぺたをすがめた。


 テレビも無いのか。こりゃかなりの秘境とみたぜ………。




「――で、親父。話がある」

 俺から切り出すことに。

「おう、そりゃそうだ。(つら)いかも知れんが、人生にはな、お前から切り出さなきゃいけないことがイロイロあるんだ」

 バーカ、その言葉そっくり返してやるぜ。


「この子に……見覚えはないか?」

「ねえな。こんな可愛くてスタイルバッチグーの子だ。一度見たら墓場まで持ってく」

 おいおい。昭和の言葉を挟むなって。古臭いなー。


「鼻筋とか親父に似ていないか?」

「は? どういう意味だよ」


 時間が無いからさっさと進行させるからな、親父。

 何せ商店街の中に自宅があると、欲しいものがすぐにそろうから、買い物に関しては大幅に時間の短縮ができる。便利な分、こういう時は不利になる。


「あのな……単刀直入に言う。この子は親父の隠し子だろ?」

 まだ17年しか送っていない人生だが、これまでに漏らした中で最も重苦しい言葉だった。

  

  

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