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「えー? 新種の植物なんかに興味はおまへんで」
「ば、バカー。店長の前でそんな言い方すんなよ。そこまで話を持っていくのに苦労したんだからな」
バナナの木の背中に軟膏を塗っているキャサリンを見つけて、成り行きを説明したところから始まる。
「せやけど……」
「それからお前、俺との約束守ってないな。大阪弁はよせっていってんだ。その言葉を使うたびにお前の本来のパワーが抜けてんだ。わかるか? お前は小ノ葉並みの魅力があるんだぞ。そのパワーを利用して任務をこなしたほうが断然有利なんだ」
「そんなアホな。まさか関西弁を賎陋的な目で見てへんやろな」
「せんろう?」
「品がないって思てないかっちゅうてんねん」
「あ。いや思ってないって。タダお前のは極端だってんだ。せっかくサンタナさんが絶世の美少女に仕立て上げてくれたのに、その武器が錆びてるって言いたいんだよ」
「あほっ! この容姿はワテの内部から滲み出たもんや。これが素や! すぅ」
『しかしキャサリン嬢。カズトの言い分は間違っておらんぞ。敵の目を欺くにはまずは成り切るべきだと思うがな』
極低音の声で諭すように語ったのは、バナナの木である北畠義空さんだ。
「へ?」
キャサリンはキョトン顔。
「ほら。『へ?』じゃなくて、「はい?」のほうがお前が光って見えるんだよ」
「そ、そうかな?」
「おお。いいぞ。木刀が真剣の日本刀になったようだぜ」
『ふむ。こやつ、ただのバカ野郎かと思っておったが、なかなかいいことを申しておるな。見直したぞ。キャサリン、我々の意見もこのバカ野郎と同じじゃ。諜報員として潜入するからには仮面は被っているべきじゃ』
「バカ野郎って……」
『キャサリン。ここ数日特に不気味な気配があの研究室から漂って来るのじゃ。ここは慎重にコトを運べ。この間抜け野郎が言いたいのはそれだと思う』
バナナの木のすぐそばに生えている棕梠の益田聖山さんからも後押しされたのだが、素直に喜べない。こいつら……俺様を何だと思ってやがるんだ。
「わかりました。益田聖山さんに、北畠義空さん。キャサリンは死ぬ気で頑張ってきます。そして生駒のおかあちゃんを喜ばせたいと思います」
金髪をなびかせて一礼するキャサリンの表情は真剣だった。
「ワシからの忠告だ」
と口を挟んだのは観棕竹の日野山慶道さんだ。
「研究成果をただ破壊するだけではミッションが成功したとは言えない。それでは単に問題が先送りになっただけだ』
バナナの葉っぱがガサリと揺れ、義空さんも同調する。
『いかにも。舘林氏を改心させれば、暴力的な手段を取らなくて済む。この異様な気配が大きくなる前にな。頼むぞ、キャサリン』
「わかりました。あたしも徐々に強くなるこの気配は感じていました」
俺には何も感じないけど……。
『なら行く前にもう一度、軟膏を塗っていってくれないか?』
「いいですよ。義空さん」
キャサリンは手に持っていた軟膏を指の先へ一ひねりにゅるんと出した薬剤を、バナナの葉っぱの裏へ塗る。
『ああぁ。気持ちがよいぞ。キャサリン。これで樹皮病も完治できるであろう。ご苦労であった』
「また数日したらご報告と一緒に薬を塗って差し上げます。ファイトプラズマ菌はしつこいから、何度か治療を続けた方がいいワ」
植物の疾病の治療方法が人間とさほど変わらない事実と、激変したキャサリンの言葉遣いに驚愕しつつ、俺はバナナの木に病状を訊く。
「大丈夫なんすか? 人間で言う皮膚病みたいなもんすか?」
『うむ。皮膚病がどのようなモノかは知らぬが、ファイトプラズマという菌が原因で発病する樹皮の病気でな。放っておくと樹木自体が壊死を起こす怖い病気なんじゃ』
「恐ろしいっすね。ガンみたいなもんじゃないっすか。養生してくださいよ」
『ミッションの最中にすまぬな。カズトもしっかりやってくれ。オマエと姫さまの手に地球上の全生物の未来が掛かっておるじゃからな』
「分かってますよ。精いっぱいやらせてもらいます」
なんか俺の世界観が変わりそうだな。バナナの木と分かち合えているぜ。
「あのー。キャサリン見つけてきましたよ」
店内に飾られた色とりどりの花を小ノ葉と配置していた店長へと声を掛ける。
「はいよ。よし、あとは小ノ葉くんの感性でこの切り花の配置を任せるよ。きみの彩色感はすばらしいものがある。日本人には持ち得ない色遣いするからね」
でしょうね。異世界人ですから……。
「さて今度はこっちの話だ」
店長はパンと手のひらを打ち鳴らすと、キャサリンを正面から見た。
「話は聞いたよ」
「なんの話ですか?」
コイツ、後ろから蹴り倒してやろうか。
「新種の植物に興味があるんだって? そんなのを作りたくてブラジルから来たらしいね?」
店長の背後でじっと小ノ葉が聞き耳を立ているのは、成り行きを窺っているからで。
「あ。ああ、あれね。そう。あたしの夢の話ね。この世界にない花が作りたいって……子供の頃から思ってたの」
上手く言葉を選んで話を作り上げている様子がアリアリと感じ取れる。最も苦手な女言葉も何とか様になっている。
「舘林店長はそういうのにお詳しんですか?」
「やだな、他人行儀に。ただの店長でいいよ。おっとその話だけどさ。実はボクもそのような研究に没頭してるんだよ」
「えー。奇遇です。あたしも勉強がしたい……」
お。いいぞ、キャサリン。その潤んだ目でもっと見つめろ。
『キャサリン。潤んだ目をしろってカズトが言うてるデ』
俺とのあいだに入って植物の波動で伝言を放ったのは、オレンジ色のヒメヒマワリと名札が挿しこまれた切り花の一群からだ。
キャサリンはわずかに顎を動かしてヒメヒマワリに首肯。
「もしよろしければ……ウルウル……研究室を見せてください……ウルウル」
〔ウルウルはいらん!〕
『ウルウルはいらんねんて』とはヒメヒマワリ。
「ウルウルはいらないの?」とキャサリンが首を捻り。
「ば……ばか!」と俺が念波を送れば、
『ばか』とヒメヒマワリが中継し、
「アホーっ!」とキャサリンが叫ぶ。
うぁあ。むちゃくちゃだ。
「はい? どうかしたのカズくん?」
頭の毛をガシガシと掻き毟る俺へと振り返る店長へ、必死で首を振る。
「な、なんでもありませーん。勝手に口から出ただけでーす」
「ひとまず二階へおいで。研究室は店の二階なんだ。カズくんも見ておくといいよ」
うほぉ。スルーしたよ、店長。
〔何かすげえなこの人〕
店長は爽やかな笑顔のまま、小ノ葉に手を挙げる。
「わるいけど、きみは店番を頼むよ」
「あ。どうぞどうぞ。あたしには難しいことはわかりませんので」
小さな事にはこだわらない店長の性格が幸いして、俺とヒメヒマワリ、それからキャサリンの三つどもえの伝言作戦が無茶苦茶で終わったにもかかわらず、俺たちは何事もなかったように、店の横手から二階へ上がる鉄製の階段を上がった。
「昔は店舗の上に何も無かったんだけど、アーケードを新設するときに二階を増設したんだよ」
と言ってから、
「元々はそこで妻と一緒に住んでいたんだ」
と言葉を終えた。
「今は住んでいないんすか?」
ちょっとまずいことを訊いたかもしれない。階段を上がる店長の足取りが幾分重くなった気がする。
「もう5年かな……ここにはいなんだ」
《やっべー。地雷踏んだかもよ》
その雰囲気はあのキャサリンにも伝わったようで沈黙して様子を窺っていた。
「今は病院なんだ……」
「ご病気ですか?」
「事故に遭ってね。意識が戻らなくて……もう5年になる」
「まじっすか……すみません辛い話ですよね」
「でもさ。ボクには確信と信念があるんだ……」
最上段まで上がった店長はドアノブに手を掛けて、最後尾から来る俺が上がり切るのを待った。
「この研究が実って、青いヒマワリができたら、きっと妻の百合子は目覚める」
ガチャリと扉を開けて俺たちを中へと促しながら視線はどこか遠くを巡らせ、
「医者が言うには怪我は完治して肉体的にはどこも悪くないんだ。脳波だって正常だし損傷もない。ただ何かの理由で目が覚めないだけだとね」
「つまり眠っているだけなんですね」
尋ねたキャサリンへ明るく言い切る。
「そうさ。青いヒマワリは彼女の夢なんだ。その夢を見続けているから起きてこない。なら、ボクが完成させて夢から目覚めさせる。どうだい理屈が通っているだろ?」
「青いヒマワリっすか……」
よく解からないが、確かに見たことはない。