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「あ。杏ちゃん、おかえり。こっちに座るといいよ」

 小ノ葉が膝でにじり寄り、異様な雰囲気を察して入り口で固まる杏をテーブルへと誘導。


「あ、いや。オレはいいよ。なんか怖いぜ」

 各自がテーブルに載せられた植木鉢に語りかけてりゃぁ、誰だってビビるだろうな。



 ここは一つ年上として優しく見守ってやるべきだな。

 と言うのは建前で、本音は杏にこの状況を見られたくない。キヨッペ以外に説明できる案件ではないのだ。


 俺はポケットから千円札を一枚取り出して言う。

「アン。これでお前の好きな物を買ってきてくれ。みんなで食べようぜ」


 杏は喜色に染まる目で俺を見た。

「いいのかい? やっぱバイトすると羽振りがいいな」


「お前だって、立ち飲み屋『アキ』のバイトしてんだろ?」

「ダメだって、家業の手伝いは基本無給だかんな。やっぱオレもどこかでバイト探そうかな」


 俺は首を振って言ってやる。

「まず、高校に受かれ。その話はそれからだ」


「えへへ。ちげぇねー。んじゃ。アイスクリームでも買って来るぜ」

「なら、駅前の当たり付を買って来いよ。当たってたらお前にやるから」

「うそっ。ほんと? 豪勢だなアニキぃ」

「当たればの話だよ。じっくり選んでくればいい。時間はたっぷりあるから」


「じゃぁちょっくら行って来るぜ!」

 言うや否、杏は階段を駆け下りて行った。



「さて本題にはいろう。これでしばらくアンは帰ってこないだろう」

 たぶん真剣にアイスを吟味するはずだ。あいつはあの当たり付アイスに、青春を掛けてやがるからな。


 キヨッペも肯定の眼差しをくれたので、協議を開始することにした。


「よし。じゃあまず、キャサリンの話を聞いてやってくれ」

「ワテの話?」

「ああ。俺に説明したってどうせ理解できないからって黙ってる案件があるだろ? それをキヨッペに話してくれ」


 キヨッペも素直にうなずき、

「そうだね。まず本当にキミは植物から変身した姿なの? どこからどう見たって女の子だよ。それとその大阪弁はどうしたの?」


「普通にだって喋れるよ、みててね」

 キャサリンは横座りになっていたニーソ姿の足を正座に戻すと、涼しげな声を出した。

「あたしは生駒で生まれた正真正銘のハマナデシコなの…………ほんでな……」


 10秒持たねえでやんの……。



「ある任務を持って、人間界へ来たちゅうわけでんがな」

「でんがなって……」

 頭痛くなってきた。


「どうやって変身できたの?」

 SFネタを日々探しているキヨッペは真剣に訊き直した。


「吉沢のボン?」

「なにさ?」

「マナのパワーて知ってまっか?」


「マナとオドだろ。だいたいは理解しているつもりだよ」

「ホナ話は早い。サンタナさんちゅう植物界で最も偉い人がおりまんねん」

「まんねん……って」

「うっさいな、カズト。いちいち引っかかりぃな。話ができしまへんやろ」

「ヘイヘイ。すまんね」

「サンタナさんちゅうのは世界樹と言われる、まあ植物界の頂点のお人や。樹齢一万二〇〇〇年とかゆうとった」

「すごいね。ユッグドラシルは実在するんだ」

「ゆ……ゆっぐ?」

「北欧神話に出てくる九つの世界を包み込む巨大な樹木なんだよ」


「すごいのはキヨッペの知識力だぜ」

 やはりコンニャクが詰まった俺の脳ミソとはだいぶ違う。理解力が半端無かった。



 得々と語り出したキャサリンの話は思ったとおり難解で、俺には理解しがたいものばかりだが、掻い摘んで解説をすると、やつの説明はつまりこうだ。


 動物が放出する灰汁(あく)みたいなオドを吸い上げて植物がマナを放出するという話はこれまでどおりだったが、その先があった。


 視覚器官を持つ動物には考えも及ばない器官が植物にはあるらしく、地面を通して周辺の情報を刺激として感知するのだと言った。

 眉唾的な話なのにキヨッペは真面目に聞き入り、キャサリンは話を続ける。

 それによると、全世界中に広がる根っこを使ったネットワークであらゆる出来事を把握しているだけでなく、それは過去にこだわらず、なんと近未来のことまで視えるらしい。


「はぁ? なに言ってんの?」が俺の答えなのに、キヨッペは違う。

「時間のバルクを認知できるんだ」


《なんだ? バイクの話か?》

〔だろうな。食ったことが無いからな〕

 あー。駅前のケーキ屋さんんで見たことがある。

〔それはベーグルじゃないか?〕

 あ、そうか……。


《じゃあ、バルクって何だよ?》

 知らん……。


 オレたちの人格は大元の脳ミソが同じなのだからして、出す答えは結局同じ場所に着地するのであった。

 俺の脳ミソってマジでコンニャクが半分以上詰まっているな。明らかにキヨッペとは違う気がする。


「時間のバルクって言うのはね。過去も現代も未来もすべて同一平面上にあるって言う説だよ」

「時間って流れ去るもんじゃないの?」


「そう思ってるのは人間だけ。じつはすべてが同時に存在するんだ」


「さすがボンや」

 キャサリンは朱唇を尖らせて感嘆の息を吐き、キヨッペから俺へと目を転じる。


「あんな、カズト。地球上の動物はその中の一面しか脳が情報として扱われへんねん。ようは視覚器官を通って脳に送られて認識できた瞬間、それが現在や。ホンで得た情報を記憶として蓄積するやろ……」


「悪いのかよ」

「悪いとかエエとかの話してへんやろ。ほんまアタマ悪いなオマはん」

「うっせぇ」

 キャサリンは唇を平らにして見せてから、先を続けた。

「現在の情報と過去の二つから予測して、未来を感じ取るんや。動物ってのはそうやって生き残ってきたんや。つまり時間が流れるように感じるのは脳が作った幻想なんや」


「い……意味わからん」

 って、マジ俺って頭悪いな。


「でもね、別の環境で生まれた生命体は異なる見方をできるかも知れないって言うのさ。たくさんの時間をいっぺんに視て情報化できる生き物がいるかも知れないんだ。たぶん小ノ葉ちゃんはもともとそういう世界の生命体なのかもしれないんだ。こっちに来て僕たちと同じになっちゃったんだと思う」


「さすが酒屋のボンや。そのとおり、その一つが植物族や。せやから視覚器官なんかかいらんねん。よっしゃ。ボンの理解力には感服した。ほなとっておきの話をしてあげまひょ……ええか?」


 オロオロする俺とは無関係に、キャサリンは極めつけの話をした。




「うっそぉぉ!」

 驚いた。あー驚いたぜ。


 キヨッペだけでなく俺も、そしてもっとも驚愕したのは小ノ葉だった。


「サンタナさんの根っこがあたしの特異点を通って次元を越えたの? それがあたしの村と繋がるって?」


 ここまでくるとマンガだな。

 俺の脳ミソがコンニャクであってしてもそう結論付けざるを得ない。


「だいたい。小ノ葉の腹の中にある特異点へ、なんでサンタナさんの根が絡まってくるんだ?」

「あんな。特異点ちゅうのは、この世とは異なる次元の接点や。腹の中にあるからって、この可愛らしいコノハはんのポンポンの中とちゃうで、地球から数万光年先の宇宙のど真ん中かも知れんし、深海1万メートルの底かも知れんのや」


 コンニャク脳では何も考えられない。

「あ……あり得ん。その話はウソだ」


「ウソなことあるかい。せやからワテが変身できたんや。みてみいホンマモンやろ?」

「その言葉遣いで言うからウソッパチに聞こえるんだよ」


 キヨッペは目をキラキラさせて言う。

「まんざら嘘でもないよ。その特異点が可変種の異世界とこの日本とを繋いだからこそ、そこから小ノ葉ちゃんがこっちの世界に現れたんじゃないか」


「帰れなくなってるけどな」


「カズト。よう考えてみぃ。可変種の存在する次元と地球とがサンタナさんを通して繋がるんや。たまらんで実際。いやほんま」


 そしてこう付け足す。

「おかげで、サンタナさんの時間バルクの察知能力が飛躍的に向上した結果、未来は暗雲がかかっとる、ちゅうのが解ったんや」


「暗雲?」


「はいな。先が無いっちゅうことや」


「無い!」

「あたしの村が無くなるの? どうして? あたし……いつかは帰れると信じてきたのに……」


 急激に小ノ葉が消沈。キャサリンが慌てて否定する。

「あ……。ちゃうちゃう。すんまへんコノハはん。脅かしましたな。そうやなくて。植物族のネットワーク損失の未来が見えてきたんや」


「それならどうでもいいじゃねえか」


「あーー。せっしょなお人や! 血も涙もない鬼畜生でっか! この悪鬼め!」

「おいおい。ひどくね?」



「ネットワークが無くなってみぃ。世界中の植物が孤立すんのや。発芽時期がむちゃくちゃに狂ったり、とにかくシッチャカメッチャカになるんや。マナとオドのバランスが崩れて、動物界も狂いだすし。世の中の終わりがやって来るんや」

「植物の生長って天候が影響してんだろ? 少なくとも学校ではそう習ったぞ」


「はぁーーーっ! 人間の理屈で考えたらそこにたどり着いただけや。ホンマはな近未来を覗いてちょうどエエ時期にネットワークを通して申し合わせて発芽しとんのや。桜の開花を見てみぃ。咲きだしたら一斉やろ」


「じゃぁ、ネットワークが壊れたら……植物界の崩壊……?」

「そういうこっちゃ。植物に頼っとる動物界も連鎖して崩壊するデ……」


「何か怖くなってきたな。マジかよ」


「こっちは大マジやゆうてるやろ。そのためにワテが派遣されたんや」

  

  

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