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一日中気もそぞろで落ち着きのなかったバイトも終わり、小ノ葉と帰宅を急ぐべくフェアリーテールを出た時のことだった。店から数十メートル離れた大輔さんの店の前で人だかりがあった。
近づくにつれて俺の足の動きが早くなり、最後は駆け足に。一緒になって後ろを駆けてくる小ノ葉が囁いた。
「あれってキャサリンさんと、運動部の人たちよ」
小ノ葉の言うとおり、最も会ってほしくない連中の輪の中に入ってキャッキャッとはしゃいでるのは間違いなくキャサリンだ。
「おい、カズ!」
店に駆け寄る俺を見つけて、最初に飛びついてきたのは店主の大輔さんだった。
「この連中をどこかよそにやってくれ。こんなモサイ奴らが店の前で固まっていたら、奥さん連中が怖がって寄り付かない。営業妨害だ」
「大輔さんが直接言えばいいじゃないっすか。昔はこのあたりで親父と一緒になってブイブイ言わせてたって……」
「ばっきゃろ、オレはもうカタギになったんだ。素人は相手できねえんだよ」
ヤクザかよ。その手に持った長い刺身包丁が怖えよ。
客商売の店主が騒ぎを起こせないのはよく解っているので、とりあえず素直にうなずいて連中の後ろから声を掛けた。
「おーい。格闘技連合のバカども」
「なんだと!!」
逆三角形の巨体が振り返るとマジで風が唸る。
中でも最もごつい奴の剣呑な視線が俺を射抜いたが、それはすぐに穏やかな秋の陽射しに変わった。
「おー。神祈、待ってたんだぜ」
「やっと帰ってきやがったか」
飛びついてきたのは空手部主将の後藤田とレスリング部キャプテンの藤木山だ。
遅れて、剣道部と柔道部、そして弓道部のそれぞれ主将が俺の周りにたかって来た。
その隙を狙って小の葉がキャサリンを救助。
「おい、救助って言うな。おれたちはジャスティ―ノさんと話をしてただけだぜ」
「わ……わかったから少し離れてくれ。はたから見たらヤクザの出入りかと思われるだろ」
そうさ。格闘技連合のバカどもの体格は周りの空気を威圧するものがあるのだ。最も俺も負けていないけどな。
遠くで大輔さんの視線を感じるので、まずはそれからだ。
「用があるんなら俺んちの前にいればいい。ここだと魚屋さんの迷惑になるだろ。まるで幹部連中を引き連れてヤクザの組長が魚を買いに来たみたいになってんぜ」
「オレたちは正義の味方だ。このあいだだって女子寮に忍びこもうとしたチカンを引き摺り出したとこだし、今日だって立花中坊の連中を改心させてきたばかりだ」
「もう二度と弱い者イジメはしないと誓いやがったぜ」
嬉しげに話す柔道部主将の錦田の目がキラキラしているが、俺は改心させるに至った手段を聞きたくないな。
「それは分かったけど。なぜここにいるんだよ」
「お前んちのオヤジに蹴散らされたんだ。さすが神祈のオヤジだな。マジ怖いんで逃げて来たんだよ」
こいつらを追い散らす根性があるとは……お袋の目を盗んでガールズバーに通うだけのことはある。
「それよりジャスティーノちゃんが、オマエんちにホームステイしているってほんとかよ?」
「ホームステイって言ったのか?」
「ああ。ブラジルからだってよ」
あの野郎。上手い手を考えやがったな。それなら自然な流れだな。
「違うのか?」
「あ、いや。本人がそう言ってんだkら間違いないだろ」
「何だかあやふやな返事だな」
「俺はノータッチだ。小ノ葉の友人なんだ」
せっかく話がまとまりかけたというのに、そのキャサリンが小ノ葉の横から手を振った。
「おかえり、カズト。疲れたでしょ。今日も一緒にお風呂入って汗を流してあげるわ」
「「「「「ぬぁんだとっ!!」」」」」
瞬間に殺気立った。
格闘技連合とは我が高校の空手部とレスリング部、剣道部、柔道部、弓道部の各主将で構成された団体だ。それが殺気立ったら熱気がほとばしる。
弓道部の小平なんか弓を抜こうとするし、剣道部は木刀をケースから出そうとするので、
「バカヤロ。勘違いするな。あいつは冗談の塊みたいなヤツなんだ。ウソに決まってんだろ」
「そうだよ。一緒にお風呂入るのはあたしとだよね」
なんてことを言うんだろね、小ノ葉まで。
「今のもウソだからな、信じるなよ」
「「「「「信じられるか!」」」」」
「だいたいな。男とオンナは風呂を一緒にしないもんだ」
全力で否定する俺なのに。
「だってイッチのおとうさんとおかあさんはいつも一緒に入ってるよ」
「ば、バカ。夫婦はいいんだ……ていうか、恥ずいことをこんな往来でバラすんじゃねえ」
「うぷぷぷぷ」
「わ、笑うな。錦田。俺んちのプライベートなことだ」
実際やめてほしんだがな……。思春期真っ只中の息子をがいるんだぞと言ってやりたいのだ。
「あははは。おもしろいねー。日本の人たちってジョークが通じないからだめなんだよ。冗談に決まってるでしょ」
って、キャサリン。お前のはジョークを越えてんだ。小ノ葉まで巻き込みやがって。そんな新たな技を覚えたら後がマズイだろ。
筋肉バカどもはジト目で俺を睨み、
「今の話、ほんとうに冗談だろうな……」
凄みを利かす後藤田に俺も眉間にシワを寄せ、
「ああ。冗談でなかったら空手部に入ってやるぜ。ぜってぇ入らない自信がある」
「待てよ。なら剣道部に入ってくれよ」
と慌てだしたのは佐藤だ。
「おい、抜け駆けすんな。神祈はレスリング部でもらうぜ」
「弓道のほうがオンナにモテるぜ。カズト」
だんだん話が変な方向に逸れてきたので、
「だからな。俺がウソを言ってたらの話だ。ということはウソを言っていない俺はどの部にも入らない、ということが真実になるわけだ」
「なに言ってんだか分からなくなってきたよー」
頭を掻きだした弓道部主将の小平が眉毛をハの字にした。
「とにかくここは引き取ってくれ」
「クソ。頭悪いから途中から何の話をしてんのか分からなくなったぜ……」
それぞれに頭をガシガシと掻き毟りつつ解散。
「バイバイー。また遊ぼうねー」
5人の猛者に向かってピョンピョン跳ねて手を振るキャサリン。格闘技連合の連中も苦虫を潰したみたいな顔を見せつつ消えて行く、それへと俺はつぶやく。
「力ばかりで脳ミソが足りない連中で助かったぜ」
いつまでも手を振っていたキャサリンが身を翻した。
「オマはんもその一味やんけ」
ずりっ。
「その変身術やめてくんない? ギャップが大き過ぎて肩の骨がどうにかなりそうだ」
「えーかげん慣れんかいな。これがワテの素や」
「どっちにしても、あの連中は危険なんだ。近づくんじゃない」
「なんでやねん?」
「あたしも思うよ。あの人たち悪い人じゃないいよ」
「俺はあいつらと絡まりたくないんだ。だからちょっかいを出すな」
「せやけど、おもろかったで。連中本気にしよったもんな。わひゃひゃひゃ。思い出したらまたおもろなってきた。うひゃひゃ。腹の皮がよじれそうやデ」
「その可愛い顔で腹を抱え込むな、ヘソが見えてんぜ」
〔ちゃんとヘソがあるんだ……〕
《細かなディテールが……》
ということは。
〔やっぱあのおっぱいは本物だぜ〕
マジかよ……って、俺! しっかりしろ。あいつはオンナじゃない。ナデシコだ。
俺は力強く頭を振って否定。二人の腕を引っ張って、半開きになっていた酒屋のシャッターをくぐった。
話の理解できる人物を間に入ってもらってキャサリンの話を聞かないと、まじで何を言ってるのかさっぱり理解できないのだ。小ノ葉は理解しているようだが、逆に俺に説明できないでいる。マナとかオドとか、時間の波動説だとか。俺も筋肉バカの一人で、さっぱりなのだ。なので唯一の理科系男子であるキヨッペを頼って来たのだが……。
「キヨッペいる……?」
そっと中に入って奥を窺う。
料理の匂いと酒の匂いの混じった一種独特の酒屋臭が漂っていたが、まだ開店前の店の中には人の気配がない。
「よし。オバさんはいなさそうだ」
ネットよりも優れた情報拡散能力を持つキヨッペのお袋さんが要注意人物なのだ。あの人にかかれば、我が家で居候をするキャサリンのことなど、ものの半日もあれば町内中に知れ渡ること間違いなしだ。




