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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
マナの『マ』の字は魔法の『ま』 (こんどは7話)
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「いや~。ごりょんさんが拵えた御御御付(おみおつけ)は美味しそうでんなー。こんなん毎朝出してもろて、ダンはんも幸せもんやで、いやほんま」

「さすがだねー。ブラジルの人はほめ上手なんだよな、なあ、かあさん?」

「あたしだって、ブラジル語でゴリョンさんなんて呼ばれたことないから、赤面しちゃうわ」


 キャサリンはひと言もブラジル言語を使っていない。アレはすべて古典的な大阪の船場言葉なのだ。生駒出身の奴だからこそ習得した話術なのだろう。


「あ。ごりょんさん。ボンのお目覚めでっせ。ワテ……あ。あたしがアシストしまひょか?」

 昨日の言いつけだけはかろうじて守っているようだが、あとはもうムチャクチャだった。


「あ。お願いね、キャサリンちゃん。あの子目覚め直後は機嫌が悪いから気を付けてね、あ、そうそう、そのタオル渡してくれる」

「これでっか?」

「そう。それがカズのタオルなの、ありがとうね。キャサリンちゃんってよく気が付くわね」


「まぁ、(たて)やんとこで仕込まれましたからな」

「タテやん?」


「わあああああ。べらべらしゃべってないで早くタオルをよこせ!」

 キャサリンの背後から奪い取り、ついでに奴の腕を引っ張って洗面所へと連れ去った。





「よくも、ベラベラべらべらと……」

 言いたいことが喉の奥から先を争って出てくるので、舌がもつれて何も言えない。


「なにゆうてまんねん。ホンマに寝起きは機嫌が悪いんやな」

「ば、バカヤロ。お前のおかげで、とっくに目は覚めたワ」

「そりゃ、よかったでんな」


 ずりっ。

 ずっこけて危うく後頭部を棚の角にぶつけるとこだった。


「いいか。お前はちょっと喋り過ぎだ。黙ってろ、黙っていたら完璧な美少女なんだ」

「せやけど……口の中に蟲が湧きまへんか?」


「わかない。そんな奴は見たことない」

 キャサリンはチューブから練り粉をひねり出して俺の歯ブラシに塗りたくると「ほれ」と寄こし、くだらないことを言う。

「虫歯って、喋らんヤツが湧かすんちゃうの?」


「ちがう。お前のグローバル知識はどこから得てるんだ」

「言語の変換中に誤変換が起きたんやろな……知らんけどな」


 自信の無い説明の最後に『知らんけどな』を必ず付けるあたり、完ぺきな関西人だと言えるのがなんか悔しい。


「とにかくそうやって無駄なことをべらべらしゃべるな。正体がバレたらどうすんだ」

「せやけど。ムシが出てきたらどーしまんねん」

 見てみたいところだ。


 俺は溜め息一つ落としてから、

「わかった。お前の話は俺と小ノ葉が聞いてやる。どうだ? これならムシは湧かんだろ」


 キャサリンは渋々という表情でうなずいた。

「しゃあないか、これも任務のためや人間らにバレたら苦労が水の泡やからな」

「昨日からちょくちょく口にするけど、それってどんな任務なんだ」



「おはよう……キャサリンさん」

「あ、コノハちゃん、おはよう。いつも目覚め爽やかね」


「ぬぁっ!」

「なに驚いてるのよ、カズト?」と言ったのはキャサリンだ。


 俺は驚愕する。

「何だその豹変ぶり? やればできるじゃねえか」

「任務のためだかんね。あたしだってやればできる子なんだよ」


〔おいおい。いきなりかわゆくなってきたぜ〕

《すげぇ。オレの好みだぁ》

 色めき立つ俺の人格たち。ほんとスケベな奴らだぜ。俺も含めてだけど。



 そんなキャサリンが爆弾発言をする。

「最近コノハちゃんは下着とか衣服はレプリケートしないのね」

「なんとっ!」


 小ノ葉は平然と、

「そうだよ。おかあさんが可愛いのをくれるから、わざわざレプリケートはしないのよ」

「ねえぇ。あたしにもおすそ分けしてくれない。ほら下着持ってなくてさ」

 グイッと袖口を広げた胸元から、豊満な丘陵地帯が視界に飛び込む。

「ってぇぇ、谷間を見せるんじゃねえ」


〔うおぉぉ。本物のおっぱいだ〕

《本物かどうかは怪しいぜ。もとはナデシコだからな》

 しかしあのポヨンポヨンはたまらんよな。ナデシコのおっぱいってすげえ。

《落ち着け、オレ。言葉がおかしいぞ》


 俺の人格はパニック寸前の慌てぶりだが、小ノ葉は落ち着いたもんだ。

「ねぇ。キャサリンさん。任務って何なの?」と小ノ葉に訊かれて、

「そのうち、サンタナさんから連絡が来るわ。あたしがそれを伝える権限はがないの。ごめんね、コノハちゃん」


 気の毒そうに片ほうの眉を歪めたあと、

「どふぁぁ。アカン、オナゴに化けるのは3分が精いっぱいや」

 と叫んで深呼吸を繰り返した。


 ようやく現実に目覚めた俺は、一歩退いて奴をすがめた。

「二分おきに深呼吸して続けりゃいいんだ。クロールで泳ぐみたいなもんさ」

「ねえ、カズト。今度あたしもプールに連れっててよ。コノハちゃんばっかりずるーい」

 俺の胸に飛び込むキャサリンを引き剥がし――何だこのいい匂い――ナデシコの香りとつゆ知らず呼気を繰り返してしまう。


「馴れ馴れしくするな。プールは行かん。もう秋だ」




「まだ夏休みは少しあるんだ。連れてってやれよ」

 と洗面所のガラス引き戸の陰から親父の顔が覗いていた。


「お、親父。いつからそこに」

 俺はうろたえつつ親父の顔色を窺い、親父は俺をギンと睨んだ。

「カズト、女子二人に挟まれてオロオロすんじゃねえ」


 グイッと肩から洗面所に入り込むと、俺を外に引き摺り出して耳打ちをする。

「いいか。二人とうまく付き合うのなら公平にやれ。それが男の甲斐性だ。それができねえ奴は手を出すな! ……と、昔にジイさんが言ってた」

 この野郎、今のは確実に自分の言葉だ。やっぱ陰でこそこそやってやがるな。


 呆れるやら腹が立つやら、複雑な心境の俺をぽいと突き放すと背を向けて居間へ戻りながら、

「いいか、カズト。男は慌てるな。いつもどしりと構えていろ。きゃんきゃん吠えるのは小ぃせえ証拠だ」

 自分に言い聞かせるようなことをつぶやいて消えた。


「おとうさん。カッコいいね」と小ノ葉。

「ようできたお人や……」こっちはキャサリン。


「ガールズバーがばれた時のいいわけを練習してんだよ」

 と言い捨てるのは俺で、キャサリンへと目を転じた。

「とにかくだ……」

「え? なに?」


「お前の任務がなんだか知らんが、今日バイトの帰りにお前を連れて吉沢研究所へ行くから、午後5時半に俺んちの前で落ち合うぞ」

「わかったわ、カズト。約束する」


 小さく肩を落とす俺。

「あのな。カズトと呼び捨てにするな。すげぇ深い仲に聞こえるんだ。小ノ葉でさえそんな呼び方はしないぞ」

「なんでや! カズトはカズトやろ。人間界の(おきて)なんか知るかい!」


 どしっと肩が重くなるのを感じたが、

「勝手にしろ」

 と言い切ったのは、さっきの親父の言葉が頭の中でリフレインするからだ。


 なんかやりにくくなってきたぜ。


 いつもは美味いお袋の味噌汁がなんだか苦かった。

  

  

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