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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
恋をしたフユサンゴ(ボチボチと4話)
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1/4

  

  

「アニキー! がんばってるか?」

 腐葉土を拵えるために、土と枯葉をこね回していた俺の背後から声を掛けて来たのは、いつも元気な杏だ。


「おう。お前も威勢がいいな」

 杖代わりにしたスコップに体重を寄せて振り返る。

「どうした? 何か用か?」

 俺は腰を伸ばして小休止。杏は少々はにかみつつ口を開いた。

「オレ……花を買いに来たんだ」

「えっ?」

 これはまた意外なことを……。


「花なんてお前のガラじゃないだろ?」

「じゃねぇよ。にぃやんのためにな……」


「話が続かないな。なんでキヨッペが花を欲しがるんだ? もっとおかしいぞ」


「あのな。今日は奈々子の誕生日なんだ。それでにぃやんに持たせてやろうと思って……」

 さらに用心深そうに辺りを窺うと、杏は俺の耳元に口を近づけて小声で伝えた。

「何でもいいからさー。適当に見繕ってくんな」

 おでんを買いに来たみたいに言うなよ。


「ほお。兄貴思いの妹だな。よし。店長に言っていいのを選んでもらおう」

「小ノ葉ねえーちゃんは?」

「店長に頼まれて買い物に行ってる」


 そこへ一輪車を押して店長登場。

「おや? アンズくんじゃないか。どうした?」

 山盛りになった土をドサッと一輪車から落して、

「これだけあれば足りるだろ?」

 土の量を俺に尋ねてから、舘林さんは杏に向かって微笑みかける。

「キミがここに来るなんて珍しいね」


 たぶん生まれて初めてだろうな。


 杏は楽しげに俺へと告げた文句を復唱し、舘林さんは大きくうなずいて店内へ誘う。

「よし。兄さん思いのキミに感動した。いいのを選んであげるからおいで」


 杏は舘林さんに押された背中を捻って俺に手を振る。

「やったー。 アニキ! ありがとうな」

「俺に言ってどうする。礼なら店長に言えよ、店長に」



 店内に戻っていく二人の後ろ姿を眺めながら(かえり)みる。

 誕生日に花か……。

 と思い出すのは杏の誕生日のこと。

〔アイツの誕生日にオマエ何をプレゼントしたんだ?〕と天使が囁き、

《そうそう。いまから思えばやばいモンを進呈したよな》悪魔が応える。

 俺がプレゼントしたのは竹刀だった。毎日素振りに使っているあれさ。


〔あいつの男性化を後押ししてんのは、オレじゃね?〕

 そうは言ってもよ。杏に花なんて思いもよらなかったもんな。

《だよなー。なら次は何をプレゼントする?》

 鉄アレイかダンベルってとこだろ。


「なははは。どうしてもそれしか思い浮かばねえよな」

 とまぁ、俺にとってはなんでもない一日が過ぎ――。



 次の日の朝。

 出勤直後の日課となった堆肥作りに精を出していたら……。


『おニイちゃん聞いてくれる? アタイ病気やねん……』

 唐突に地面の上から語り掛けられた。

「俺をアニキと呼ぶのは一人だけだが?」


 見ると、赤や黄色の小さな実がなる鉢植えの小さな木があった。

 昇りきった朝陽に水滴をきらめかせた可愛らしい姿に目を細める。

 札に書かれた名前は、フユサンゴ。

 花ではないが、花のように色鮮やかな()ん丸い実が緑の葉が茂る中に点在して愛らしいのだ。


『その子は常緑小低木で、フユサンゴのヒカルちゃんでゴワス』


「ゴワスってどこの言葉だよ?」

 聞き慣れない口調はその隣にあったグリーンアンデスと名札の付いた緑色の花を付けた菊だ。

 緑色の花びらで、グリーンアンデス……爽やかなネーミングなのだが語尾に『ゴワス』が付く。


『昨日からヒカルちゃんは元気がないでゴワス』

 どこがアンデスだ? ぜったい国違うよな。

 しかし自ら病気だと主張されてグリーンマネージャとして黙っていられない。


『何がグリーンマネージャーやねん』と背後からかましてくるのはハイビスカスのマーガレットだ。


「お前、なんでここにいるの? 店内に配置されてたじゃないか?」

『日光浴や。今日はとくに天気がええヤロ。小ノ葉ちゃんにゆうて店から出してもろたんや』

「はいはい。光合成頑張ってくれたまえ。俺はグリーンマネージャーとしての仕事に専念する」


『はよしたれや。ボケ!』

 くぅぅ。腹立つな……。


 奥歯を噛みしめて俺はハイビスカスから背を向けた。

「で? 患者さんは何の病気かな?」


『アホ。それを見極めるのがグリーンマネージャーやろ』


 俺は体を捻って怒鳴りつける。

「うっせぇ! 部外者は黙ってろ!」


 周りの花やら樹木が、ガサッと音を出して俺を見つめるのは、威嚇にも近い睨みの視線だった。

「なっ! あ、いや。あんまりにもマーガレットさんが、ヤイのヤイのと言うもんっすから……」


『このガーデンで人間風情が大きな顔をすると……ひどい目に遭わせるぞ』

 確実に脅しの文句だった。それを伝えて来たのは、数メートル奥に生えた季節的に花はそろそろ終わりのアジサイだ。だからイラついているのか、言葉が剣呑だ。


「なんだよ。俺を脅してんの? ほぉ。やってもらおうじゃないか。俺には腕力とか力づくなんてもんは通じねえからな。だいたいお前らに腕とかあったらの話だけどな」

 こっちもケンカ腰さ。今日は一つガツンと言ってやらないと気が済まない。


『やはり勘違いしているようだな人間。自由に動き回るものが優れているというおごり高ぶった考えを改めるがよい。皆の者、根を呼び覚ませ。この人間にマナのパワーを見せつけてやってくれ』


「は――っ! 何を大袈裟なこと言ってやがる。マナなんかマナ板代わりにしか……あぅ! あ? アギャーッ!」

 足から脳天へかけて鋭い痛みが走った。まるで電気だ。一瞬だったが指の先から青白い光のギザギザが放出。髪の毛も逆立ったのを感じた。


「だ――っ! な、なんだ今の!?」


『これがマナのパワーだ。それっ! もう一度だ。この痛みを忘れるな』


「あっ! ぎゃぎゃぁ――っ!」

 数千本の針で全身を突き刺された感じがして、堪えようとしても堪え切れない激痛が走った。


「く、くのやろー!」

 痛みは激烈なのだが、なんかクセになりそう。


『ぶははは。そうだ。お前の体に溜まった負のエネルギーが中和されて行く痛みなのだ』

「なんだかマッサージを受けているような……ぐぎゃぁ~痛てててて。痺れる!」


『もうそれぐらいで許してやれ』


『あ……これはサンタナさま。了解いたしました』

 ビリビリ感がさっと引き、

「あ、ふぅ……。だれ?」

 全身の力が抜け切った俺のボディはそのままくにゃりと地面に広がった。


「だ、だめ。立てない……」

 激痛は激痛なのだが、この疲労感を伴う開放感がたまらなく刺激的で、ある意味快感だった。


『どうじゃ、カズト。マナの力を体で感じてもらえたかな?』


「誰っすか? ていうか、電気ビリビリの刑はこりごりっす。一番苦手なんだ」


『じゃろうな。腕力勝負で負け知らずのお前だ。痛みを耐える訓練をしておるだろうが、マナのパワーには勝てぬ』

 力強く腹の底に響き渡る声の主はどこからくるのか解らない。大地、天空すべての方向から渡って来るようで、方向すら特定できないのだ。


『それから言っておく。マナは電気ではないからビリビリと言う表現は間違っておる』


「あんたダレ?」

『こら。サンタナさまにアンタと言うな』

 咎めたのは事の発端を作ったアジサイ野郎だ。


『まあ、よい。いずれ会うことになっておる。カズト?』

「え? あ、はい?」

 思わず従ってしまうほどの荘厳たる声で、脳髄の芯まで沁み渡った。


『しっかり働くんじゃぞ』

「えーっと。あ……まあ頑張ります……けど」


『ではまたいずれ……』

 霧が晴れるみたいにして気配が消えた。


「アジサイくん。今のはダレ?」

『サンタナさまだ。マナの樹のサンタナさまだ。いいか、次に会う時までにその言葉遣いを直しておけよ。サンタナ様と比べるとワシらが出せるマナのパワーなど、赤子にも等しいからな』


「うっげー。マジかよ。マナ怖ぇな」

 でもなんだか肩の辺りが軽くなった気がする。


『それはお前の体に溜まった負のエネルギーが消滅したからだ』

「もしかして……体に良さげな気がするな」


『まぁ。悔しいがそう言うことだ。オドを宿した生命体は負のエネルギーが溜まり疲れたと感じるようになる。それを中和させるのがマナのパワーだ』

「森林浴が体にいいってやつか……」


『ただし、今のように急激に受けると痛みを感じるのだ』

「それに耐えることができれば体にいいってことか……」

 なんだか得した気にもなるが、やっぱあの独特の痛みはキツい。


『さあ。わかったら、ヒカルちゃんの容態を診てやってくれ』


 電気ビリビリはもうコリゴリなので、ひとまずうなずいてからフユサンゴの前でしゃがみこんだ。

「それでヒカルちゃん。どんな気分ですか?」

 フユサンゴは赤い実をゴソゴソと動かして訴える。


『あんな、お兄ちゃん。ウチな……ウチ、胸が苦しいねん』

「…………?」


 言葉が無いよな。

《無いな……》

〔低木の胸ってどこにあるんだ?〕

 て言うか。植物に胸って表現できるモノあんの?

《節目かな?》

〔そんなのいくつもあるだろ。竹なんてどうすんだ。胸だらけになるぜ〕

 訊いてみる?


〔でもうかつなことを訊いたら、また電気ビリビリだぜ〕

 それはもういやだ。


《しかたがない。とにかく診察してみろよ》


「どう苦しいのかな? ヒカルちゃん」

 もう幼児相手に喋るようなもんだ。


『締め付けられる気分やねん』

「痛いの?」

『ううん』

 樹木全体がガサガサと左右に揺られ、

『きゅーーんってなるねん』


〔おい。木が胸キュンって言ってるぜ〕

《まさか……な》


『それから……息が苦しくなるねん』


「木って呼吸してんの?」

〔光合成のことだろ?〕


「それで……どういう時なるのかな?」

『その人の顔を思い出した時……』


《お、おい。やっぱこれって……アレだぜ》

 オレも悪魔の意見に賛成だ。


「ヒカルちゃん。それって好きな人ができたんだね」


《人って言っていいのか?》

〔ちがうだろ……〕

「それって、あそこのアジサイさんかな? それともヒマワリさん? なんなら連れて来てやろうか。お見合いでもする?」

 はたから見たら、花に話しかける痛い野郎の絵だ。こんなとこをクラスの誰かに見られたら生きて行けねえだろうな。


『あんな。おニイちゃん……』

 フユサンゴは緑の葉をガサガサしながら、

『昨日来た子、ダレなん?』


「昨日来た子?」

《昨日……何か入荷したか?》

〔いや。生花市場へは店長行ってねえぞ〕

 俺も花の移動もさせてないし。


『あの元気のいい子、ダレなん?』


〔元気のいい……?〕

《子……?》

 誰よ?


 昨日ガーデンにまで入って来たのは、小ノ葉に店長、それから業者の大隈さんと……杏か。

《アンズ……?》

 俺はぐぎぎぎ、とフユサンゴへ首をねじる。


「ちょっとお尋ねしますけど……ヒカルちゃんは男?」

『変なこと訊かんといてぇな。ウチは乙女や。せやからキュンとなるんやろ』


「ぶふぁっ!」

 噴き上げてきた笑いを両手で塞いだ。ほっぺたが今にもパンクしそうだ。

 ひと飲みしてから。

「あのさ。アイツとはやめておいたほうがいい」

『なんでやのん? 恋に国境は無いんやろ? コノハちゃんとおニイちゃんは異世界間の恋愛やっちゅうて聞いたで』


 れ……恋愛って……。なんか面と向かって言われると、こっ恥ずかしいな。


「植物界と人間界とに国境があったとしても、確かにそれをどうこう言う気は無いけどな。アンズとヒカルちゃんではちょっと問題があるんだよ」

『ウチ元気のいい男子が好っきやねん。昨日親しげにおニイちゃんと話してたやん。なぁ。紹介してくれへん。もう、ウチ……胸が圧し潰されそうや』


《やっぱり、勘違いされてんぜ》

 元気のいい女子なんだけどな……。


 とにかくもう一回会わせてやるからちょっと待っててね、とフユサンゴを説得させ、その場を離れた俺はあれこれ策を練りつつ、肥料作りに力を入れた。


《会わすことは簡単だけど……アンズにどう説明するんだ?》

〔どうって……どうする?〕

 あいつの恋愛観はどうなってんだ? 男として考えていいのか?


《やっぱ態度はあれだけど、そういう時は女子じゃね?》

〔アンズが初めて告白された相手が……フユサンゴって……〕

 なんかあいつが不憫だぜ。

《こりゃあ難問だ》

〔だなー〕


 小ノ葉にでも持ちかけて、それとなく杏の本心を探らせてみるか?

《何てさ?》

 え? お前、植木育てる気があるかって。

〔あるわけねえじゃん。アンズだぜ。三日で枯らすだろな〕

 だな……。



 昼飯の時間に小ノ葉に説明すると、ヤツは俺の意向を汲みとって快諾してくれた。

「ヒカルちゃんとアンズちゃんならお似合いだと思うよ。だってヒカルちゃんは可憐な花というより、元気一杯の……そうね。アンズちゃんの化身みたいな感じがするもん」


「人類と植物を分け隔てしないでよくそんな意見が言えるよな」

 驚きと言うよりも、小ノ葉の広い世界観に感心した。


「だってあたしから見たらどっちも同じ次元に住む生命体でしょ。でもあたしはこの日本とは全く違う日本から来たんだもん。それから見たら同族じゃない」

「同じ地球と言う家に住む家族ってか……」


 広い宇宙の真っただ中に、奇跡のように誕生した水の惑星地球。キヨッペが言っていた。水が液体として存在し得る温度は宇宙から見ればほんのわずかな範囲だけなんだって。それを維持するには太陽から絶妙な距離を自転しなければいけないらしい。それだけも稀なのに、そこで生物が生まれたのは神がかり的な事なんだと力説された。


 小ノ葉が言いたいのもそういうことだ。


 そう想起してたことで、ずっと腹のどこかでモヤっていた事に気付いた。

「そうか……。ヒカルちゃんにどこか親しみを感じるのは、口調が幼稚園の頃のアンズと同じだからだ」


 今でこそあいつは俺のことを『アニキ』と呼び、実の兄貴を『にぃやん』と呼んで区別しているが、幼稚園の頃は俺のことを『おニイちゃん』と呼んでいた。妹のいない俺が『おニイちゃん』と呼ばれて抵抗が無いのは、そんな理由からだ。



 そしてその日の夕刻。バイトの帰り道のこと、酒屋の前で素振りに精進する杏と出会った。

「アンズちゃん、頑張ってるね」と小ノ葉が尋ね、杏は竹刀の動きを止めることなく首だけを捻じり、

「ああ、ご両人。お疲れさん。どうだい? 一杯やってくか?」

 くだらないことを言った。


「お前ね。いくら家が立ち飲み屋をやってるからって、その会話は十年早いんだ。俺たちゃ仕事帰りのサラリーマンじゃねえぜ」

「なに言ってんだよ……せいっ! ジュースに……せいっ! 決まってんだろ……せいっ!」

 俺の質問に答えながら、杏は竹刀を力強く振り続ける。


「あのさ。お前、高校入ったら剣道部にでも入る気か? 部長なら知人だから紹介してやろうか?」


「まだ決めてねえ……せいっ! でも武道系はありだな。オトコなら戦わないとな……あ、せいっ!」

「誰と戦うんだよ?」

「いろいろ……」

 お前の戦うの定義がいまいち解からないな。


(なん)にしてもいい機会だぜ〕

《だなー》

 さてどこから今朝の話を説明しようか。俺と同じ異世界間の問題から切り出すか、同性愛のくだりか?


〔同性愛なぁ……〕

 こりゃあ、まいったぜ。

 雌花とオンナと……はぁ? だぜ。

 やっぱ小ノ葉みたいな考えができない。


《この問題、ちょっと先送りしないか?》

 ああ。一晩考えさせてもらおう。

〔《だなー》〕

 俺の人格たちが頭を抱え込むのは当然であった。

  

  

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