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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
小ノ葉。泳ぐ(おっとっと と4話)
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4/4

  

  

「ちょっと待て! 野川」

「何かね神祈くん?」


「この勝負、こっちが不利だ」

 と言い切った俺の腕を小ノ葉が引いた。


「大丈夫。あたしにまかせて。さっき初めて泳いだ時にマナの波動を感じたの」


「また、それか……なんだよ、マナって?」

「まぁ。まかせて。絶対に負けないわ。だって植物界のみんなが応援してくれてんのよ」

 そこまで言うのならとにかく小ノ葉に任せるしかない。


「何をブツクタ言っておるのだ。勝負をやめるなら今のウチだぞ。高校の全運動部がキミをスカウトしたがるオーラは、女と付き合うようになって消え失せたと言いふらしてやるだけだ。神祈くん」


「ぬやろう……」

 野川め。相変わらず腹が立つ言い方をしやがるぜ。


 俺は拳をぎゅっと握りしめて一人興奮する。

「お前らの条件ばかり出すな。こっちが勝ったらどうしてくれるんだ?」

 野川は即答。

「このレストランで食事をご馳走しよう」


「うそっ。ゴチソウしてくれんの? ならさ……」

 期待に胸を膨らませてキラキラと輝く目をした杏の言いたいことはわかる。俺が代弁してやろう。

「俺たち五人全員におごってくれるなら勝負を受ける」

 コクコクとなずく杏の嬉々とした顔を横目で見ながら言い切った。


「小市民の五人や十人……よかろう。グランホテルのレストランで馳走(ちそう)してやろう」


「うぉぉぉ。やったー!」

「おいアンズ。喜び過ぎだ。小ノ葉が勝つとは限らんぞ」


「大丈夫。あたしは流動体生物なのよ」


「流動体生物とは何かね?」

「ばか。黙っとけ」と小ノ葉に口止めさせ、

「泳ぎが達者だというブラジル語だ」

 むちゃくちゃな言い訳をする。


「まあ。それならレイナくんも同類だ。泳ぎはすこぶる達者なのだ」

「レイナよ」

 あんたそればっか。


「ワタクシ……自宅にあるプールで日々練習をしていますから」


「すっげぇな。にいやん……家にプールがあるんだってよ」

「だよね。うちなんかビニールプールも無かったもんね」


「あ。そうだったな……」

 憐憫の眼差しを兄妹にくれてやるのは俺だ。


「お前ら酒屋だから泳げなくてもいいって言われてプール買ってもらえなかったもんな」

「うん。仕方がないからオレ、小学校上がるまでお風呂でバタ足してたんだぜ」

 その割に杏の泳ぎはダイナミックだ。


「小市民の悲しげな事情を暴露しないでくれたまえ。胸がチクチクするではないか。さあ、さっさと勝負を始めるぞ」

「いいぜ。コノハねえちゃん。レストランでたらふく食おうぜ」

「うん。アンちゃん。がんばるからね」


 小ノ葉の腹が宇宙と繋がっていることなど誰も知らない。たぶんレストランの冷蔵庫が空になってもまだ寄こせと言うだろう。



「では決戦の場へ移動しようではないか」

 先陣を切って野川とハイレグ水着の美女がプールサイドを闊歩し、後ろから勝負だ勝負だと杏が囃し立て、それをたしなめようとする奈々子ちゃんが追いかける。という状況のもと、俺たちは50メートルプールへ移動した。


 正式な水泳競技もここのプールで催されると野川が言うぐらいだから、こいつらこのホテルの常連なのだ。


 こっちは緊迫して歩むのに、小ノ葉はスキップを踏むかのごとく軽々と前を行くので小声で訊く。

「コノハ。何か勝算があるのか?」

「イッチが野川さんと言い合っていた時に、大内さんからこっそり秘策をもらっちゃった」

 と言って小ノ葉は爽やかにほほ笑むが――、


 大内と言えば俺たちが弁当を広げていたところに生えていたヤシの木のことだ。そんな樹木のたわごとで、生まれた時から自宅のプールで泳いでいた元祖人魚姫に実際勝てるのであろうか。


『心配するな小僧。我々の先祖は海辺に住んでいた正真正銘の南国育ちだ。泳ぎのことに関しては詳しい』


 俺の脳に直接伝わる極低音の波動がそう言うので納得せざるを得ないのだが、不安は簡単には払しょくできない。

 とか思案するうちに、両者はスタート地点に到着。

「いいか。あっちの岸に先に着いたほうが勝ちだ」

 俺はプールサイドの上でニコニコしている小ノ葉に説明し、視線をスタート台に移動させる。


〔むぉーぅ〕

 俺のほうに丸い尻を突き出し、前屈状態で合図を待つ、居丈高オンナに視線を固定する。


《たまらんよな、実際》

〔ああ、水泳する奴は無駄な肉が無いから身体のラインが美しすぎるんだ〕


 薄っぺらな競泳水着からプリッと突き出た尻を目の当たりにした途端。沈没したタイタニックでも浮上させる勢いで立ち上がる我がちんちん丸をどうしてくれよう。と誰に文句を言えばいいのかと、キョロつく中で野川の声が響いた。


「本当は互いにクラブスタートかトラックスタートで公平を規したいのだが、キミが飛び込むと変形すると言う意味不明の訴えをするからこのようになったのだが、もう一度訊くが、ずいぶん損をするけどいいのかな?」


「いいよ」

 軽い返事をして小ノ葉は飛び込み台の横から静かにプールの中に入った。

 泳ぐという行為を今日初めてした人物に飛び込めと命じるのも無理があるし、万が一強行して小ノ葉の言うとおり顔が変形したりしたら、それこそ一大事だが……かと言ってこんなので勝負になるのか?


「それからプール底を歩くのも禁止だ。これは競泳なのだからな」

 素人相手に野川は厳しい条件を打ち出すのは、小ノ葉を水泳部のマスコット的女子にする気満々だからだ。


「小ノ葉。もう一度訊くけどこいつらその道のプロだぜ、大丈夫か?」

「うん。大内さんがいうには、それに変身すれば人間なんか太刀打ちできないって言ってたから心配ないよ」

「変身だと?」

 どうやら物理学的なチートではないようだ。


 一抹の不安は残るものの。スタートの時間となった。


「じゃあ。いくぞ・レイナくん。キミはクラブスタートで行くのかね」

「はい。ワタクシの最も美しいスタイルをとくとご覧いただこうと思っております」

 と言って、スタート台の前縁に両手両足をそろえて改めて前屈スタイルに、

「ところでなぜキミらが背後に回るのだ! 自分の女子を応援せんか」

 俺とキヨッペがそろって女子高生のスタートを拝もうとしたので、野川が咎めた。


「あ。いや。別に深い意味はないんだけどね」

 頭をポリポリ掻きつつ。小ノ葉のレーンへ戻る。


「アンちゃん、僕たちはプールサイドから応援しようよ」

 キヨッペも照れくさそうに杏と奈々子ちゃんを引き連れて、スタートを真横から見れる位置へと移動した。


 小ノ葉のコーチ兼彼氏としてプールサイドに残った俺にも聞こえるかのように、野川の野郎がほざく。

「コノハくんは明日から我が校の水泳部所属のマスコットガールとして働いてもらうからそのつもりでいたまえ」

「あたし花屋さんでもう働いているよ?」

「試合のある時だけワタシの付き人をするだけだ。なに、卑猥(ひわい)なことは考えていない。水着姿でウロウロするだけだ」


「なーんだ。それならいいよ」


 ってぇぇ! バカ。

「お前、負けるんじゃないぞ。俺の女があんな奴の御抱え女子になるなんて屈辱そのものだ。死んでも勝てよ」


「心配ないって。あっちの岸までなら十数秒だよ」

「ええっ!?」


「スタート!」

 訊き直そうとした俺の言葉を掻き消して野川の合図が轟いた。


 野川の宣言どおり、セントポーレシア学園のホープだという彼女の飛び込みは見事だった。

 前屈の色っぽい姿勢が宙でピンと伸びた次の刹那、綺麗なボディが水面下に呑み込まれるように消えた。


「だぁぁ――っ!」

 悲鳴を上げたのは俺だ。ゴールを指差して叫ぶ。

「小ノ葉! 何してんだ。早くスタートしろ!」


「あ。そっか」


 奴はのんびり水を手ですくって顔に当ててピチャピチャ。おもむろに全身を沈めてようやくプールサイドの壁を蹴った。


 その間に伊集院レイナは、数メートル先に顔を出しクロールの体勢に入った。スリムなボディで水を掻く姿に無駄は無い。立ち上がる水しぶきも極限に少なかった。


 その間に小ノ葉は……。

「お――の――」

 プールの底に沈んでいた。


「コノハねえちゃん頑張れ! 今日はカレーだぜぇ」

 御馳走がカレーだと宣言する杏が少々不憫だが。それより何やら動きが……。


「何だったんだ、今の」

 開いた口が閉まらなかった。顎の骨が接着剤で固定されたようだった。


 俺は見た。水中で全身が流線型に変化。そして腰から下があり得ない形に。

「お……尾びれ?」

 にしか見えなかった。イルカの尾びれとも思える物体が、腰から下でドンッと水を掻いた瞬間、大きくプールの水が盛り上がった。


 十数メートル先を可憐に泳ぐ伊集院レイナを襲うシャチと表現したらいいのか、あるいは海面を疾走するボートを悠々と追い抜いて行くイルカとでも言ったほうがいいのか。


 まるで魚雷が駆逐艦に迫るみたいに水面が盛り上がって、一直線にゴールへ向かって伸びた。


 プールの半分を過ぎた辺りで水から顔を出した小ノ葉は、ただのバタ足で泳ぐスタイルだがその速度が尋常ではない。


「こ……小ノ葉。あまり派手にやるな。人間じゃないのがばれるぞ」

 俺のうめき声は杏たちの必死の声援で誰の耳にも入らなかったようだが、こんなのあり得ない。


 手をピンと前に伸ばしバタ足を続ける姿はまるで水泳初心者。なのに、エンジン付きのボートにでも引っ張られて行くような勢いで、あっという間に伊集院レイナを追い抜き、勢い余って向こう岸に飛びあがっていた。


「やっべぇーって」

 しかし最後のひと掻きを終えた瞬間、いつもの美脚に戻しており、俺の不安は消し飛んでくれたが、問題はどう言い訳するかだな。


 ゴールと同時にプールサイドに飛び上がるって……トビウオじゃあるまいし……。

「………………」

 野崎はスタート台の縁からポカンとしてゴールで手を振る小ノ葉を凝視していた。

 

 だいぶ遅れてゴールした伊集院レイナは、引き離したであろう小ノ葉を探してプールの中ほどを見遣るが、そこにはざわついた他の水泳客が波に寄せられてプールサイドに逃げる光景があるだけだった。


 そしてお客さんは口々にこう漏らした。

「イルカが泳いでいたぞ」

「いや。ジョーズだって」

「ワタシははっきり見た。今のはマーメイドだ」

 連絡を受けて監視員が見回ったが、後の祭りである。


 ゴールでは杏は欣喜雀躍で飛び上がっていた。

「いいぞ! コノハねえちゃん! カレーだ、カレーだ」

 小ノ葉の下半身がイルカの尾びれになっていたことは誰も気づかなかったようだが、ヤシの木が海の生き物を知っていることに驚きを隠せない。


『小僧。植物族は海中にも棲んでおるのだ。忘れるな』

 海藻類か……。

『大地が続くかぎり、植物族のコミュニケーションは地球を巡ることができるのだ』

 マジっすか。

 だんだんと人類の営みがチンケなものに見えてきた。


 どちらにしても野川のヤロウが勝負を軽んじていたため、小ノ葉の泳ぎをよく見ていなかったようで助かったのだが、この話にはまだ続きある。


 イルカだとか、マーメイドが泳いでいると連絡を受けて、そんなことはあり得ない、とは言っても客から連絡を受けたら出動せざるを得ないのが監視員の宿命である。


 確かにそんなものが泳ぐ気配は皆無だ。そのマーメイドは俺の横で平然と立つのだからあるわけないのだが、監視員がプールを詳しく調べたところ。水かさが30センチ近く下がっていた、という新たな騒ぎが起きたのだ。


 排水口が開いたかもしれないので、このままでは危険だと判断されて、すぐに50メートルプールが閉鎖されたのは言うまでもない。


 お前……飲んだな……。

 俺は大量の水が宇宙空間に拡散して行く光景を思い浮かべて薄ら寒くなり、何も知らない野川は俺たちを連れてレストランへ。





「はあ。今日はアニキのおかげで美味いカレーが食えたぜ」

 杏は満面の笑みでテーブルに両手を置くと爪楊枝をクリクリ上下させ、小ノ葉は二人前の大皿をぺろりと平らげたのにスリムな腹を披露し、俺は横でぷりぷり。

「俺はステーキが食いたかったのに……」

 それぞれ好きな物を注文しようと思っていた矢先、全員カレーでいいと勝手に杏が注文しちまったのだ。


「なんでぇ。本物のビーフカレーだぜ。オレ初めて食ったよ。すっげぇゴチソウだったよな」

 安いオンナだぜ…………。

 渋そうな笑みを浮かべたキヨッペは奈々子ちゃんと仲良くそろってスプーンを皿に置き、

「私までご馳走になって。どうもすみません」

 奈々子ちゃんはレジへ向かおうとした野川に丁寧に告げた。


「気にすることはない。勝負は勝負だ。だがこの子の泳ぎは人間離れしている」

 人間じゃねえもん。


 ひとまず低予算でカタが付いて安堵した野川は、小ノ葉を指差してそう言い捨てるとさっさと支払いを済ませて、再び体を捻った。

「コノハくん。またいつか会おう……あちちち」

 伊集院レイナに尻を抓られつつ、野川は俺たちの前から消えた。


「二度と俺の前に現れるな……」

 後ろ姿に吠える俺だった。




 互いに何も残らないプール遊びではあったが、あの美人コンシェルジュのおねえさんが見送りに出てくれたのと、杏と奈々子ちゃんが楽しかったと帰りの電車ではしゃいでくれたのが幸いである。

  

  

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