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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
喫茶店で語らふ(続けて2話)
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「うはぁぁぁ。この冷風、生き返るぜ……な?」

 少女は出された水をがぶ飲み中だった。

「これ美味しいねぇ」

 そして――、

「ぷふぁぁ~。もう一杯」

 ポカンとするウエイトレスに空になったコップを突き出した。


「ほらみろ。喉がカラカラなんだろ? 外は暑くて……いやほんと」

 ウエイトレスに向かって、俺が言い訳めいたセリフを吐くのは、片手で盆を胸に抱きこんで、繰り返し空になるコップに水を注ぎ続ける異様な事態を誤魔化そうとしたからだ。


「あ、あのさ……もうよしたほうが……」

 少女は握ったコップで、水差しと口とのあいだを6回往復させ、ウエイトレスが空っぽになった水差しの底を覗き込んだ時点で、

「あー美味しかった。ね。何か食べようよ」

 と、ぬかしやがった。


 一拍ほどウエイトレスと顔を見合わせて、俺は頬に伝った汗を指の先で弾いた。

「水道の蛇口からホースを繋いでもらったほうが、よかったんじゃね?」


 恐ろしい物から逃げるようにして奥へ戻るウエイトレスの背中から視線を外して、俺はもういっちょう訊いた。

「あんた何モンだ? ただの女じゃねえな」


「…………」

 俺の問い掛けなんて聞いちゃいない。


 女は悩める目付きでコップの底を眺めていたが、ふっと息を吐くと、俺ではなく、残った水に向かってつぶやいた。

「ねえ? この水とさっき公園であげた物とは違うの?」


「まあ。氷が入ってるぐらいの違いはあるけど。そんなに変わらんよ。あっちも飲み水だったからな」


「あの子達と同じ水を飲むのに、あの子達とあなたとは違うの?」

「はあ? そりゃああっちは植物。こっちは人間だから全然違うぜ」

 何でこんな会話をマジ顔でしてんだろ、俺。


「人間は誰も話をしてくれないけど。あの子達はお話をしてくれるのよ」

「あー。なるほどな」

 重度の厨ニ病だな。友達がいなくなって花と会話を始めたわけだ。


 続いてメニューの上に視線を巡らせて、

「ねぇ。フルーツパフェってなあに?」

 一貫性が無いな、この子。


「甘いもんだ」

 だんだん適当になる俺……。もう知らん。

 ぷい……だ。

「ふ~ん。甘いって何だろう?」

 外した視線を急いで戻す。彼女の口の動きを眺めつつ俺は黙考する。

 独り言なら俺のいないところでしてくれ。気になって、質問したくなるだろ。


「いろんな食べ物があるんだね……あっ!」

 言葉の真意を尋ねるかどうか逡巡していたら、話題は別のものに移っていた。


「ドンブリがある。ねぇ。これって何ドンブリって読むの?」

 豊満な上半身をぷりんぷりんさせながら体を乗り出すと、メニューの中ほどを指差して明るい声を張り上げた。


 決して脂肪過多ではない均整の取れたボディに、どうしたらそんなに綺麗に盛り上がるんだ! とつい声を出してしまいそうな、大き過ぎもせず小さくもない、絶妙にバランスの取れた豊かな胸の曲線。そしてちっとも膨らんでいない腹部を、失礼だとは思ったが、凝視してしまった。


「スリムだな……」

 声に出すつもりはなかったが、せざるを得なかった。牛丼10杯と水を6杯一気飲みした腹ではない。最初に出会った時と同じまま、見事なバランスでスタイルを維持している。


「スリム丼かぁ……」

 いかん、牛丼屋のぶり返しだ。


 俺は勢いよくかぶりを振り、セクシーボディに固着してしまった視線をむりやり引き剥がして手元へ向ける。

 それに気づいたのか、少女は俺の手の甲に片手を触れてメニューを差し出した。

 ぬぉぉ。これはどういう意思表示だ?

《たまたま触れてんじゃね?》

 悪魔の言葉に否定はできないが、ひとまず滑々した接触感を堪能しながら、示されたメニューの文字に視線巡らせる。


 ……なんだ。木の葉丼じゃないか。


「コノハ丼って読むのかぁ……」

「のぁ――――っ!」

 エスパーか!

 俺はひと言も声に出していない。

 考えれば、俺のあだ名だってそうだ。こいつが脳の中をスキャンしたんだ。こっちの似非ベースケ能力とは比べモンにならん。なんて実用的なんだろう。


 確かこういうのをテレパシーとか、精神感応って言うんだよな。キヨッペがよく口に出す単語だ。


「精神感応とはちょっと違うの。意識波の傍受っていうのかな」

「なっ!」

 完全に俺の心が読まれてんぞ。やばいぜ、まずいぜ、しくったぜ。

 会った時からパワー全開でスキャンを繰り返すベースケ波が筒抜けだ。大至急ステルス制御に切り替えなければならん。


「…………………………」

 せっかく触れあっていた手を引込めると、意識を消してメニューを眺める。



 むー。喫茶店のくせに、なんでこんなに丼物が多いんだ? 和食屋かここは?

 周りを見渡すが、普通の喫茶店だった。

 それよりクーラーの吐き出し口でピラピラする赤と黄色のリボンが目障りだぜ。


「ね。コノハ丼食べていい?」

「は?」

 この繰り返しでせびられては、俺の果敢(はか)ない財布が、まもなく白旗を揚げるだろう。


「それを最後にして、俺の質問に答えてくれたら食っていいぜ」

「ほんとぅ?」

 何でそんな可愛い顔するかなあ。二杯食ってもいいぜ。

「二杯も? うれしぃぃ」

 うおぉっと精神感応だ。南無三、南無三。


「……………………」


「すみませーーん。コノハ丼二つくださーい」

 マジかよ……。どんな腹してんだ?

 またもやボディチェック。


 確かに美しい。震えが来るぐらいの美少女だ。触れてもいないのに、そのオーラで足が攣りそうになっている。触れたらどうなるんだろ。恐怖すら感じる。


「今日はいっぱいご馳走になったから、何でも答えてあげる。ね、訊いて?」

 うーん。その声が可愛い。たまらんなー。

 相手がテレパスだったなんてことはすぐに忘れて、ベースケのステルス防御は全開でオフに切り替わっていた。


 何から質問をしよう……訊きたいことは山ほどある。


「まず名前を教えてくれないか?」

「コノハよ」

「もういいよ。ちゃんと答えてくれ」

 伸びていた鼻の下をきゅっと引き締めて言い返した。


「んー。でもあんたの耳では聞き取れないよ」

「それでもいい。本名を名乗ってくれ」

「δΨィ――――」


「……っ!」

 最初のほうは言葉らしく聞こえたが、あとはただの音だ。強いて言えば『ィ――――ン』だ。つまり音波だな。


「すげぇ声が出るんだなあんた。ソプラノ歌手真っ青だ」

「なにそれ?」

「もうよしてくれ」

 思わず手を振った。


「何を言ったのかわからんけど、それが名前なのか……」

 確かに聞き取れなかった。

「ね。わかんないでしょ。だからこれからはあたしのことを『小ノこのは』って呼んで。ね?」

 ね、って言って首をかしげる仕草が可愛いねぇ。


 ……って鼻の下を緩めている場合ではない。なんですぐ伸びちゃうだろうな。俺って唇の上に筋肉ねえのかな?

 今度鉄アレーかなんかをぶら下げてみるか。


 俺の思考は時間と共に変化していく。数分もあれば遥か彼方に飛んでいっちまうんだ。

《それがすごいところさ。どうだまいったろ?》

「ちがーう!」

 悪魔に向けた俺の大声を聞いて、少女はつぶらな瞳をさらに丸めた。


「ご、ごめん。ちょっと脳の中が混線しちゃって……」

 天パーの髪の毛に指を絡ませてガリガリ掻き毟ってから面と向かう。

「呼んでねって。まだ俺に付きまとうのかよ」


 ちょっと残念な気はするが……。

「その手には乗らないからな」

 そうさ。何が小ノ葉って呼んでね、だ。


 でもなんとなくしっくりくるよな。


 おい、小ノ葉……。

 なあに?


 うほほほほほ。まるで恋人同士じゃねえか……ああ。言い響きだな。


 お――っといけねえ。くわばらくわばら。

 今の世の中、こういう輩に引っかかってやばい道へ連れ込まれるやつの多いこと。だいたい美人の背後には黒い組織があって、俺みたいなおぼっちゃまくんから金品を巻き上げると言う話だぜ。実際すでに4千円と少々、それからここの木の葉丼二杯分、1300円が財布から消えつつあるし。


「その手って? あたしの手に乗りたいの?」

 可愛らしく手のひらを表にしてテーブルの上に載せた。

「そんな可愛い手に乗れる……だぁぁぁぁっ!」


 生まれて初めて本気で背筋に冷たいものを感じた。杏に騙されてフリーフォールとかいう遊園地の乗り物に縛り付けられた時だって、べつにそれほどビビることは無かった俺だ。


 そういえば、なぜあの時キヨッペは腹痛(はらいた)を起こしたんだろ。おかげで俺と杏だけで遊園地を回ったんだ……なんてことはどうでもいい、すぐに脱線してしまうのが玉に(きず)だ。何でだろ?


 ってぇぇ! そんなコトはどーでもいい。

「どうしたんだ、その手!」

 小ノ葉の手の平を見て息を飲でいたところだ。


「手がどうしたの?」

 自分の手のひらを見つめて首をかしげた。


「どうしてシワが無いんだ?」

「なにそれ?」

「うるさい!」

 思わず怒鳴ってしまった。


 ビックリ顔をして固まる小ノ葉に、小さく頭を下げてもう一度謝る。

「ご、ごめん、またでかい声を出してしまった」

「ううん。大丈夫、驚いただけ」

 柔らかそうな栗色の髪の毛を振って嫣然とした。それがすげぇ眩しかった。


「あのさ。手の平ってのは俺みたいに、シワっていうかミゾっていうか、そういうのがあってな……」

「あー。手相のためにある(すじ)ね。村長さんがよく言ってた。異世界の習慣っておもしろいって」

 こいつ可愛いけど、人の話しを聞かないヤツだな。


「ね。あんた手相見れるの? 見て見て」

 といって、突き出してきた手の平には可愛い筋がいっぱいあった。あっと、可愛いは余計だが、ちゃんとシワが走っていた。思わず彼女の手首を握り、こちらに引き寄せてじっくり観察する。


「おかしいな? 今ツルツルしていたんだけどな」

 小ノ葉はなんとなく意味のありそうな微笑みを浮かべながら、すっと俺から手を引っ込めた。

 その滑々した感触はこれまでに味わったことの無い、きめの細かなシルクの表面を想像させる、とても高級な感じだった。


 すげえな女って――。


 名前なんて、三野田でも小ノ葉でも何だっていいんだ。女はボディと顔、そして声。この子はその全てを満たしている。

 またまた燃えてきたぜ。キヨッペまでとはいかないが、俺の底力を見せてやる。見ていろ、『ワタシはスケベです』という名札は、だてにぶら下げているのではないからな。


「では次の質問だ――」

「なぁに?」


「バストいくつ?」

「あたしはふたつ」


「…………………」


 そう来たか……。

 こいつはただのバカではないらしいな。それともいくつと聞いたのがマズったのか。何センチ? とダイレクトに聞くべきだったかな。


 まてよ――。

 あたしは、って言ったぞ。じゃじゃあ、三つある奴っているのか?

 女のことはよく知らないが、世界は広いんだ。三つの人種も存在するのかも知れんな。両手で相手してもまだ余るんだぜ。


 すげえな女って――。

  

  

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