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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
花と語らふ(あらあらと5話)
37/63

2/5

  

  

「ただいまぁ」

「ただままぁ~」

 元気よく扉を開けて戻って来た杏と、日本語に近いが理解に苦しむ言葉を並べる小ノ葉。手にはアイスの入ったビニール袋を提げていた。


 小ノ葉は俺とナデシコの様子を胡乱げに窺い、杏は部屋に入るなり駆け寄って来た。

「にぃやん……」

 兄貴の表情を一瞬で察したらしい杏は、ガサツそうに見えて意外と繊細なのにちょっと驚く。

「なんだよぉ。まだ言えてないの?」

「うん……」

 救援を求めた眼差しをするキヨッペに、杏は小さく舌打ちをして、

「ちっ。しょうがねえなぁ。じゃぁさ。オレが代わりに言ってやらあ」

 どっちが兄貴なんだよ。


 杏はビニール袋を小ノ葉に持たせると、俺に向かってピョンと飛び込み、膝を突き合わせた。

「にぃやんの生涯が係わるかもしれないんだ。せっかく始めたオレんちのバイトなんだが……これこの通り。にぃやんと代わってくれないか?」

 両手を床に付けて丁寧に頭を下げた。


「おいおい。なんだよ(やぶ)から棒に……」

 代わるも何も、まだ一日しかやってねえし。バイト代の大半をお前らにむしり取られているし……。


「代わるとかの話より……いや。代わるのは別に問題にしてねえ。お前んちの家業だ。いずれ後を継ぐのは当然だぜ。それより気になるのはその理由だよ。生涯って何だよ?」


 杏はさらに改まった。

「あんな。駅前の『案山子』知ってんだろ?」

「知ってるに決まってんだろ。言うなれば俺が生まれて来る原因を作った居酒屋だ」

 両親がそこで出会って意気投合した話は、このあいだの歓迎会で暴露されてんだろ。


「あの店にオレと同級生の女子がいるんだ。北村川奈々子(きたむらかわななこ)て言うんだ」

「ああ。聞いたことがある」

 俺はうなずき、キヨッペは黙り込み、じっと杏の口の動きを追うだけ。


「この夏休みに奈々子が社会勉強も兼ねて家の手伝いをするんだ。知ってんだろあそこチエーン店になっていて、駅前の『案山子』が本店で、まだ他に5店舗あんだぜ」

「繁盛してんだな」

 それにしても杏の熱い口調はどうしたもんだ。小ノ葉も虚を突かれて目が点状態だ。


「でさ……」

 やっとキヨッペが口を開いたが、すぐに杏が取って代わる。

「チェーン店どうしがパソコンで繋がっていて、仕入れや食材の減り具合が自動管理されてんだ。それでそういう操作に詳しい人を探してんだ、アニキよ」


「な……何だよ杏。まじ熱いな」

 その目を見ればすべて理解できた。

「それをキヨッペがやることになったのか? それが俺のバイトどう関わるんだ?」


「箱入り娘だからまだ家庭教師は早いってオヤジさんが許さないんだ。……けど、チャンスだろ。にぃやんならパソコンだけでなく酒類にも詳しいし」 膝を乗り出して俺に迫る杏と、熱い目線で俺を見据えるキヨッペ。


「おいちょっと、お前ら兄妹で迫るなって、怖ぇえよ。いったいどうチャンスなんだよ?」


「奈々子は理科系王子にあこがれてんだ」

 なんだそれ?


「あそこはうちのお得意さんで毎日配達があんだろ。だからにぃやんが配達に行ったついでにコンピューターを教える算段さ。オレが組んだ」

「そんないい話があるならどうして俺にバイトを勧めたんだ?」


 杏も言い出しにくそうにトーンを落とした。

「奈々子が言うには、オヤジさんを説く機会をうかがっていて、やっと昨日伝えたんだって。そしたら吉沢酒店の子ならイイって、今朝電話が入ったんだよ。な、チャンスだろ?」


「それで、自分ちのバイトをさせろと……」


 キヨッペは俺の顔から視線を逸らし、床を彷徨いつつ告げる。

「あのさ。あの店だけ配達ってのもおかしいだろう。うちの親父そういうのにうるさいし。やるからにゃ全部やれってさ」

 最終的に自分の膝の上で視線を止めた。


「そういう理由で……」

 一拍の間を空けた兄妹はそろって顔を上げた。

「ほんと悪いけど代わってほしいんだ。お願い」

「イッちゃん。家来からもお願いするぜ」


 別に杏を家来に持った気はねえし。その家来が気安くお願いってのもおかしい話だ。

 でも。ま、キヨッペの甘酸っぱい春に協力する気はある。


 そこへ――。

『アニキ思いの可愛らしい いとはん(おじょうさん) やないかい』

 この鬱陶しい奴がいたのをすっかり忘れていた。


(時間の無駄じゃないのかよ)

『エエ話しを聞いたらついな』

 ついじゃねえって。


『エエ話やないかい。ジブンな、何も言わず代わったれや。なー?』

 うっせえな。今そう言おうと思っていた矢先にお前の言葉で腰を折られただけだ。


『言い訳すんなよ。どうせ肉体労働しかできひんのやろ? 』

 いつまでもぶつくた言い続けるナデシコを睨みつつ、

「ま、そういうことなら別に問題はない。むしろ応援しちゃるワ」


 間髪入れずに小ノ葉が口を挟む。

「イッチ。クビなの?」

「その言葉、どこで覚えたんだ?」

 勢いよく首を捻らざるをえなかった。


「杏ちゃんと話してる時にキャサリンさんが言ってた」


 再び薄ピンク色の花びらを睨み付ける。

「いらないことばかり言いやがって」


『ウソはゆうてないやろ』

「あんなー!」


 今度はキヨッペが割り込む。

「ねえイッチ。さっきから何言ってんのさ?」

「いや、このナデシコがな……」


『気安ぅナデシコ言わんといてや。ワテにはキャサリンちゅう名前があるんや』

「何がキャサリンだ。サッカリンみたいな顔しやがって」


『は――っ! おもんない(おもしろくない)で。だいたいな顔ちゃうし。花びらやし。可憐なビラビラや』

「バーカ。なに言ってんのオマエ? バカ丸出しじゃん」

『アホはオマはんのほうやろ』

「ぬあんだと!」


「ちょっとイッチ。大丈夫? クビじゃないよ。ちゃんと代わりのバイトを探してあるって」

 ナデシコとの言い争いがここまで苛烈だとは思っていないキヨッペは、意味もなく一輪挿しを遠ざけて俺に向かって言った。


「代わり?」

 ぎぎぎ、と首を(ひね)るのは俺で、ナデシコはピンクの花びらをキヨッペへとネジった。


「うん。舘林さんとこ、フェアリーテールだよ」


 ナデシコがガタッと音を出した。

『コイツが花屋ってガラでっか?』


《うん。キャサリンの言うとおりだ。花屋のガラじゃない》

 悪魔の主張は間違ってはいない。俺だってまったくもって異論無しだ。


「おいおい花屋さんだぜ。俺に向いてるとは思えないぞ」

「裏に大きな植木とかも栽培しているから、その世話や配達とかあるらしいよ」

 と言ってからまた、ひと呼吸。

「……それよりね」

「また、ワケありかよ?」


 キヨッペは黒い目玉をゆっくりと小ノ葉に動かしてから、またゆっくりと俺に戻し、

「あのさ……怒らないで聞いてくれる?」

 握っていたガラスのメガネを机の上にポイと置き、決意のこもる表情で告げる。

「舘林さんが小ノ葉ちゃんをえらく気に入ったみたいで、ぜひバイトしないかって」


 また、ガタッと一輪挿しが動いて小ノ葉へと花びらが動いた。

『小ノ葉はんがでっか?』

「そう。小ノ葉ちゃんなんだ」

 お前、ナデシコの声が聞こえてんの? と訊きたくなるほどに絶妙の間だった。


「何だよそれ……」

 ちょっと気が抜ける。というよりあまりいい気分ではない。


「小ノ葉ちゃんが来るなら、イッチも雇うって」

「はぁ? やっぱバーターじゃないか」


『うっひゃひゃひゃー』

 俺はピンクの花を睨み、奴は爆笑を返した。

『どひゃひゃひゃ。オマはんはオマケや。キャラメルの景品ちゅうわけやデ』


「なんだとこのやろー!」


「アニキ! ここは堪えてくれ」

 思った以上に柔らかい杏のボディが俺の胸に飛び込み、思わず身を引いた。

「あ、いや。キヨッペに言ったんじゃないんだ。このナデシコがな……」

「今日は何だか様子がおかしいぜ。どーしたんだよ、アニキ?」

「あ……い、いや、何でもないよ、杏。大丈夫だ」

 すかさずキヨッペもあいだに入り、

「勘違いしないで、イッチ。力仕事のできるスタッフも探してるのは事実なんだ。それと舘林さんが言うには、小ノ葉ちゃんは花に囲まれるべきなんだって」

 

『ほう。言い得て妙でんな』

 横目でナデシコの花びらを一瞥し、

「しかしよくわからん理由で小ノ葉を雇うんだな?」

 裏でベースケな波動を感じるが、キヨッペがサラッとかわした。


「舘林さんは純粋に華やいだ明るいイメージの花屋さんにしたいって言ってるんだよ。でも女の子だけを雇うと周りの目があるからイッチも一緒にどう? って話だよ」


 二人そろってバイトができるのなら、最初に考えていたとおり理想的なカタチになる。収入も倍額だし、ビールの配達より楽そうな気もするし。


 アイスが入った袋を覗いて、そわそわしている小ノ葉に尋ねる。

「お前はどうなんだ?」

「何が?」

「花屋でバイトだ」

「ハナヤって何か知らないけど、あたしもお仕事するの?」


「嫌ならいいんだぜ」

 小ノ葉は栗色のセミロングをふさふさと揺らして、明るい声で言い切った。

「ううん。少しでもイッチを助けられるんなら、あたしなんでもするもん」


 なんと―――。

 こう言われて気分を害する男子がこの世に存在するだろうか。でも高ぶりだす気分をあえて抑え込んで黙考する。


〔オレの心の中を読んで言ってんじゃないか?〕

《どこも触れずに言ってるので本心だろ》

 ならいいけどな。

 懐疑的な気分で述べ合う人格に、こっちまで胡乱げになる。そんな逡巡する俺の前で杏が勝手に結論を出した。

「よし話は決まった。じゃあさ、溶けないうちにアイスで乾杯といこうぜ」

 小ノ葉が開いて見せた袋に手を突っ込み、四本の棒アイスを俺たちに持たせると楽しげに「かんぱーい」と叫んだ。


 こいつも宴会好きになりそうだ。

  

  

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