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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
花と語らふ(あらあらと5話)
36/63

1/5

  

  

 中華料理『味園』を出て商店街へ戻った。いつもの活気が消え閑散とした中に四人の足音がやけに響くのは、今日が七の付く日で休日だからだ。


 俺の前にハイエナ兄妹(きょうだい)が肩を並べて歩いている。

「遠慮のねえヤツらだ……」

 俺が昨日バイトで得た初給料は5千円で、今ラーメン屋で支払った金額は3800円だ。残り1200円。あの配達の苦労が、たったの1200円に萎んじまった計算になる。


 約束だから仕方が無いけれど、杏のヤロ、ラーメン大盛りに餃子まで付けやがって。小ノ葉にいたっては大盛りラーメン二杯だ。


 文句の一つも吐いてやろうかと思った時、

〔昨夜の歓迎会で出てきた料理の大半はあいつの腹に消えてんのに、まだそれだけ入るのか?〕

 いまや堕天使と化した俺の人格の一つがつぶやいた。


 続いて、悪魔のくせにまともなことばかり言うもう一つの人格が、

《ほとんどが宇宙の彼方に消えてるからだろ》

〔だよなー。まったく無駄な話だぜ〕

 俺の人格たちはそれぞれに解せない話だと、うなずき合っていた。


「にぃやん。アイス食わないか? 当たり付きのやつなら買って来てやるぜ」

「あたしも食べたぁい」


「お前らまだ食えるのかよぉ」

 思わず顔を上げた。


《女性がよく言う、甘いものは別腹というやつだな》

 杏はまだしも、小ノ葉に関しては本気で別腹だもんな。

〔腹の中に特異点を収めるなんて、計り知れない事実だぜ〕


 ――特異点。

 ようはブラックホールのことで、定期的にその中に質量を補充しないと、ここを中心に半径数キロ内の建物が地面ごと消滅するかもしれないと、吉沢恭平博士が恐ろしい予測を立てていた。


〔ようするに爆発物が腹ん中にあるわけだ〕

《すげえ話だよな》

 俺には到底計り知れない代物だと想起して自嘲する。

〔言い得て妙だ。まさに別腹だな〕


「イッチこれ持ってて」

 小の葉はナデシコが挿し込まれた一輪挿しを俺に手渡し、杏の手を握った。

「さ、アイス買に行こ」

 すっかりキヨッペの妹と馴染んだ小ノ葉を見るのが微笑ましい。頼りない姉としっかり者の弟みたいな関係に見えるのが、よけいにほのぼのさせてくれる。


 仲良くアイスを買いに駅へ向かって歩いて行く後ろ姿を見送り、キヨッペと共に半開きになった酒屋のシャッターをくぐった。

 奴は無言で部屋に上がって行くのでこっちもその後を追いながら、間を持て余した時間を埋めるべく、今となってはどうでもよくなったことを思い考えた。


 流動生命体……。

 別のカテゴリで言うと可変種。

 それは身体を自由に変形、変身させることが出来る生物でありながらオレたち同様、知性が高く、感情豊かで、少なくとも俺より頭が切れる。


 昼は俺の脳からひねり出したオンナのデータを使って、超好みの容姿をしているが、夜は形が無くなってスライム状態に戻る。

 ここがとても残念だ。だからその姿を極力見ないようにしている。


《ウソ吐け。スライム状態のときにこっそり覗いて、鶴の恩返しみたいにこの場から消えたらやなんだろ?》

〔そうさ。こいつ小の葉ちゃんが好きなんだぜ〕


 オマエら心の友なんだから、こんなところで俺の本心を曝け出すな。恥ずいだろ。


〔バカまる出しじゃね?〕

《いやいや。異世界の種族にまで庇護の手を差し伸べるなんて、なかなかできないことだぜ》

 うっせぇうっせぇ、俺の人格!


 意識の中に存在する善行に目覚めた悪魔と堕天使を追い払い、最終的な難問を考える。

 どうやって小ノ葉を元の世界に帰してやることができるか……だ。


〔考えるだけ無駄なのにな〕

《そうそう。オレには理解できないさ》


 自分の人格に理解不能だと指摘された理由とは、さっきも言ったが、腹の中にあるブラックホールが小の葉と元の世界とを繋ぐ唯一の手がかりだというところなのだ。つまり自分の腹の中へ入れば元の世界に戻れるのだが……。


 これってどゆこと?


『ほらな。オマはんには理解でけへんやろ?』

「あ……」

 こいつも意味不明な奴の一人だった。


『コイツゆうなや。ジブン!』

「自分は自分だ。自身のことを指すんだ」


『アホか。大阪では二人称や。相手のことを指すんや』


 自称、生駒(いこま)ナデシコ。名を、

『キャサリンや。キャサリン・ジャスティーノやで、以後、お見知りおき頼んます』


 ホントうっせえな、このナデシコ。

 小ノ葉がいる時は言いつけを守って沈黙するくせに、いなくなるとこれだ。まあ俺と小ノ葉以外にこいつの念波は届かないが、でもつい反応してしまう。

 しかもだ。初めの頃は小ノ葉を介さないと俺には声が聞こえなかったのに、最近は小ノ葉が近くにいなくても伝わってくるのが鬱陶しい。


『コノハはんの能力が研ぎ澄まされてきた証拠や。せやけどな。距離と会話能力が反比例しまんのや』

「どういう意味だよ?」


『は? 反比例って解からんの? 何年生や、ジブン。数学の成績そうとう悪いやろ。な? な?』

「くっ!」

 何で屈辱の言われ方をナデシコからされなきゃならんのだ。


「反比例ぐらい知っているワ! 距離が離れるほど会話しにくくなると言いたいんだろう。そんなのは普通の話だ。それよりもな。俺はたった今すぐにでも会話を遮断したいぐらいだ!」

『ジブンな。都合悪なるとそうやって大声あげる癖あるな。アカンでホンマ。それやとアホを曝け出しとるで、ジッサイ』

 くのっぉぉヤロウ。なんて言い返してやろう……。


「ねえ、イッチ。部屋に入ってきてからずっと小ノ葉ちゃんが大切にしてる花を睨んでるけど、何か言われてるの?」

「言われてるなんてもんじゃねえんだよ。ぼろっかすにコケ下ろされてんだ」

「僕には何も聞こえないのに……でもなんだか楽しそう」


「楽しくなんか1ミリもない。俺にはうるさくて堪らんのだ。この一輪挿しをどこか外にでも置いてくれない?」

 ナデシコが活けられた入れ物を指差す。


『あー。ジブンその仕打ちは無いやろ。何かあっても助けたれへんで、ジッサイ。えー、ホンマに』


「ほんとにそのナデシコが語り掛けて来るの?」

 横でナデシコがうるさくがなり立てているのに、キヨッペは平然と訊くので、俺は今すぐにでも耳を塞ぎたい心境だと答えておいた。


「ふ~ん」

 いつもならこのようなSFネタに喰らいつくキヨッペなのに、奴はすぐにパソコンの電源を入れてマウスを滑らし始めた。


 無言だった。

 何か相談があると言われてラーメン屋の帰りにキヨッペの家に寄ったのに、この重苦しい空気は何だろう。


 俺は液晶画面を見つめる細面の横顔を眺め、生駒ナデシコはキヨッペが操作するパソコンの画面が気になるようでそっちへ花びらを向けていた。

(俺でさえ何やってんだか解らないパソコンの画面を見て解かるのかよ?)

 と意識の中で鼻を鳴らす俺に、

『解るわ、ボケ』と一言放って、画面を注視した。

 どこまでいっても腹の立つ花だ。


 で。だな。

 今度はこっちだな。


「なー、キヨッペ。たかがラーメンを食いに行っただけなのに、なんで伊達メガネにグリスで固めた前髪をおっ立ててんの? 朝からそれだけの作業をするのって、たいへんじゃね?」

 キヨッペはマウスの手を止めて俺の顔を正面から見た。

「男女の出会いはどこで起きるかわからないんだよイッチ。常に準備しておかなきゃ」

 なるほどね。


「色男はたいへんだワ」

 嫌味を半分混ぜて言い返すと、キヨッペは意外にも不満そうな口振りで、

「イッチは小ノ葉ちゃんがいるから余裕なんだろうけど……。僕たち高2なんだよ」

「それがなんだよ?」

「秋になればそろそろ受験の準備を始めなきゃならないんだ。女の子と遊べる時間はもう限られてるんだよ」


 そんなこと言われなくてもじゅうぶん身に沁みる時期ではあるが、キヨッペは一つ間違ったことを言っている。

「小ノ葉は人間じゃねえ」

「向こうから見たら、イッチが人間じゃないって思ってるよ」

「へ――?」


「次元転移で重なった世界は異なるように見えて、本当は同じなんだよ。解かる?」

「解からん」と首を捻る俺へと、後ろの一輪挿しから口を挟まれる。

『ジブンホンマあほやな。このボンの言う事が正しいデ。相対的に考えたら解るやろ。宇宙人も地球人も同じ生命体や。違うのは容姿が異なるだけで中身は同じなんや』


「あのね。流体ソリッドを形成する物質に宿った生命体だよ。つまり量子レベルから女の子なんだ。これは重要なことなんだよ、解かる?」

『この子、賢いな』

 キヨッペも興奮してきているし、花は感心するし、板挟みになった俺はどうしたらいいのだ。

「それは女性そのもの、いやまさに女性なんだ。それもイッチの理想的な性格と容姿を併せ持った女の子……この、幸せもん……」


「おい、視線に殺意を感じるぞ」

 ヤバそうなので、急いでヤツの好きな話題に戻す。


「な、なぁ。宇宙ってどうなってんの?」

「宇宙かぁ……」

 キヨッペはひと息吐()くと椅子を軋ませて天井の遥か彼方へ思いを馳せらせ、ナデシコは花びらを微妙に揺らしてせせら笑う。

『ふはは。ジブン、アホな質問しかせえへんねんな』

 ぬのヤロウ……。


「昔は無限に開いた存在だって言われていたけど、最近では宇宙は閉じているなんていう説もあるんだ」

 おもむろに口を開いた吉沢博士。


「閉じたり開いたりって、ピンとこないな。だいたい無限ていう言葉も理解しずらい。無限てのは端が無いんだ。永久にたどり着けないことだろ? 球体の表面みたいなもんか。永久にグルグル回って端が無いよーってか?」


『あ~あ。最悪や』

 ナデシコがなに言いやがる。


『あんな。端っこが無いっちゅうのは、球体の表面とはちゃうやろ。ええか、地面にマークしておいて一周してマークの位置に戻ったらそこが端や』

「閉じた宇宙は端があるということで、開いた宇宙と言うのは端の無い無限の広がりがあるということさ」

『そーや。ちゃんと理解しとるワ。このボンはホンマに賢いな』

 ナデシコ風情がなに言いやがる。と言い返したいところだが……。


「理解できん」


「うーん。じゃ。イッチに解りやすく説明すると、アンがよく穿いてる半パンが閉じた宇宙さ。それで小ノ葉ちゃんが穿くミニスカート。あれが開いた宇宙さ」


 うーむ。

 俺は今世紀最大に脳ミソを総動員する。


《杏の閉じたショートパンツか……》

〔開いた小ノ葉のミニか……〕

 どう考えたらいいんだろ?


〔好きなのはどっちだって訊いてんだろ?〕


 質問された内容すら理解できないでいた。

 でも、ともに思うことは一つ……。


「なぁキヨッペ……。宇宙て神秘的だな」


「だろ……」

 二人そろって天井を仰ぎ、同時に吐息する。

「「はぁ~~あ」」

 俺は晴れない疑問を腹から吐き出し、キヨッペはそれとは異なる意味ありげな声を出した。

 今のアンニュイな雰囲気は何だろ?


 そしてナデシコは呆れた。

『あかんワ。人間族は救われんな。アンタらと喋っとっても時間の無駄や』

 と言ったきり、ヤツはあらぬ方向へ花を向けておとなしくなった。


 静寂が訪れて胸を撫で下ろすが、そもそも何で俺はキヨッペの部屋に呼ばれたのだ?

 ミニスカートと宇宙の果てとの共通性を訊ねに来たのではない。アイツが俺をここに誘ったのだ。


「それより話ってなんだよ?」

「あのさ……」

 キヨッペは何かを言いあぐねていた。喉の奥に小石を詰まらせたような、はっきりしない返事だった。


「何だよ?」

「イッチ、怒らない?」

「怒るも何も……まだ何も聞いてないぜ。マジで不気味なこと言うなよ」


「あのさ……」

 あのさ、の次は何だ? このさ、か? 無性に気になる。


「あのさ……」

「おい。次その言葉使ったら怒るぜ」

 キヨッペはハリボテのメガネを外すと、ぱしゃりと閉じてまた開けて、それを数度繰り返し、

「あのさ……」

「…………」

 マジで悩んでやがるな。ここまで来たら逆に心配になってきた。


「わかったよ。何を言ったって怒らないから、次の言葉を吐いてくれ。そうしてくれたら、いくらか気が楽になる」


「…………バイトさぁ……代わってくんない?」

「はぁぁ?」

 何を言いたいのか、さらに意味不明だ。


「バイトって、お前、肉体労働向きじゃないって言ってたじゃないか」

 パソコンデスクに付属の安っぽい椅子の上から深刻な表情を浮かべたキヨッペは、俺に定まらない視線を振って口を開けたり閉じたり、とても落ち着かない様子。これは何かがあったのは間違いないが、いつまで経っても話の矛先は闇の中だった。

  

  

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