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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
酔っ払いが寄り合ふ(ともあれ4話)
35/63

4/4

  

  

 一難さってまた一難だ。

「い、イッチ! イッチ!」

 ただならぬ雰囲気を猛然と露わにして、キヨッペが俺の腕を強く引いた。

「何だよ?」

 ヤツは魂が抜き取られた亡者みたいな顔で、部屋の中央を尖った顎の先で指し示した。

「あれ……」


 飲み物と鯛の姿造りが置かれたテーブルを囲んで酔っ払いたちが盛り上がった景色がある。和気あいあいとした楽し気な空気が流れていた。


「なにヨ?」

 まだ胡乱な目で目標物を探す俺だけに見えるように、震えた人差し指を机の下で隠して、その先を中央のテーブルへ向けた。

 そこには小ノ葉がレプリケートした大皿とそれに盛られた活け造りが置かれている。刺身の部分は大半が小分けにされ、各自の皿に移動しており、大きく尾びれを反らす勇壮な姿をした魚類の骨格標本と化していた。


 そろそろ何か理由を付けて、皿の回収に掛かろうと思っていた矢先でもある。


「え? えー!」

 よく見ると、鯛の尾びれがプルプル震えていた。

 活きがよくて動くのではない。


「皿のほうが小刻みに揺れてるんだ。きっと分子結合が解けだしてんだよ」

 と囁くキヨッペに生唾を飲んで応える。

「そりゃぁ、まずいじゃないか……」

 大木文具のおじさんが、まだ残る刺身を小皿に取り分けようとしていたが、その手を止めて鯛の姿を注視していた。

「やばいって……視線が皿に行きそうだよ」

 キヨッペの不安げな囁きの向こうで、おじさんはメガネのふちを摘まみながら、細かなところに焦点を合わせようと顔を近づけた。


「おい小ノ葉。どこかで分子結合が解けてきてんだ。どうしたらいい?」

 串カツの具だけをてんこ盛りにした皿を大切に抱える小ノ葉の袖を引く。

 エダマメに続いて、苦労して竹串と具を分けた串カツだけど、手間ヒマかけて拵えたオバさんと杏の苦労が無残だった。


 小ノ葉は皿と口を箸で移動させるという同じ動作をせっせと繰り返し、ニコニコ微笑んだ表情を残すだけまだ安らぐが、まるで家屋の解体作業をする重機が瓦礫の山と大型ダンプの荷台を行き来する光景と瓜二つだ。


「こ、こら。食べることばかりに夢中になるんじゃない。活け造りの皿が何やらおかしいんだ」

「コレ美味しいよ。イッチ食べたことある?」

「そのペースで食べていて、よく味わえるな?」

 まさにリアルギ○ル曽根。


 脳天気な感想を述べやがって……。小ノ葉を強く睨みつける俺。

「そんなモノは生まれたときから食ってる。俺んちは居酒屋夫婦だ。それより皿から意識を逸らすな! 集中するんだ。実体化が解け始めてんぞ!」

 小ノ葉は、俺から受けた心からの叫び声にようやく気づき、

「あそっか、危ない。すっかり忘れていたよ」

 目をつむって、何だかわからないが念じた。


 おかげで活け造りの貧乏揺すりはひとまず治まった。大木文具のおじさんは、テーブルを揺すってみたり、箸の先でその尾びれを突っついてみたり、活き造りが揺れていた原因を探ろうとしていたが、すぐに首を捻りつつもそこから離れた。


「ふう。危機一髪だった」


 そこへ――。

 額の汗を拭う間も無い。

「自己紹介させてよ。小ノ葉ちゃん」

 小ノ葉と並んで座る俺の肩越しに声をかけて来たのは、

「おー。モンハンの人だ!」

 こ、こら。失礼だぞ、小ノ葉。

「それ何のお肉? ミラボ○アス?」

 お肉が大好物だという精肉店の山田さん――時代劇ジイちゃんの息子さんだ――こっちも片手に角切りステーキの皿を持って、

「ほう。ブラジルでは牛肉のことをそう呼ぶのか……」

 呼ばない、呼ばない。

(小の葉、また意識散漫だぞ。鯛の尾っぽが派手に揺れ始めている。誰かに気がつかれたらまずい)

 強く念じながら、俺は急いでお造りを頂く様子を装って近づいてみる。


 刺身がまだ四分の一ほど残っており、無くなっていればさっさと片付けるのだが……。

「やべえぞ……」

 詳しく観察するまでも無い。伊万里焼の青い模様がひどく歪んできて、そろそろ限界かもしれない。キヨッペが言っていた、分子の結合が解けるとどうなるかは考えなくても解る。この場でこの皿は粉となって消え去るのだと思う。



 そこへ俺のお袋がやって来て――。

「さっすがダイちゃんね。この鯛の姿造り見事だわ。ほら尻尾の反りが活きの良さよ」

 知ったかブリをして適当なことを言いのけるお袋に近づこうとした俺に振り返り、

「なにさー。活け造りは手早さと飾りのセンスなのよ。これ見てみなさい。パーフェクトじゃない」

 大輔さんもお袋に絶賛されてご機嫌なようす。

「知ってるねえ翔子さん。そのとおりだよ」

 お袋もちょっとほろ酔い。目元をほんのり赤らめて活け造りのテーブルに歩み寄った。


「しかしこの大皿もみごとねぇ。お店から持って来たの?」

 と言って手を出そうとするので、慌てて飛んで行き、引っ張ってくる。

「わぁ寄るな! 触るな! こっちへ来い!」

「な、なによ、カズ?」

 訝しげな表情で振り返るお袋へ、さらなる超ヤバ緊急事態的な通告が大輔さんから出された。

「爺さんが焼いた皿なんだって? でもよ今日は助かったぜ。プラスチックの皿で盛られるとこだったんだ。そうなったら台無しになったぜ」

「うちのおじいちゃん?」

 お袋は派手に疑問符を打ち上げ、首をかしげた。


「そんな趣味ないけどなぁ……」

 その首を無理やり捻じ曲げて、真っ直ぐに戻し、

「わぁぁ、お袋ー。なんか内緒でやってるらしいよ。だからこれ親父にも内緒で借りてきたんだ」

「焼き物の趣味があったのか……」

 お袋は満足そうにうなずいて、

「うん。エロ本集めよりずっといいわ」

 そんなことやってんのか、あのジジイ。

 しかし俺と同じ趣味だとは……これは隔世遺伝だ。


 ところがお袋はしつこい。

「すごいわね。大きなお皿」

 さらに近づき、手まで出そうとするので、

「わぁぁぁお。触るな。割ったらえらいことだぞ」

「さっきからあんたうるさいわね。割るわけ無いでしょ、あたしはまだそこまで酔ってないワよ」


 皿の縁を指でなぞる。

 小ノ葉の顔が微妙に歪んで肩を震わせるのは、量子揺らぎから来る以心伝心物理学的現象なんだろう――だめだ。キヨッペみたいに賢そうに言えない。


「量子的相関現象だ……」

 固唾を飲んで見守っていたキヨッペが、代わりにつぶやいた。


「あぇ? 模様が動いてる?」

 俺は即行で、お袋と大皿のあいだに割り込んだ。

「だぁぁぁぁ。オマエはもう酔っている!」

「ナニ言ってんの? またマンガの真似?」

「そ、そう。今流行ってんだ。北斗八拳伝だろ? 違うのか?」

 意味不明、その手のマンガは読まないから支離滅裂だが、ひとまずお袋を大皿から引き離すことに成功した。





「杏ぅ~。おっちゃんらにも酌をしてぇ~や」


 今日の会費を集金して回っている杏に絡みだした家具屋のスキンヘッドオヤジ。

 面白そうな展開を期待したのか、お袋の興味がそっちへ移った。無理やり引っ張って、その席へ向かう。


 立花家具のおやっさんは、酔って焦点の定まらない視線を隣の男性に向けて、

「川崎のせがれぇ。これは風俗何がしには引っかかれへんからな。ワシの孫みたいな()やからな」


「わかってますよ。これは接客ではありませんから」

「おっちゃん、オレ、娘じゃねぜ。息子だぜ」


「何ゆうてまんねん。この膨らみはなんや」

 手を出そうとして、警官の尖った眼光に串刺しにされたハゲあんどスケベオヤジは、一瞬で黙り込んだ。ここらはさすがだ。警察官だ。


 でも杏は悠然と、

「ヤスさん。オレはオトコだ。心配はいらないからね」

「あ……あのさ。杏ちゃん」

 ここで苦言でも述べてやろうとする川崎さんの口の動きを封じ込めるように、杏は話を逸らした。


「ねえ。ヤスさん。拳銃撃ったことある?」

 あるに決まってっだろ。警察官だぜ。この町内界隈で、拳銃をぶっ放しても唯一お咎めが無い人物は、この靖さんだけなんだ。


 もちろん靖さんは自慢げに答える。

「あるさー」

「どんな感じ? 衝撃は来る? 弾は何発入るの? なんて言う銃なの? 命中率は?」

 どんだけ興味があるんだこいつ。


「銃はニューナンブ、弾は5発。衝撃はけっこう来るよ。命中率はセンスの問題。僕はいいほう」

 真面目が警察官の格好をしたような靖さんだ。杏の質問なんて適当でいいのに真剣に答えていた。


「いいなぁ。オレも高校卒業したら警察学校入ろうかな……。オトコの憧れだもんなぁ」

「杏ちゃん。きみは警察官にはなれるかもしれないが、男の警官にはなれないよ」

「なんで?」

 あっさり訊くやつだな。


 川崎さんはちょっと驚いて口ごもった。

「女性警察官も拳銃所持を義務付けられているから拳銃は持てるよ。でも男性警察官にはなれないんだ」


「変なこと言うなよ。男性警察官になれないんなら、オレ警察学校行かない。自衛隊に入る。んで戦車乗るんだ、戦車」

 何もいえなくなって靖さんは黙り込んだ。



「川崎のせがれぇ~。そんなオトコ女と防衛談議はやめて、一気飲み勝負でもしようや」

 相手にされなくなって()れてきたのか、スキンヘッドのオヤジは年甲斐もないことを言い出した。


「おういいねぇ。面白いじゃんか。ヤスシ、受けて立ってみろよ。親方日の丸の威信にかけて勝負に挑めよ」

 と他人事だから囃し立てたのは舘林さんだ。


「ねぇ一気飲みってなぁに?」

 焼きソバに舌鼓を打っていた小ノ葉が首をかしげ、情報収集のため俺の隣へ移動して来た。

「ねぇってば?」

 腕を組もうとする妖しい動きを小声で制する。

「人前であまりくっ付くな」

「どうして?」

 丸い目を向けてくるその口元を見てぎょっとなる。

 少しずつ食べろと命じてはいたが、そういう食い方はないだろ。


 手に持った皿に盛られた焼きソバから、一本のソバを吸い上げる小さな唇の動きはとても可愛らしいのだが、息継ぎせずに最後まですすり上げるのは、隣から見ていてだいぶおかしい。


 その姿を向かいの高田さんが目撃して目を剥いている。

 マジやばだろ……。

 俺の鼓動がひどく高まる。それよりここのソバは一本でつながってんのか?

 多くの謎を含めつつ、悲しくも何も答えが見つからない。


「ねぇねぇ。一気飲みって?」

 高田さんへの言い訳を考えて黙り込んだ俺の袖を待ちくたびれた小ノ葉が引いた。

 こいつの悪いところは、好奇心が異様に旺盛なところだ。向こうの世界では研究者だったらしいので、探究心旺盛なのだろうが、目立つ行動はあまりとって欲しくない。


「見ていれば分かるって」

「何だか面白そうだよ」

 小ノ葉は酔っ払いたちのやり取りに視線を据えたまま、焼きソバの皿をテーブルに置いて近寄って行く。

「お、おい」

 仕方が無いので俺も同行せざるを得ない。何をするか気が気でない。なにしろ連中は、歓迎会が始まるだいぶ前から飲み始めているので、他の席の人らより明らかに酔いは深い。


「こら、警察官! うだうだ申すでない。ならばワシと、いざ尋常に勝負じゃ!」

 ぐいっとコップ酒を突き出す肉屋のジイちゃん。いくら酒好きだからと言って、ハタチそこそこの若者と一気飲みの勝負はひかえたほうがいい。


「本官はそのように競い合いながら飲むのは不本意であります」

「何がホンカンだ。ゲンカンみたいな顔して……」と高田さん。こっちももう真っ赤だ。


「ジイさん。あんたはもう年や。無茶しなはんな。川崎のボン。わてと勝負や。おまはんのほうが半世紀は若いけどな。酒に関したら負けてまへんで」

「い、いや。本官も酒は好きなほうでありますが、無理強いされて飲むことに関しては……」


 一連の話をじっと聞いていた小ノ葉が、スキンヘッドのグラスに手を出して、

「じゃあさ。あたしが飲んであげるよ」

「おぉぉ。小ノ葉ちゃん。ええで、ええで。若い()の登場や~」


 急いで割って入る。

「こ、こらやめておけ。酒だぞ。飲んだことあるのか?」

「知らないよ。だってこの世界来てまだ何日も経ってないもん。お酒ってナニ?」


「あー、この世界って。日本に来てっていう意味ですからね」

 周りの連中に必死の説明をするが、

「当たり前やろ。来日して一週間も経ってないワ」

 家具屋のオヤジさんに言い返されて、安堵するやら呆れるやら。で、小の葉には、

「酒っていうのはアルコールだ。気持ち悪くなる水だ」

 正直な話し、以前隠れて飲んだことがある。親父たちがあんまり美味そうに飲むので真似てみたが、そりゃもうひどい目にあった。


「それより小ノ葉さんは未成年では?」

「堅いこと言うなよ、本官どの」


「い、いや。未成年に酒類を飲酒させるのは、現在の日本の法律に反する行為でありまして……」

「ハタチ過ぎてたら文句ねえんだろ?」

 と魚屋の大輔さんまで話しに入って来た。


「そ、それなら問題はありませんが」

 この中で最も立場の弱い警察官はすぐに引き下がり、小ノ葉に尋ねる。

「小ノ葉ちゃん年いくつですか?」


「あたし? あたしは8万2千才ぐらい」


 高田さんは声高に勝利宣言。

「ほらみろ。ハタチ過ぎてんじゃねえか」

「それなら問題ありません」


 おいおい……。みんなだいぶ酔ってるぞ。


「よし、国家権力のお許しが出た。ほら小ノ葉ちゃん飲もう。はいカンパーイ」

「だ、だめだ!」

 手を出そうとする小ノ葉を慌てて止める。可変種に及ぼすアルコールの挙動が未知数なのだ。それもブラックホールが絡んでくる。するとどうなるか……。吉沢恭平博士の予測では、よくてここら一帯、半径数キロにわたって地面ごと消滅するか、最悪の場合、太陽系から惑星が一個消えて、月が旋回する宛てを失って宇宙を彷徨うことになるらしい。


 キヨッペも祈るみたいにして目をつむった。酔っ払った小ノ葉に日本列島をまるごと消されませんようにと懇願する姿がマジだった。

《まずいぜ、相棒。地球の最後が目前だ》

〔オレまだやることいっぱいあるのに……〕

 俺たちに安らぐ時間は無い。早くこの歓迎会よ、終わってくれ。


 俺は小ノ葉が未成年だと言い切り、警察官も混ざってこんなことをして不祥事がバレたらたいへんなことになる、と喚き散らし、その場から小ノ葉を救助。そして一心に神に祈った。もう忘れたかもしれないが、俺の名前は『神祈一途かみだのみ・かずと』って書くんだ。




 ――俺の祈りは時間が解決してくれた。

 やがて鯛の姿造りは杏の手により解体され、絶品のアラ煮へと変身した。そして大皿は洗ってから返すと言う、杏の申し出を丁重に断り、持ち帰る振りをして、人目のつかないところで小ノ葉に消滅させた。後には模様が変わってしまった俺の湯飲みと生駒ナデシコの一輪挿しが残っていた。




 後日談ではあるが、未成年だという理由で俺たちがそこを抜け出した後、歓迎会はただの飲み会に変貌しており、小の葉の代わりにオモチャにされた靖さんは、制服を脱げばタダの一般市民だと皆から言われ、結局のところ、とても警察官だとは思えない乱れに陥ったらしいが、また足枷(あしかせ)を一つ増やした気の毒な靖さんは、明日からの警らに覇気が無くなることだろう。


 ども。ご愁傷様です……。

  

  

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