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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
酔っ払いが寄り合ふ(ともあれ4話)
33/63

2/4

  

  

「こら、お前ら動くな!」

『しゃあないやろ。久しぶりに仲間と再会したんや』

『せや、せや。ニイちゃんも一杯いったれや』


「俺は未成年だ。酒を飲んだら逮捕される」


『なにゆうてんねん。あそこにおる巡査知っとるやろ?』

(やすし)さんか?」


『せや。ヤッさんや。あの子な、18の時酒飲んでるとこ親っさんに見つかってこっぴどく叱られとってんで。それが見てみぃ、巡査やで、巡査。ウチ、ビックリや』


 マジかよ……あの靖さんがか?


〔おい。騙されるな相棒〕


 へ?


〔へ、じゃない。靖さんが18の時と言うと3年前だぞ。あの(あずま)京子と言う花が3年も咲いているはずがないだろ〕

 なるほどね。天使の言うとおりだ。花なんて咲けば半月もあれば萎れるよな。


「おい、京都のナデシコさんよ。ウソ言うなよ」

『ニイちゃん。京都ちゃうゆうとるやろ、京阪や』


『何やねん。京都やゆうてくれとんやから京都でええやん』

『あかん。宇治は京都ちゃう』

『ほんまジェシカはんは。うっさいなー。京都に恨みでもあんのかいな?』

『ちゃうワ。白黒しっかりつけなあかん、ちゅう話や』


「おーい。京都でも宇治でも原産地はどうでもいいんだ。あんたらが咲いていられるのは、ひと月ほどだろ。なんで3年も前の情報を知ってんだ。ウソ言うなよ」

『ジブンな……』

 わざとらしく吐息をしたのは、元祖、大阪ナデシコだ。

『あんな。人間族の考え方でモノ言うたらアカンで』


「な、なんだよ、キャサリン?」

『植物族は根と土が命や。根が土ん中に這ってる限り記憶は消えへん。それから根が枯れても記憶の粒子は土中に数百年残るんや。その粒子を同じ種類の花やったら受け継ぐこともできる。そうやってな、ワテは室町後期のナデシコの記憶もあるんや。つまりこの大地がある限りワテら死にまへんのやで』


「ま……まじかよ」

『せやで。ウチかて応仁の乱の記憶があるデ。せやからウチは由緒正しき京都の出身や』

『アンタの記憶なんかバッタもんや』

『人の記憶をパチもん扱いせんといで。ホンマもんやデ』

『ホナその時活躍した武将名前をゆうてみい』

『えーとな……』


 だめだ。バッタとかパッチとか……頭が痛くなってきた。


 俺にはナデシコの家系などどうでもいいことで、井戸端会議を始めた連中を店の最も隅のテーブルに移動させるとキヨッペがいるテーブルを探してそこへと逃げた。


 キヨッペはすかさず訊く。

「ねー? さっき何で叫んでいたの?」

 俺は包み隠さず正直に話す。

「ああ。ナデシコの仲間に絡まれていたんだ」

「うぷぷ――っ」


 まだ笑うか……。




 一応カタチは立食パーティ風になっており、テーブルに備え付けの座席は、数個を残して全て部屋の隅に並べられている。そのテーブルを適度に愛嬌を振りまきながら巡る小ノ葉。俺とキヨッペが座る席を見つけると、ぱたぱたと歩み寄り俺の脇に張り付いて、にっこりと微笑んだ。


 な――。こういう態度をそつなくやられたら勘違いもするだろ。やばいだろう?

 でもな、こいつは俺の脳内から周りの情報を得ようとするだけなんだ。ようするに俺はこっちの世界と小ノ葉を結ぶ、便利なガイドに過ぎない。


 一度視線をやると、引き剥がすのが困難になるこの容姿だって、俺の記憶から理想的な女性像を復元したらしい。

 冷静に考えると俺には何の利点も無いようだが、これだけパーフェクトな女の子が寄り添ってくるのだ。堪えきれない優越感が湧き出るのは、男子として当たり前だ。つまりこれは子猫が潤んだ目で擦り寄ってくる理論と同じなのだ。可愛く見せないと生存できないことを小ノ葉はどこかで知ってしまったのだろう。


 解かっちゃいるけど、奴の術にまんまと嵌るのは、俺の潜在意識の奥に眠るベースケ思考を目覚めさせられたからさ。


 小ノ葉は男心をくすぐる可愛い仕草でキヨッペから空のグラスを受け取り、その視線を杏が手に持つ褐色の飲み物に移した。

「これ? ウーロン茶だけど?」

 と答える杏に微笑んで、

「いくら?」

 と訊ねるのは、ようやくこっちの経済を理解し始めたからだ。昨日までティッシュとお札の違いが分からなかったんだ。ここは褒めるべきだろうが……。

「今日はお前がゲストだからお金は要らない」

「ゲスト?」

 と首をかしげてから、俺の腕に滑々した手を添えてくる。


「ゲスト……お客さん? ……あぁそっか」

 英語をわざわざ日本語に変換してから意味を探った。

 おかしなブラジル人だとは誰も思っていないようで、鈍い仲間に内心ホッとしている。


 やがて、俺の頭ん中から適当な情報をスキャンしたのか、

「今日はあたしの歓迎会なのね」

 今ごろ気づきやがったのか……。


「うれしいな。みんなありがとう」

 明るい声で応えると、キヨッペに入れてもらったウーロン茶を高々と上げた。


「「「かんぱーい」」」

 もう一度俺たちの居るテーブルだけでグラスを奏でる。

 乾杯は何度もやるもんだ。と言っていた親父の言葉を思い出した。

 うちの両親は意味も無く毎晩乾杯をするバカな夫婦なのだ。


 それにしてもどうだ。今日の小ノ葉は薄っすらと化粧をしており、キュートな唇にもグロスが施されて、いつもより増して潤い感が強く、柔らかそうだ。

「こうしたほうがいいんだって。杏ちゃんが手伝ってくれた」

 こっそり伝えてきた意外なセリフに驚きが隠せない。あらためて杏の顔を見る。


「な、何だよ。変な顔で見るなよ」

 見るよ。びっくりだよ。


「オレが連れ歩くんならこういうのが理想的だと思っただけじゃねえか。悪いかよ」

 首が千切れるほど頭を振る。


「悪くねえ。お前な、そのセンスで自分を飾れ。したら立派なレディになれる」

 杏は遠くまで聞こえるほどにはっきり音を出して、口から鼻へ向かって息を吐いた。

「はんっ! オレはオトコだ!」

 隣で脱力感を顕にしているキヨッペを覗き見て、一緒になって俺も肩を落とした。


 お前はオンナなんだよ――。




「ほんとぅーーにっ! すげぇぇな、カズ」

 念を押したみたいな声が渡ってきて、杏から顔を離す。

「バランスの取れたボディと活きのいい色艶。今日の鯛より数段上モノじゃねえか」

 高ぶる声を抑えつつやって来た大輔さん。河岸に並んだ魚介類を見るような言葉を並べ、大きく溜め息を吐いた。


「カズ……こんな美しいもんはねえ。こりゃぁ、この世の女子じゃねえぞ。どっかよその世界から来たんじゃないのか?」


 どひやぁ~当たってるよ――大輔さん。

 冷や汗が一滴、コメカミを垂れた。


 集中する視線を受けて気恥ずかしそうに下を向いていた小ノ葉が、邪気の無い笑顔を大輔さんへ注いだ。

「あっ。結界を張っていた人だ」

 コメカミを垂れる汗が増量。

「……あ……あのね」

 この人は魚屋さんで、結界ではなく水を張っていたんだ。


 ぽかんとして大輔さん。

「やっぱ外人さんだな。俺、英語はからっきしだめなんだ。何を言っているのか、ぜんぜんわかんねえし」

 全部日本語なんですけど……。




「小ノ葉ちゃん。もう慣れた?」

 と言ってビール片手に現れたのは靴屋の高田さん。

 ちょっと目元を赤らめて優しい口調は変わらないが、一難去ってまた一難だ。


 おそらく、高田さんは日本に慣れたかと訊ねたのだろうが、小ノ葉は勘違いをして、

「うん。今日も履いてるよ」と言って自分の足元を指差した。

 釣られて視線を落とす俺と高田さん。

 おい。黙ってりゃいいものを。この人は本職なんだから、レプリカの靴を見破るかもしれないぞ。


「あれ? どうしたの左右揃ってるね」

 ほらな。最初に目が行くところはそこなんだよな。


 ――どうしよ。


「うん、これね。あたしが作ったの」

 うわっ、バカ!


「うわぁぁ。つ、作った……えっとね……」

 いい訳の言葉を考えるものの、何も出ず。


 脳内の血流が血管壁を破壊するほどの勢いで巡る。

《慌てるな、オレ》


「手作り……じゃない……えっと、人工的に……いや」

 出て来る言葉を次々噛み砕いて吐き捨てる。何を言っても辻褄が合わない。


「――そ、そう知り合いに靴作るの趣味のやつがいて、頼んで改良してもらんたんだ」

 本職を前にして支離滅裂になってしまった。右足用のサンダルを左足用に改良するなど、普通は出来ないよな。小ノ葉は分子の構造から変えちまったからそれが出来たんだ。


「うそぉ。よくできたね。どれちょっと見せて」

 案の定、手を出そう屈む高田さんと俺たちのあいだに救世主が登場。

「あら、高田さん。ミニスカートの女子の足に触れるなんて……あなたには百年早いわよ」

 と歩み寄って来たルリさんに、腕を引っ張り上げられた。


 あっ――ひょぅ。助かった。


「い、いや。そういう変なことを言わないでよ、ルリさん。僕はサンダルが気になってね……」

 苦笑いを浮かべながら引き下がり、高田さんはルリさんにその場を譲った。


 ついにルリ洋品店の奥さんのお出ましだ。何度も言うが、プロの下着のデザイナーなのだ。

 奥さんは素早い動きで小ノ葉の上から下までをファッションチェックした。

「うん。センスいいわ。白で統一して赤にポイントを置いて……」

 おぉ。杏、喜んでいいぞ。プロにほめらてんぞ。


「どう。アタシの選んだ下着。ぴったりだったでしょ?」

「うん。フィット感最高です」

「でしょ。あなたバストトップがかなりあるから、カップも大きくしてあるのよ」

 男の前でそういう話しするかな……。


「カズくんで困ったことがあったらいつでも相談に乗るからね。お店にいらっしゃい」

 よろず相談屋の勧誘してないでください。困ってんのはこっちのほうっすから。


 ルリさんは、ちらりと俺を冷然な視線で一瞥してから、小ノ葉に戻すと小さな発見をしたように言う。

「このドレス……縫い目が無いわ……」


 お――の――。


 またまた災難が。

「ホールガーメントニットでもない……どういうこと? 立体編成が完璧だわ。それにこの模様、インターシャみたいだけどクセが無い……」

 と専門用語を立て続けに並べ、

「どこで作ってもらったの? 既製品ではあり得ないわ」

 驚きを隠せない目で小ノ葉を凝視した。


 やっべーなー。

「ルリさん。大きな声では言えないんですけど、これレンタルなんです」

 キヨッペからの助け舟が出た。


「ネットでレンタル屋さんを探してきたので出所は僕たちも知らないんです」

「そうなの? 最近の縫製技術は目を見張るわね。昔ではあり得ない縫い方だわ」

 その通りです。この世ではあり得ない縫い方で作られていますから。

 しかしさすがはプロだ。目の付け所が俺たちとはまったく違う。縫い目が無いなんて気づきもしなかった。


「ほう。そんなにこのドレス珍しい縫い方なの?」

 せっかく黙っていた高田さんの興味が再び小ノ葉に。


 手を出そうとする高田さんに、眼光を強めるルリさん。コップ酒をくいっとあおり――女性のクセにコップ酒とは……シブイなぁ――、

「高田くん。汚い手で触ったらダメよ。このドレスただものじゃないわ。レンタル料も高かったはずでしょ。それとドレスに負けていないのはこの均整のとれたプロポーションよ。モデルが良すぎるわ。この子、二次元の少女みたいに、腰高で足が極端に長いから何を着ても高級品に見えるのよ。羨ましいけど、うちのマネキンよりスタイルいいもの……。ねぇ。こんど代わりに下着つけてショーウインドウに立ってくれない?」

 ふと思いついたように言うものの、この人の言葉には説得力があってマジに聞こえる。


「ほぉぉ。ぜひともその時は知らせて欲しいな」

 露骨に表情を躍らせた高田さんを、ルリさんは冷凍光線よりも冷たい視線で凍えさせると、

「冗談が通じない男は最低よ……」

 一刀両断のもとに切り捨てて、女のコロニーとなっている隅のテーブルに戻って行った。


 ち~~ん。

 ――高田さん。ご愁傷様です。

 何とも言えない空気をキヨッペと共に味わった。


 白旗を挙げる高田さん。

「さすがだよ……」

「何がです?」

 俺の問いに、ルリさんの後ろ姿を見つめながら語る。

「駆け込み寺の住職さんだけのことはある。男が近寄れないオーラを放ってるよ」

 言い訳みたいな説明をして、ぐいっとビールをあおった。


 ルリ洋品店はもともと旦那さんが経営していた紳士服店なのだが、いつのまにかランジェリー・ルリという名称に変わっており、今や女性下着の専門店に変貌したのは町内では有名な話で、しかも売り上げも倍増したらしい。


 旦那さんも辛いとこだな……。


 女性軍の集団から最も遠い席でウイスキーのロックグラスをカラカラ鳴らす細身の男性に、憐憫の眼差しを送ってしまうのは、男として仕方が無いことだと思う。

  

  

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