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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
小ノ葉の歓迎会はおほさわぎ(差し当たって5話)
31/63

5/5

  

  

 古着から再構成された衣装を丁寧に折り畳み、再び段ボール箱に詰め込んで店に引き返すと、杏の一手でフリーズしたヘボ親父が髪の毛をガシガシ毟っていた。


 その姿へ嘲笑を注ぎつつ、横を通って急いで商店街の通路に出た。

 時刻は夕餉の準備にいそしむ主婦や帰宅するサラリーマンでごった返す頃。混み合った流れが途切れる隙間を待って、横に並んで待っていた俺たちにの耳に大音声が轟いた。


 続いて杏の悲鳴が重なる。

「やべ! やりやがった!」

 俺たちにとっては取るに足りないことなのだが、杏にとっては人生の一大事にも匹敵する事件が起きたのだ。


 キヨッペの店へ飛び込んで惨状を確認。

「わっちゃぁぁ~」

 想像どおり、木っ端微塵になった陶器の白い破片が八方に散っており、杏が両手を広げて立ち尽くし、指先をわなわなと震わせていた。その隣に目を見開いて固まったキヨッペのオヤジさんと、瞬間を目撃したオバさんも大きな口を開けたまま言葉を失っており、奥では刺身包丁を握ったままこちらを凝視している大輔さんも見える。


 どうやらビールケースを屈みながら運んで来たキヨッペの親父さんと、杏がぶつかったらしい。

 小ノ葉は粉々に割れた皿を悲しそうに見ていた。


 厨房の騒々しさに気づいて覗き込もうとするウワバミたちに、なんでもないと説明して暖簾(のれん)をくぐったキヨッペが、今の状況につり合わない言葉を吐いた。


「すごいね。音まで本物だったよ」

 何を感心しているんだか……。


 蒼白になった杏は急いで破片をかき集めるが、割れたものはどうにもできない。

「す、すまねぇぇぇ」

 澄んだ瞳からみるみる大粒の涙が溢れてきた。

「お……オレの責任だ。どんな罰でも受けるから許して……アニキごめん。一生働いて弁償する。もう高校行かねえ。中学出たら働くから」

 杏は直接床に膝を落とし、深々と頭を下げた。


「ま、待て、アンズ。頭なんか下げる必要はない」

 それは家宝なんかじゃない。お前をおちょくっただけだ……と言いだせる空気ではなく、不覚にも俺は黙り込んでしまった。


 事態はさらに悪いほうへ進み、厨房内はひどく重苦しい雰囲気に包まれた。

 事の重大さに気づいたキヨッペのオヤジさんが、杏の隣に並ぶと膝を折り、

「すまん。カズくん。これはオレの責任だ」

 首をしな垂れ悲痛な声で訴えた。


 ここで思考が止まる。どうやって収拾すればいいんだと。

 頭の中が真っ白さ。ここで土下座をして頭を下げるのは俺のほうだ。割ったのは家宝なんかではなく、庭から掘り起こされたゴミから作った皿なんだとここで言うべきか? そうすると小ノ葉の能力を白日の下に晒すことになる。


 縫い付けられたみたいに固着する俺の袖を引っ張って覚醒させてくれたのは小ノ葉だった。彼女は前に出て明るく言う。

「大丈夫よ、杏ちゃん。お皿はまだあるからそっちを持ってくるよ。それより怪我したらいけないから、その破片ちょうだい」

 割れた破片を握り締めて震える杏からそれを貰い受け、小ノ葉は段ボール箱にすべてを入れると、石のように硬くなった俺を引き摺ってキヨッペと共にもう一度家に舞い戻った。


 店仕舞いを始めた親父が、半分閉まったシャッターから訝しげな顔を出して酒屋と俺たちを交互に見る中、それをすり抜けて俺たちは家に上がった。途中、将棋盤がひっくり返されていたことを視界の端で確認しつつだ。



 俺たちは箱を中心にして黙り込んだ。

「せっかく小ノ葉ちゃんが作ってくれたのに……」と言うのはキヨッペで、

「また元の破片に戻っちまったぜ」と俺。

 小ノ葉は涼しげに、

「また作ればいいだけだよ。見てて」

 見守る俺たちの前で破片を箱から全部出して、床の上に山積みにした。それから摘まんでいた欠片(かけら)を天辺に置き、その上に手をかざす。


 山盛りになった破片が微細に動きだし、再び、光のモヤと共に大皿が現れた。

 しかし――。

「うわっ」

 持ち上げようとした途端。一部が粉となって大きく欠けた。

「だ。ダメだ。もろくて持てない」

「再構成は二度できないのかな?」

 首を捻る小ノ葉だが、誰も答えることはできない。


 新たな素材を足せば何とかなるかもしれないと思ったのは、俺の直観だ。

「ちょっと待ってろ」

 俺は小ノ葉とキヨッペをその場に待たせて、もう一度庭に出た。


 松の木の根元に置かれた一輪挿しからナデシコを抜くとそのまま地面に置いた。

「わりいな。キャサリン。あとで必ずちゃんとした花瓶をあてがうから、緊急事態なんだ」


 もちろんナデシコも松の木も何も言わない。理由は解る。小ノ葉がそばにいないからだ。

 後で、大いに文句を言われることは覚悟の上で、一輪挿しを握り、途中で見つけた俺の湯飲みとご飯茶碗も引っ掴み二人の待つ部屋に戻った。


「この三つを合わせて、再構成をしてみろ。少しは強度が増すだろ?」

「あ。それキャサリンさんのお家……」


「緊急時だ。しかたがないだろ」

「あとでなに言われるか知らないよ」


「二人で何を言い合っているのか解らないけど。僕も一緒に謝りに行くから。何とかこの場を収めてよイッチ」

 キヨッペも妹の精神的ショックが心配なのだろう。必死に懇願する姿に心打たれた。

「謝りに行く必要はない。まあ気にするな。大した相手じゃないんだ」

 そう。たかがナデシコさ。



「小ノ葉。新しい素材はなるべく表面に使って強度を保つように頼むな」

 難しい注文だとは思うが、小ノ葉は心安く引き受け、すべてを一旦分子に戻した。光の霧みたいなモヤモヤしたものが広がり、一輪挿しと俺の湯呑と茶碗が埋もれて消えた。

 一拍も経たない時間が過ぎ、銀白色の円盤が滲み出た次の瞬後、目映い光をまとい元の大皿に戻った。


「きゃぁぁぁぁぁーーーーー」

 忽然と響き渡る悲鳴。


 キヨッペでも、まして小ノ葉のものでない。

 わめき声と言ってもいい、甲高い叫喚を聞いて俺は仰天した。


 声の主はキヨッペのオバさんだ。

 皿を気にして付いて来たのに気付かず、俺たちの肩越しから今の光景を目撃された。


「割れたお皿が……」


 驚愕に震える視線が伊万里の皿から、小ノ葉へとゆっくり移動して、

「こ、この子……魔法使いよ!」

 と、ひと叫びすると、再び、間の抜けた悲鳴と共に自分の家に飛び帰ってしまった。


 皿を割ってしまった杏より、状況的にまずい事態に陥った。

「やべぇぞキヨッペ。よりにもよってオバさんに見られた」

「う、うん。これはやばいね」

 結果の怖さはキヨッペのほうがよく理解している。明日の朝には町内じゅうに広まるはずだ。

 

「ちょっと誤魔化してくるよ」

 後を追いかけて先に家へ戻るキヨッペに遅れること数十秒。俺たちも再々構成された大皿を持ってアキへ戻った。


 店内に入ったら厨房でヒステリックに叫ぶキッぺのお袋さんと、事情を飲み込めない大輔さん。そして一生懸命説明しているキヨッペの声が中からこぼれてきたが、それよりも杏が気がかりだ。思い悩む目をしていたから一刻も早く皿を見せてやりたかった。



 家宝だとか特別任務だとか、くだらないことを言ってあいつを煽っちまったことが悔やまれる。さっきから胸が絞られて苦しい。謝らなければいけないのは俺のほうだ。


 杏は厨房にはおらず、二階へ上がる階段の隅で膝小僧を抱えて肩を震わせていた。


 最初に見つけた小ノ葉がそっと近寄った。

「杏ちゃん……。ほら。お皿はまだあるから安心して」

 涙目で顎を上げる杏に、俺も大皿を突き出して見せてやった。


 それを見て幾分弛緩したようだが、

「でも、イッちゃんちの宝を壊したことに変わりがないもん……」


 涙をすすり上げる杏に俺は努めて明るい声と顔を向けてやる。

「すまんな、杏。おちょくった俺が悪かった。ほら頭下げるぜ」

 背筋を伸ばして丁寧に頭を垂らした。


 顔を上げると目を丸くして瞬く杏と視線が合ったので、微笑み返しをする。


「安心しろ。俺んちに家宝などない。この皿はうちの爺さんが趣味で焼いた物なんだ。まだまだいくらでもある。お袋なんかストレス解消に時々割って楽しんでいるぐらいだぜ。それによく見てみろ」


 青い模様のつなぎ目を指で示して、

「いくら素人でもわかるだろ。この部分。な? こんなおかしな模様が家宝になるわけないだろう。素人が作ったただの皿だよ」


「ほんと?」


「ああ。ほんとうだ。その代わりみんなには内緒だ。だって立派なもんだって言っちまってるからな」

 杏の表情がだいぶ明るくなるものの。

「そう言って、オレを慰めてくれてんだろ?」

 なかなか杏の気持ちが緩まないのは、厨房のほうからオバさんのヒステリックな声がまだ聞こえてくるのも原因の一つかもしれない。


「違うのよぉ。あの子が指差したら、ピカッて光って元に戻ったのよぉ。ワタシはこの目で見たんだ。あの子ブラジルから来た魔法使いなのよぉ」

 ブラジルだけは変わらないんだ………。


「何言ってんだアキちゃん。あんたそろそろ老眼じゃないのか? 目が疲れてんだよ。おらケン、お前もぼけっとしてないで、もう一枚持ってきてくれた大皿借りて来い。今度は割るなよ。モタモタしてっと鯛が腐っちまうワ」


 だがまだ納得いかないのか、オバさんは唾を飛ばしてしつこく迫る。

「ほんとなんだってば。破片がさぁ。ぱぁーって光ったらさ。一瞬で大皿になったんだから」


 大輔さんはまったく耳を貸さず、

「アキちゃんさ。マサんちは電器店だ。飾ってあるでっかい画面でそんな映画を見たんだ。そういうことだって」

 話半分で鯛のウロコをバリバリと剥いでいるが、相手にされない態度が気に入らなかったのか、オバさんはさらに喰らいつく。

「違うって。小ノ葉ちゃんの手から……ぱぁーって光って……」


 少々しつこいなと思った矢先、

「アキ子! ぱーぱー、ぱーぱー、うっせぇぞ! せっかく活きのいいのをダイちゃんがプレゼントしてくれてんだ。くだらないことで邪魔をするんじゃない。鯛の目が濁っちまうだろ!」

 キヨッペのオヤジさんが吠えた。めったにない事なので、居合わせた全員の目が点となった。


「あの子が魔法少女でもいいじゃないか。いやむしろ今の時代、魔法使いみたいな連中はそこらに腐るほどいらぁ!」

 オヤジさんは俺から皿を受け取ってから、厨房へ向かって大きな声を張り上げた。

「大ちゃん。皿が来たぞ!」


 息を吹き返したみたいに時が流れ出し、

「よ、よっしゃ。すぐに盛り付けるぜ」

 大輔さんは大皿を受け取り、お袋もあいだに入ってパンパンと手を打ち鳴らすと、辺りの空気を一掃させた。


「さぁさぁ。飾りつけは済んだし、そろそろ始めようよ……ね?」


 再びそれぞれの歯車が回りだした。キヨッペのオヤジさんはビールを冷蔵庫に、大輔さんは鯛の活け造りを盛って行く。オバさんはまだぶつぶつと言っていたが、厨房の奥へ移動した。


 何が起きたのか分からないが、もめ始めた中心に飛び込んだら、みんな散ってしまった。そんな様子でポカンとするお袋が首を捻り、再び客席へ戻る姿に苦笑いを返し、俺は杏の涙を拭き取っている小ノ葉の手の動きに視線を戻した。


「イッチ……」

 小ノ葉の不安げな声に応える。

「お前のかあちゃんも慌てモンだな。映画と現実がごちゃ混ぜになってるし。杏もガラクタ割って落ち込んじまってるし」


「ほんとのほんとにガラクタなの?」

 気持ちの底では納得いかないのだろう。杏はまだ何かを引き摺るらしく、自分がオンナ言葉を使っていることに気づいていない。


「はは。なんならもう一度割ってもいいぜ。押入れの中に同じヤツが数枚あるからな」

 何とも言いがたい顔をした小ノ葉を視線の端で捉えながら、努めて明るく言い放った。


 ようやく白い花が咲いたように、杏は笑みを満面に広げるとすくっと立ち上がった。

「そうか……ほんとすまなかった。今日からオレはイッちゃんの家来となった。何でも言ってくれ、よろしく頼むぜ」

 風が起きるほど切れのいい動きで腰を折った。


「いや。家来なんていらねえから。お前は勉強して俺たちの高校へ受かることだけに専念しろ」


 成り行きをじっと見ていたキヨッペまで安らいだ表情をくれ、

「イッチ。アンちゃんをよろしく頼むね」

「はぁ?」

 キヨッペまで。何だよその意味深な言葉。勘弁してくれよ。


「深い意味は無いよ」

 おっ立てた前髪を指先で揉み続ける姿をすがめる。


「いやきっとある。お前は策略家だからな」

「あはは……無いって」

 キヨッペは目を伏せつつ、爽やかに笑いやがった。


 ようやく弛緩した空気の中で、小ノ葉は厨房で動き回る大輔さんの手元を緊張した面持ちで見ていた。それは調理人の手捌きを見るのではなく。大皿に伝わる気配を感じ取る、そんな気配だった。


 (いぶか)しげな表情で覗き込む俺に、

「量子もつれって知ってる?」


 むむ?  また理解不可能な言葉を俺に投げ掛けやがって……。

 この脳ミソでは理解でないっちゅうんだ。

「もつれって? ぐちゃぐちゃになることだろ? ちがうのか?」


 あやふやな答え方をする俺に小ノ葉は肩をすぼめた。

「…………」

 こらこら。そんな目で俺を見るんじゃねえ。最初から解からないって宣言しただろ。


 ところが、キヨッペは知性的な光が揺らぐ目で小ノ葉を見る。

「知ってるよ。どんなに離れた場所であろうと、関係を持った量子が一度同期すると、片側の情報が瞬時に向こうへ伝わる現象さ」


 こいつ何でも知ってやがるな。


「それがなんだと言うんだよ?」


「理屈なんてわからないけど。大輔さんが盛ってるお皿に伝わる刺激が小ノ葉ちゃんに伝わるんだと思う。だって分子の再構成をしたのは小ノ葉ちゃんなんだ。なんらかの官益が出来上がってんだと思う」


「そうなのか?」

 小ノ葉の目が肯定する。

「うん。なんだか自分の体がむず痒いの」

 大輔さんの指の先が皿の表面を(なす)るたびに肩をすくめるその振る舞いが、やけに色っぽく感じる。


「不思議なもんだな……」


 皿のほうは今のところ形を維持しているので、何らかの変化があれば小ノ葉に伝わるだろう。それよりもだ。今はもっと懸念すべき事がある。キヨッペのオバさんに小ノ葉の正体を見られたことのほうが重大だ。でも対策を練る時間はもう無い。時計が7時を指していた。


 俺はわざとらしく声を上げた。

「あそぅだ。着替えの衣装がさっき届いたから、杏、頼むぞ。小ノ葉の着替えを手伝ってくれ」

 向こうで料理の盛り付けをする杏の手の動きが止まり、こちらへ視線を振ってきた。


「そうか。じゃ行こうか小ノ葉ちゃん」

 一緒に立ち上がろうとするキヨッペを引き擦り下ろし、

「お前はここにいて会場の準備だ。あとはアンに任せる」

「だって何かあったら……」

「何も無い。あいつなら大丈夫だ。さ、一緒に酔っぱらいの相手をしような」

 キヨッペはまだ何か言いたそうだったが、あきらめたらしく、杏と手を叩いて作業を交代した。

  

  

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