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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
小ノ葉の歓迎会はおほさわぎ(差し当たって5話)
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2/5

  

  

 キヨッペは自分の隣に妹を引き寄せると、さらに男前の顔をして堂々と俺の正面に立った。

「初任給は世話になった人に礼をするべきだよ。しきたりによるとね……。だから明日は僕とアンにもラーメンおごってよ」


「な……なんで?」

「バイトができたのは僕のおかげ。今日一日小ノ葉ちゃんの面倒を見たのはアン。ね。ちゃんと筋が通ってるだろ?」

 杏におごるのは問題ないが、バイトができたのはお前のおかげでなく、お前の怠慢のせいだ。


「ちゃっかりしてやがんな。まぁラーメンだけならいいよ。じゃあ明日はみんなで出かけよう。それならいいんだろ、杏?」


 杏は鼻の下を指で擦りながら、竹刀を担ぎ直し、

「へへ。さすがイッちゃんだな。カッコイイぜ」

 正面にある俺んち、神祈電器店へ向かって歩き出した。


「待って、アンズちゃん」

 小ノ葉も俺の家へ向かおうとするので、

「お前ら何しに行くんだ?」

 先に行く二人の後ろ姿に問いかけた。


「今日はねえちゃんの歓迎会だろ。やっぱ女は着飾らないといけないからな。オレがちょっと行って手伝って来らー」

 竹刀を担いだ杏が向こうから黒髪を翻し、小ノ葉もこっちに振り返って手を振った。

「じゃあね」

 破顔する笑みに疑問をぶつける。


「何で着替える必要があるんだ? そのままでもじゅうぶんじゃないか?」


 小ノ葉は、たたたと舞い戻って来て、

「うふふ……あのね。オンナは色々あるんだって」

 俺の耳元に向かって、思ってもいない意外な言葉を返してきた。


「杏がそう言ったのか?」

「うん」

 信じられないことを小ノ葉は告げ、張本人を追い掛けた。


 昼間、二人でどんな会話をしたのかは知らないが、どちらにしても今日一日でだいぶ慣れたみたいだ。やっぱり杏に任せて正解かもしれない。

「それじゃぁ、僕も付き合うか……」

「なんでお前も行くんだよ?」

「ヒマだからさ」

「じゃあ俺も行く」


 一緒に歩きだした背後から、お袋の声が全員の足を止めた。

「カズー! ちょっと手伝ってぇぇ」

 酒屋の中からだった。

「なんだよ? 俺は忙しいんだぜ」と返し、

「どこがだよ……」

 キヨッペは苦笑い浮かべ、俺は店の中で手招きをするお袋を窺う。


「あんたはこっちを手伝いなさい」

 真剣な声の時は従ったほうがいいのは子供の時から焼き付けられてた習性で、

「仕方が無い。俺は店に戻るワ」

 再び杏たちの足が動きだしたが、キヨッペに対しては憂慮した案件があるので、ひと言だけ釘を刺した。


「覗くなよー。キヨッペ!」


「大丈夫、オレがついてるから~」

 竹刀を振り上げて後を追おうとした兄貴をビビらせる杏と、それを見て微笑みを浮かべる小ノ葉。二人の様子を見て吐息する。

「ははは。なんとかカタチなってきたな」

 こっちの世界に打ち解けだした小ノ葉の後ろ姿を見て、俺は目を細めた。




「俺、バイト終わったばかりなんだぜ」

 酒店にきびすを返して中にいたお袋に文句を言ったが、

「あんたも関係者なんだから手伝うのは当然でしょ」

「……そうだったな」

 言い返す言葉が無いのでやはり従うしかない。


 だいたい歓迎会をやろうと言いだしたのはお袋で、最初は家で質素にするつもりでいたんだ。でもそれだといつもと何ら変わらないので、せめてキヨッペと杏を呼ぼうと提案したら、その話がキヨッペのお袋さんに洩れた。原子炉から漏れ出す放射能を検知する装置より優秀なセンサーを備え持った人だから、どだい知られないようにするのは無理な話なのだが、それを聞いたオバさんは自分ちの店を会場として快く提供してくれたのさ。


 ところがこの話がさらに膨れ上がったのは、この人の策士的素質があるところで、人が集まれば商売になるし新たな情報も得られると、ご近所馴染みの人たちに店の商品飲み放題で会費制の歓迎会をやるからと触れ回ったら、ウワサの小ノ葉を拝んで一杯やれるならと酒飲み連中が快諾。開場となる午後7時を前にして、すでに人が集まっていた。




 店の奥でお袋が片隅のテーブルの上で何かに夢中になっていた。

「お袋。その飾り付けって古臭くない?」


 今どきパーティ会場の飾り付けに、紙テープを丸めて鎖状の飾りを作るって、昭和過ぎないか?


「あんたはさ。背が高いからこの銀テープを部屋の上から丸く垂らして、天井を飾ってよ」

 ガサガサと突き出されたコンビニ袋の中には、金や銀のプラスチックテープがごっそり入っていた。


「飾るって……今から……ここをか?」

 立ち飲み処と呼ぶ割にテーブルや椅子が準備されたあたりをみれば、表向きは『立ち飲み』だが、どこからどう見ても立派な居酒屋だ。


「はいよぉ~。カズくん中ジョッキでナマ三つ、立花家具さんねぇ~」

 隅のテーブルに集められたフライング組へ、厨房から出てきたキヨッペのオバさんが顎をしゃくった。


 もしや……。

 日給に色を付けてくれたってオヤジさんが言っていたけど、この分が入ってんのか?

 ひとつも色付けになっていないじゃないか、と文句の一つも言いたいところだが、これって高校生のバイトとして法律に触れないのだろうか?


 カウンターにドンと出された中ジョッキ三つをモニョモニョした気分で睨んでいると、

「カズ! 生ビールは泡が鮮度を保つ秘訣のひとつなんだよ。もたもたしてたらビールの味が落ちるよ」

 自分のお袋にケツを叩かれた。


 いくらなんでも鮮魚じゃないんだからと思いたいが、俺のお袋はキヨッペのオバさんでさえ一目置く居酒屋の神様みたいな女で、たぶん間違ったことは言っていないのだろう――けど、何だか釈然としない気分だ。それとも、やっぱこれはバイトの延長だと頭を切り替えるべきか?


「なぁ? 未成年がこういう店の仕事したらまずいんじゃないの?」

「満18才未満の者でも午後10時までは働いていいんだよ」とお袋。

 そんなことまで知ってんのか……ほんと詳しいな。


 そうすると俺のもう一つの職務であるアキでの雑用って、こういうことだ……これはかなりタルいぞ。

 と感じつつ目の前のビールジョッキをもう一度睨む。こりゃあキヨッペが嫌がるはずだ。



 初心者の俺ではビールジョッキを片手に三つ持つ自信が無いので、とりあえず両手で持って立花家具さんが座るテーブルへ運ぶ。


 家具屋のおやっさんは、楽しそうに手を振って俺を呼び寄せた。

「ビールこっちや~、早よ~」

 今日もスキンヘッドが眩しかった。


「はいは~い」

 まだ歓迎会までまだ時間があるのに、もう顔が赤い。


「おぉ電気屋のボン。手伝いでっか? エライなぁ、青少年」

 オヤジさんはスキンヘッドをペシャリペシャリ、と平手で打ち鳴らして俺に告げる。

「今日はあのネエちゃんの歓迎会やってな。エエ()見つけたがな。うまいこといってるんか? あんなべっぴんさん逃しなや」


「オヤジさん。一昨日の今日だよ。そうそう変化しないって」


「ほんならエエねんけどな。このボンクラなんか、初めて彼女ができて三日で逃げられたアホやからな」

 ぐい、とハゲオヤジに肩を寄せられた細身で長身の男性が苦笑いを浮かべながら、片手をあげた。


「やぁ。神祈(かみだのみ)くん、元気? 物理の小野田先生はまだ健在なの?」


 気さくな声で応えたのが、あの川崎靖(かわさきやすし)さんだ。そう例の新米警察官さ。初の配属先が駅前の交番だという重い足枷を科せられて気の毒だと思う。近所の人ほとんどが子供の頃から顔見知りばかり。なのでここらの住民は警察官相手に子ども扱いさ。



 それから靖さんの対面に座った早くもちょっとほろ酔いの老人が、隣の山田精肉店のジイちゃんだ。

「今日は遠くブラジルからお姫様がやってこられたお祝いだと聞いて参上つかまつった。それでは皆の衆、王妃誕生を祝って早速乾杯でもしようではないか」

 流暢に語りだしたジイちゃんの真っ白な長いヒゲがジョッキに入りそうだった。


 かなりの高齢なのだが、酒を飲むと息を吹き返すと言っていた親父の話はほんとうみたいだ。

 いつもはお店の奥で生きてんだか死んでんだか分からないのに、なんだろう、この歯切れのいい口調は……。すごいなアルコールの効果って。


「ほな。カミ電のマサやんに孫が誕生したことを祝って乾杯しまっせ」

「い、いや。あのね」

「そうそう。カズくんおめでとう」

 隣のテーブルでピーナッツをポリポリと噛み砕いていたダンディーな紳士が、ビールグラス片手に歩み寄って来たのは、ルリ洋品店の旦那さん。


 なんで、めでたいんだよ。

 商店街中を歩いて誤解を解いて回っているのに、いっこうに解けていないことを確信した。


「この商店街に小さな新しい仲間が増えるんだ。ぜひ乾杯させてくれよ」

 怖ぇぇよ、その言葉……。胃が痛くなりそうだ。


 全員が店の真ん中に集まり円陣を組むと、ジョッキやグラスを持ち上げ、

「「「「かんぱ~い」」」」

「ちょっと。あんたたち、すとぉぉぷ!」

 キヨッペのお袋さんが制止させた。食器どうしが音を奏でる寸前で全員の手が止まり、丸い目玉が怯えたように点になった。


「まだ肝心の女の子が登場していないでしょ。ちょっと待ちなさいよ。ほんと酒飲みがそろって気ばかり焦ってんじゃないのぉ」

「おお、そうじゃ。皆の衆、()いては事を仕損じるぞ。お姫様のご到着を待とうではないか」

 乾杯は一時取りやめとなったが、酒飲みは往々にして我慢ができない。


 連中は黙ってビールを煽り、それぞれに天井へ向かって泡を飛ばした。


「「「「ぶふぁぁぁぁぁ~~~」」」」

 みんな満面の笑みだ。こんなものの何が美味いのか、俺には理解し難い光景だった。


「はいはい。ごめんなさいよ」

 ウワバミたちの集会場をリングで繋いだ紙テープを持ったお袋が横断。


 酔っ払いたちは、小石を投げ込まれたアリの集団みたいに右往左往した後、適当なテーブルに散って行ったが、ただ一人、細身の男性がお袋に捕まっていた。

「ヤっちゃん、そっち持って」

「こうですか?」

「ちがう違う。もっと右よ」

 川崎靖さんは現役警察官だ。なのに、お袋から命令口調で紙テープを持たされていた。


 ほんと。威厳も何もねえな……。

  

  

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