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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
をかしなサンダルを買ふ(頑張って2話)
21/63

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「小ノ葉……」

 キヨッペの家を出てから、俺は奴と真剣に向き合った。

「なぁに?」

 可愛い瞳に惑わされつつ伝える。


「このままでは破産する」


「ハサンって食べられるの?」

「んぐっ」

 この野郎……。


 誰のせいで小遣いが無くなっていくと思っているんだ。こっちに向ける顔がとろけるほど可愛くなかったら、そこのドブに叩き込むところだ――でも許す。その表情がたまらん。

〔うん。マジな〕


「つまり金が無くなると言うことだ」

「そしたらどうなるの?」

「お前に食わせるものが無くなって……」

 などと嘆いているうちに、急に世知辛い気分になってきた。それじゃ昭和枯れススキだ。ああ。俺も貧しさに負けちまうのか。

〔こんな話を異世界人にしたってしょうがないぞ、相棒……〕

《ほんとだ。キョトンとしてんぜ》

 そうだよな。俺だって昭和から説明していく気力がない。

〔だよな……〕



 家に入ろうと、店の中を覗いたらお客さんがいた。こんな時に店から家に上がると叱られるので、入りかけた店から右に折れ、一軒向こうにある商店街の横道を通って、ぐるりと反時計回りに歩いて裏口へ向かう。


 途中、俺んちの真隣にある大木文具店から、キヨッペのオバさんが出てきた。気象庁の災害情報よりも優れたネットワークを持つ人だ。


「ありゃまぁ~。噂をしていたらカズちゃん……」

 やっぱしてたんだ。


「おやまー。可愛い女の子連れて。小ノ葉ちゃん。ブラジルから来たお嬢ちゃん。立派なスタイルしてるねぇ。あらま、意外と小柄なのに、出るとこ出て、引っ込めるとこ引っ込めちゃって……あっら~。綺麗な黒い瞳。やだまぁ。外人さんだと聞いたから青いのかと思ってたわ。へ~ほ~」


 ほっときゃ、一日中だって喋り続ける、自称、吉沢放送局。あるいはラジオ吉沢――略してYBC。


 軽く会釈をしてから、急いで小ノ葉を連れて逃げるようにしてそこを離れた。

 数メートル先にある角を左折するが、まだ視線が俺たちに向いたままで、大木文具のおじさんと手振り身振りで喋るところを見ると、小ノ葉の噂を流しているに違いない。その情報が町内に行き渡るのに、そう時間は要さないはずだ。


 くわばらくわばら。



 大木文具の角を左に曲がって、裏通りへ回ろうとした時に、ハタと思いだした。小ノ葉の靴が無い事を。

 いつまでもお袋のサンダルを履いていたら、いくらなんでもおかしい。裸足でブラジルから来たのかと突っ込まれた時に答えようがない。


 しかしまともに買うと結構な金額をボラれる。

《どーするよ、オレ?》

 悪魔に促されて思案すること少々。目の前に救世主となる人の顔がよぎった。

 こう言う時は、この先にあるフィールドマスターという靴屋さんが都合いい。


 そこには高田さんという気さくな店員がいて、比較的居心地がよいし、お願いすれば傷物とか返品するヤツとかを安くしてくれるかもしれない。


 残り1450円を極力残すには高田さんの援助が必要だ。

 さっそく俺は小ノ葉を連れて裏通りを進んだ。靴屋さんは数件先の右側にある。


 だが、その手前で小ノ葉が立ち止まった。中華料理店、味園だった。そのまん前で鼻をヒクヒクさせ、

「イッチ、いい匂いがする」

「さっきティッシュたくさん食ったろ」

 おかしな会話だと思ったら笑ってくれ。そのほうが俺も気が休まる。


「美味しくなかったもん」

 匂いとか味とか分かるんだな。ここで感心するのも何だけど……。


「あのなぁ。お前は美味い物をたらふく食っても、そのままブラックホールに吸い込まれるだけじゃないか。そんなもんに金なんかかけてられっか」

「もう~。ケチぃ」

 恨めしげに中華料理店の中を覗きこもうとする小ノ葉を引き摺って、靴屋、フィールドマスターへと向かった。



 これまで小ノ葉がずっと履いていた靴は、見た目は寸分無くスニーカーだ。でもこれはヤツの体から作った偽物なのだ。それに素足だったクルブシから下が、瞬間にスニーカーに変身したり、消滅したりされた日にゃ、気の弱い人に見つかると、気を失うかもしれない仰天の案件なのだ。


「見られないようにしたらいいんじゃないの?」

 そいう問題ではないだろ。靴は玄関に置いておく物なのだ。分子化で複製品を作ればいいのだろうが、靴は本からトイレットペーパーを作ったみたいに単純な構造ではない。果たしてちゃんとした物が作成できるか、それも不安なのだ。ここはどうしてもひとつは欲しい。


「でもお金が無いって」

「ああ。でもこの店なら何とかなりそうなんだ……って、おい、何ださっきから! 俺はひと言も口に出して喋ってないぞ」

「だって聞こえてくるんだもの」


 俺の体に触れることで思考が読み取れる、と必要以上にぺったりと張り付いてくるのは、単に俺の思考を介して周りの状況を把握する、ようはレーダー探知機みたいなもんだ。それなら誰だっていいじゃねえか。


「ううん。誰からでも読み取れるものではないの。おとうさんとイッチだけなんだけど、おとうさんは読める時と読めない時があんのよ。でもイッチとはいつでも筒抜けるわ」

「だから……。俺の考えを読んでそれに答えるなって。何だかクセになりそうだぞ」


 俺は一言も喋っていないのに、小ノ葉が返事をしたり語りかけてきたり、そんなの不自然極まりない。

「今から俺の考えを読むの禁止な」

 笑った目をしてコクリと首肯する小ノ葉。

「いいよ。でもこうしててもいいでしょ」

 腕にしがみ付く力を少し強め、俺もその温かみに拒否する理由が浮かばず、とにかくこいつの横ではベースケなことは考えないでおこう。

《んなこと無理に決まってんだろ》

〔こんな柔らかい物体に抱き付かれて平常心でおられるワケがなかろう〕

 もっともだぜ。


「いいか。何かあったら俺が何とかしてやるから、ちょっと離れてくれ。歩きにくいんだ」

 それがが本音ではないのだが……あ。この考えも読まれちまう。どうしたらいいんだ?


 考えが読まれるのはとても気味が悪いことなので、とりあえずもう一回、小ノ葉を引き離して、

「これからお前の足に合う靴を買ってやるから、ついて来いよ」

「うれしい。イッチと知り合ってよかったよ。精神融合も楽だし――だから好き」

「…………」

 なんだか素直に喜べんな。ただの気のいい兄ちゃんだと宣告された気がするのだが。



 何度引き離しても小ノ葉は俺の腕にしがみついて来る。だがその腕が温かいのも、ようは寄生行動みたいなものだろ。

「ちがうよ。安心するの」

 またもや勘違いしそうな言葉を吐くが、もう信じない。この吸血鬼め。


 しかしこの心地よさがたまらん―――寄生先に快感という甘い汁を放ちながら、その裏では生きていくための情報を盗み出している。もし必要な情報がなくなったら、俺って、捨てられるんだろうか?

「そんなことしないよぅ」

 まだ読んでやがるし……。

 横を向くと、小ノ葉は上目遣いに俺を見ていた。

「うふ」

 うぉぉ。甘い汁が放出されていく。





 中華料理屋さんから斜め向かいにある靴屋の店先には、婦人物のサンダルとカラフルなビーチサンダルが並んでいて、今の季節を如実に表していた。


「ちわー」

 店内に入って努めて明るい声を出した。

 人間、後ろめたいことを目論んでいたら、自然と明るい声になるもんだ。


 そして小ノ葉にも釘を刺す。

「この商店街であまりいちゃつくのはよくないから、少し離れてくれ」

「あのさ。イッチと一緒じゃないと怖くて歩けないの。お願い、捨てないで」

 言い方はとってもかわゆいのだが、お前は周辺調査に俺をダシにしているだけじゃないか。


 ……とか言って突き放してもかわいそうだ。元の世界に帰還できる見込みが低い現状では、早くこっちの世界に慣れたほうがいい。俺が社会勉強の手助けをしてやるしかない。


「いいか。お前はニコニコしてろよ。挨拶は『こんにちワ』の一回だけ。後は俺が親指を立てたら『うれしいー』で、人差し指を立てたら『ありがとうおにいさん』コレだけだ。それ以外の言葉は吐くなよ。それから指を全部広げたら、とびっきりの笑顔を作れ。言葉がわからなくても、笑顔だけでも何とか乗り切れるんだ」


「ふ~ん。異世界のルールってヤツね」


 んな、ワケねえだろ。


  

  

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