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『ほぉーかー。ついにその時が来まんのやな』
「ちょっと。ナデシコくん。静かにしてくれたまえ」
『へい。黙りまひょ』
気が散って重要問題に集中できないので、ひとまずお喋りのナデシコを黙らしてから本題に入る。
「そのスカートはこっちの本物を見て複製したわけだろ?」
「そう。詳しくイメージすればするほど細かく作れるの」
「俺のタオルをハンカチに変えたようなものだ……」
「違うわ。あれは実際にある物質を分子に戻して別の物に再構成する能力。こっちに来てからできるようになったの。いまのは普通のこと」
「普通じゃねえよ」
小ノ葉は俺が何を問題にしているのか理解できない様子で淡々と次にいこうとするが、俺もさっきから小ノ葉が手に持つ物が気なっていた。
「これはどこに使うの?」
声には出しにくい物を摘まんで広げて俺に見せた。そいつも淡いピンクだ。
ぬぬぬ……。ついに来たぞ。
横目でナデシコを窺うと、そいつもじっと小の葉の動きを注視していた。
《スケベ野郎だぜ》
〔名前をハマナデシコからスケベナデシコに改めろ〕
もう一度、小の葉が握るパンティに目を転じる。
俺の好きな色と形のパンティだ。大雑把にカテゴライズして、日本語で下着だ。ようするに字の如く下に着る物だ。この場合、正確には『穿く』だな。
どっちにしてもこれ以上リアルに表現するとR指定の警告を受けるかもしれないので、あまりパンティ、パンティと連呼してはまずい。もう手遅れかもしれないが、ここは一つ小さな逆さ三角の物体と表しておこう。
「それは今生やしたスカートの下に穿くんだ」
何度も言うが、生やしたという言葉にものすごく違和感を覚える。
「違う。違う!」
小ノ葉は桃色の小さな逆さ三角物体に片足を突っ込むと、膝まで持ち上げてそれを内股で挟んでニコニコしていた。
「それは両脚を入れるものだし、スカートの下って言っても上下の関係じゃない。スカートの内側だ内側」
「ここ?」
小の葉は、ひらりとスカートの裾をめくって中を見せた。
「あうっ!」
おしい。とてもおしい。太ももの上まで白い肌が覗いたが、あまりに突発的な動きで、よく見ていなかった。
〔バカヤロ、オレ! 集中せんか集中。見逃したじゃねえか〕
《もったいないなー。ホント》
おしかったが、見えた部分まではちゃんとしていた。
あの奥はどうなってんだろ?
神秘の世界が無性に気になるよな、同志諸君。
《おおよ》
あそこは異世界でも魔法世界でもない。現実なのに神秘の世界だ。別名『謎のデルタ領域』と呼ばれるチェリーボーイあこがれの世界なのだ。
『ほんまかいな』
《ああ。ほんまほんま》
ナデシコくんにも解るように説明するので、よーく聴くように。
いいかね。小ノ葉は体の一部を変化させて、自由な物を正確に形作って見せた。現時点では女性の姿をしているが、手鏡同様に完璧な状態だとしたら……どうよ?
いよいよその内側に迫ってみようではないか。同志諸君。
『ちょっと待ってや。内側ちゅうて、内臓の話を始めたらいてまうド』
解っておるよ、ナデシコくん。だからこそ神秘の世界なのだよ。
《そうだ、そうだ》
〔まったくもって、そのとおり。女体の神秘なのだ〕
俺の悪魔と天使も同意見だ。心強い同志であるよなあ。
『ちょい待ち~や。そういうことならワテも賛同させてもらいまんがな』
おお。ナデシコくんも同志に集ってくれるのか。これは心強い。
ではもう一度、我が疑問をここで呈したい。
女性の衣服の内側、及び深部がいかような状態なのか、それが問題なのである。
海洋研究開発機構が行う深海調査もいいが。こっちの解明を先にやるべきではないだろうか。
『せやせや!』
《おおう》
〔えいえい。おー〕
同志共々、少々はしゃぎ過ぎだが――ここで一つちゃんと表明しておこう。
俺はやましい気持ちは一切ない。医学的、いや保健体育的に見て、いったいどうなってんだ、と疑問を投げ掛けるだけなので、誤解のないようにお願いしたい。
《ワタクシめも同感でございます》
そこまでディティールが施されているのか?
〔おーぅ〕
最近のフィギュアと同じなのか?
《マジ?》
う~ん。宇宙は難解だ。俺には想像だにできない。
長いあいだ腕を組んだまま沈黙を続ける俺の不可解な行動に小ノ葉は痺れを切らしたのだろう、長い脚から脱ぎ去った桃色小規模逆さ三角形をピラピラさせて、
「ね。ここに着ればいいの?」
次の瞬間、小の葉はスカートのフレアー部分を摘まんで大きく持ち上げた。
「うぉぉ――っ!」『うひょ――ぉ!』
俺とナデシコの雄たけびは一瞬だけで、その後、一気にクールダウン。
「あ……」『あ……』
よからぬ期待感がマックスだっただけに、マイナスイメージは強烈に気力を奪って行く。
「…………だよなぁ」
『せやな。ビックリさせんといてやー。ほんま』
ショートパンツの存在をすっかり忘れていた。何のことは無い、その上からスカートを穿いただけのことで、別に小ノ葉が悪いわけではないのだが、やけに腹が立つのは男の性なのだ。
「ショートパンツ無しでそこに穿くんだ。バーカ!」
怒ってどうすんだって話だが、腹が立ったんだもんな。
小の葉はキョトン。
「どうしたの?」と訊かれて、
「え? いや、別に」
あらぬ方向へ視線を逃がす俺って……アホウだぜ。
だが小ノ葉はちっとも気にしていない様子で、明るく振る舞う。
「おっけー」
おぉぉ。どうすんだ?
またまた盛り上がる変な期待――。
「くっそ――っ!」
こいつはことごとく裏切ってくれた。
スカートの内部で光の放射が始まり、何やらモゾモゾしたが、直ぐに沈静化。
「イッチ、お待たせ。今度は上の服。どれにする?」
超美少女が試着ボックスに入らず、俺の真ん前で生着替えを披露してくれているのに、どうしたんだこの盛り上がりの無さは。合コンに行ったのに男しか集まらなかったみたいじゃないか。
「はぁぁ~あ。もう何でもいいよ。お前の気に入ったやつで……」
デパートでお母さんの買い物が終わるのを待つお父さん的な、無駄な時間が経過していく。
何でこんなに疲れてんだろ……俺。
衣類に変化していく上半身を黙って見つめる俺。小ノ葉は上着から順番に肌に向かって複製して行くので、目に嬉しい光景はな~んもない。
ただ、こんなバカでスケベな俺でも、一つ理解したことがある。具現化……異様な状況ではあるが、物体をスキャンしてレプリカを作成すれば、サンプルは用済みになるようで、つまり見るだけで事足りるみたいだ。経済的というか味気ないというか。異世界人は結構エコだ。ウインドウショッピングだけで済むんだからな。
「ん?」
複製のサンプルとしては必要が無くなり、ぽいっと投げ捨てられた桃色の小さな逆三角形物体が、まだ足元に転がっていた。
これってこんなに丸まるんだ……。
再開した胸の高鳴りを感じつつ。さてどうしようか?
足の先で転がしてみる。
ふむ。気色よいな……。
〔もらっとく?〕
天使の意見を尊重し、拾い上げてポケットに突っ込もうとする俺の背後から、
『あー。小ノ葉はん! コイツ、パンツぱくりよるで。スケベなやっちゃなー』
スケベはお前も同罪だろうが。
《同志を売るなんて、この裏切り者!》
だが時遅し。ひょいと小ノ葉が俺の肩口から手を出して桃色パンティを摘まみ取った。
「これはだめ。イッチが欲しがるから盗られないようにって、おかあさんに言われてるの」
「……くだらんこと教えやがって」
続いてナデシコを睨む。
「お前はどっちの味方なんだよ」
『ワテは常に女の子の味方でんがな』
「でんがな……って」
小ノ葉は眩しいぐらいに映えていた。
上下共に本物の衣服を参考に、自分の体から複製した物を装着――着るではない。発生したでもいいかな――いや、身体の一部をトランスフォーマットする――でもいいか。工程はどうであれ、外見的にはどこからどう見ても本物そっくりだから、スタイル抜群の容姿は何を引っ付けても似合うのだ。
ギンガムチェック柄のコットンシャツを羽織り、その内は無彩色のキャミソール。しかもその胸をボィーンと突っ張らし、そして長ーい足に紺色のオーバーニー。目映い白い太股をあいだに挟んで、バラの花が編み込まれたストレッチレースが可愛い水色のフレアーミニスカートで閉じている。その姿は強烈に目を突き刺してきた。
「そのオーバーニーの色変えることできる?」
親父の好みだと言ったのが、どうも気に入らない。
「できるよー。見ててぇ」
ミニスカから突き出た長くスラッとした脚にぴっちりと張り付いたオーバーニーソックスが、まるで紺色の幕を引き上げるようだ。足元から太股に向かって色が変わっていく。
「ぬぉぉぉぉ。すげえ」
ネオンオレンジに変化したニーソで包み込まれた長い脚に視線が凝固する。ネオン系という眼を強く射す色合いをみごとに制するそのスタイルにしばし茫然。
「この色、イッチ好きでしょ」
「……うっ」
何も言い返せない。
男の思考を読み取って容姿を自在に変化させる……ファッションカメレオン。
なんてヤツだこいつ……。
あぁ。俺、ダメになりそう。
で、結局小ノ葉はお袋に買ってもらった衣服は宝物にすると言って、押し入れに仕舞い込んだ。
『よっし、パンツは下の段の白い段ボールの中やな』
おい。こいつは何を確認してんだ……。
【宇宙はいと広し(またまた3話)】へと続きます