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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
ナデシコと語らふ(ひとまず3話)
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 舘林さんからプレゼントされたヤマトナデシコがコテコテの大阪弁で語るという衝撃の事実を突きつけられて、俺は一輪挿しをを見つめて呆然としていた。


《見ろよ、あの可憐な花びら。まるで柔らかな乙女のまつ毛じゃないか。なのに ああぁ……ショック》

 悪魔が嘆くのも無理はない。俺の脳から清楚なイメージが無残にも崩れ去っていくのだ。


『うっさいなぁー。ほんまジブン、いっぺんシバキあげたろか。関西人を舐めとったらあかんで』

〔関西人じゃない、花だ。植物だ〕

《お、おい。あんな小さな花に喧嘩売られてっぞ》

 おうよ。急激に腹立ってきた。


「ちょっと訊くけどなー! お前の花言葉は『可憐』『純愛』じゃねえのかよ」

『知るか! 人間が勝ってにイメージしてるだけやんか。これのどこが可憐やゆうねん』

「お前が言うか?」

 とは言い返したが、もはや可憐の『か』の字も無い……。


『せやろ。みてみい。ワテのせいちゃうやろ』

「わ……ワテって……」

 自ら自身のイメージを崩し去ろうとする関西弁のナデシコ。

 大和だけに……大和撫子ぉぉぉ。


『はーはっはっはー。おもろい。関西の都の一つ、奈良の大和と掛けて、大和撫子……おもろー。ぶはははは』

 と、散々笑いこけたクセに、

『ふんっ! おもろないわ、アホ。ワテはな東大阪、生駒(いこま)山麓が出生地や。奈良漬なんかと一緒にせんといてや』


 イコマってどこだ?

『なんや生駒山知らんの? 西の六甲に対してそびえているのが、東の生駒や。遊園地が有名やろ』


 し、知らないっす。

『ほんまジブンあかんで、関西舐めとるヤロ。あ、まさかこの言葉遣い馬鹿にしてんのか? シバくで。え? ほんまシバキ回すで。関西弁バカにしとったたら、シバいた上に回されんねんで』

 い、いえ。そんなことはないっす。馴染みやすい言葉だなと常々思ってますから。


 どうしてあの時、このナデシコを選んじまったんだろうな……俺。


『ほんまかいな……まあそれならエエねんけどな。なんせフランスに長期滞在しとった人がゆうとったで。大阪人の気質はフランス人とよう似とるって』

 おーい。いいかげんな発言をすると叱られっぞ。


 キョトンしたまま固まる小の葉へと問う。

「おい、これはどういうことだ?」


『このネエチャンから特殊パワーが出てまっからな。それが原因とちゃいまっか?』


「俺は小ノ葉に訊いてんだよ」

 一輪挿しの花に向かって怒鳴ったのは生まれて初めてだ。


『へえ。すんまへんな。文句あるんやったら、ワテやのうて『スピモジュ』にゆうておくれや』

 奴は花の付いた枝を二本ほどぴんと反らして偉そぶった。


「何だよ、すぴもじゅ……って?」

『スピリチュアルモジュレーション。略してスピモジュや。オマはんの意識へ喋りかけてまんのや。耳から入ってくる声とちゃうねん』


「なんでそんなもんが……」


 小ノ葉は落ち着いており、当たり前のように言う。

「ここに来てから感じる大地のパワーだと思うの。あたしにはずっとこうやって喋りかけてきたわ」

『せや。マナの波長とこのベッピンさんが共鳴しとんのや』


 1分と黙ってられんようだな、ヤマトナデシコくん。


『なんべんゆうたら覚えんねん。ワテは生駒のハマナデシコや』

「うっせぇ! 人間様の会話に花が割り込んでくんな!」


『あーー。問題発言や! 差別や。オマはんそうやって差別しとったらいてまうド』

「分かったよ、ごめん。謝るからもちょっと静かに喋ってくれよ。頭の芯にズキズキくるんだよ。それでマナの共鳴ってなんだよ?」


『わからへん。ワテかって霊長類のヒト族と会話できることに驚きを隠せまへんねん』

「何が、驚きを隠せないだ。カッコよく言うな」


 とにかく問題は一つずつ解決して行こう。そうでなくてもややこしい進展になって来たのだ。


 みたび小の葉に訊く。

「それじゃあ、昨日公園でダリアに名前を付けていたりしたのは……」

「お花がそう言ったんだもん。でもこっちの世界ではそれが当たり前なんだろうと思っていたから、あたしはビックリもしなかったわ」

「野々村さんって……言ってたのは?」


「うん。イチョウの木の野々村さん」

「それも木が言ったのか?」

「そうだよ」


〔お――の――〕


『野々村はんって駅の北側にある公園のイチョウでっしゃろ?』

「知ってるのか?」

 大きくナデシコに翻る。


『植物界は地面を通してコミュニケーションしてまっからな、樹木族とも仲がエエねん。北側公園ゆうたら、野々村さんやろ。ほんで野坂さん、野上さん、野沢さん、野口さん、野崎さん。全部公園のイチョウや……ほんでから(けやき)の、山本はんに山口はん、』

「もういいっ!!」

 俺は喋り続けるナデシコの言葉を大声で寸断させた。


 なんてこった……。

 変身するだけでなく。植物とも会話するなんて……え? ちょっと待て。

「なんで俺にまでこの花の声が伝わるんだ?」


『それは小ノ葉はんの思考波がボンにも漏れとるからやろ』

「だから舘林さんの店にいた時は何も感じなかったのか……」


『そうでもないんやで。デビューしたいからみんなアピールしとったんやけどな』

「デビュー?」


『せやで。やっぱ花族は飾られることに喜びを得るんや。つまりデビューやがな。買うてもうた日には生き生きしてまっしゃろ?』

「よりにもよって、こんな花を貰っちまったわけだ」


『こんなってゆうなや。これも運命やボン。よろしゅうたのんまっせ』


「小ノ葉?」

「なぁに?」

「こいつ黙らせてくれ」

 小ノ葉は虚しく首を振る。

「お花の自由だもの。あたしのせいじゃないし」


『スピリチュアルモジュレーションにも限界がありまっからな。いつか聞こえへんようになるんちゃう?』

 意味不明、かつ俺には理解不明なセリフを吐いてから、話を変えやがった。

『――ほんで? 何をする気でしたん?』


 テメエで空気をぶっ潰しておいてよく言うよな。


「着替えようとしてたの」と小ノ葉。

『だれが? オマはんが? うひょぉーー。そりゃええ。どうぞお着替えやす』

 なんだかこいつ、俺と似た空気を持っていそうな気がするのだが。


 気を取り直した小の葉は、驚きにまみれる俺を横目で窺いながら、

「これ……穿くってどうやるの?」

 水色のミニスカートを摘み上げた。


『ヒラヒラを下にして、上から両足を突っ込みまんねん。ほんで腰まで上げたら、フォックで止める。簡単なこっちゃ』

 俺は机の上の一輪挿しをゆっくりとすがめた。

〔花のくせによく知ってやがるな……〕

《マジな》


「めんどくさいね。こんなの具現化したらいいのよ」

 今度は声の主である小ノ葉へ視線を戻す。

「そういえば、手鏡に変形させるところは見せてもらったが、服を出すところを見せてもらってないな」

 そう尋ねたのは、にわかに浮き出る煩悩の数々がそうさせたのだ。


〔どういう意味だよ。オレ?〕

 あのな。服を出すには今着ているTシャツとかがどうなるかだ。いったん消えて、それから新しいのが出るとしたら、どうよ?

〔そうか。全裸になる可能性があるな〕

《なるほど。今着てるヤツがじゃまになるもんな。露出していない肌が見られるワケだ……むほほほほほ》


 俺の人格三者会談が催されている目前で。

「のあああああっ!」

 今日は朝から叫びっぱなしだ。

 俺たち(悪魔と天使含む)の期待は大きく外れ、Tシャツの裾周辺からおかしな動きが始まっていた。


 最初は腹部に沿って、小さな光の粒が敏速に周回を始めた。それが胴の周りを時計方向に回転しながら強さを増して、みるみる体から離れると共に、水色の物体がその後を追って外に伸びていく。それがはっきりとスカートの胴回りだと認識できるあたりから、急に多くの枝を生やし始めた。


 枝の先端はさらに急激にかつ大量に枝分かれし、青白い光を発してぐいぐいと成長していった。まるで芽が出て育っていく植物の群生を早回し再生で見ているようだ。あっという間に、腰の辺りからフレアーミニスカートが生えた。まさに生えただ。穿くではない。()やす、だ。


 手の先が手鏡に変身したのとはまったく異なる、大掛かりな変化だった。

「すげぇぇぇぇ」

 目前で具現化する驚愕的な動きは、俺の冷静かつ聡明なる思考を圧倒し、脳髄は知的活動を停止。言葉すらまともに出そうとしなかった。でも今の現象を強いて捻り出すとしたら、

「魔法だ……」

「あのね。可変種にとってこの具現化は物理現象なの。魔法じゃないわ。……あ、と言うことは」

 小の葉はいったん言葉を区切り、目を見開いた。

「じゃあ。やっぱりこっちには魔法があんのね」

 こっちはあいつの話なんて上の空。何せ、目の前でサンプルとまったく同じ物がヒラヒラしてんだ。なかなか興奮が醒めない。


『ようにおてまんがな……』

 臭う?


『アホか! 似合うちゅうてまんねん』

 関西人に咎められた雰囲気だが、相手は、ヤマト……じゃない。

 何か言い出しそうな花を一瞥して、

「俺もハマナデシコと同じ意見だ。よく似合ってる」

 小ノ葉に告げた。


 なんで花に気を遣うかなー。俺って。


「ねえ。イッチ? 聞いてる?」

 水色のミニスカを体から生やした、穿いたではない、生やした小ノ葉にすがりつかれて我に返る。

「ね、ね。こっちの世界では魔法使うんでしょ?」


『そんなもん、おまっかいな』

 ナデシコを横目で睨みながら、俺も声をそろえる。

「魔法? あるわけねえだろ。でもみたいなもんはたくさんある」


『なんやそれ?』


 俺の興奮もまだ醒めないけど、小ノ葉のほうは別の路線を突っ走っている。

「ね、ね。それってどんな魔法?」

『ほんまや。なんやねん?』


「あのよ。小ノ葉……」

「ねぇ。どんなの?」


「はぁ? 知らねえよ」

「もう。イッチのいぢわる……」


『あー。コイツごまかしよるで。口に出した以上責任もたんかい。それか子供騙しみたいなことゆうて、笑いを取ろうとしてんのとちゃうやろな!』


 小ノ葉は少し声音を落とすものの、すぐに明るい笑顔と入れ替えた。

「そっか内緒なのね……。そうだよねぇ。そっかぁ。簡単には教えられないか……でもさ、いつか見せてねイッチ」


「お前ねー。花が喋ってくるのによく平気だよな?」


「植物族はずっとお話してくれてるもの」

「それももう聞いた。でも俺は生まれて17年間話しかけられたことが無いぞ」


『嫌われ者やからやろ』

「のヤロウ。花びら毟り取ってやろうか!」


『おー怖ぁ。冗談の通じひんボンやデ』

「頼むからちょっと静かにしてくれ」


『1分黙ったら根腐れしまんねん』

 俺はぐいっと体を捻って後ろに振り返ると、一輪挿しからナデシコの花を抜いた。


「このままゴミ箱に叩き込むぞ」

「やめてあげて。かわいそうよ」

 小ノ葉に飛びつかれて中断。


『わかったがな、ボン。ほんで深刻な顔してどないしたんや?』

「これから最重要課題に取り組まなきゃならんのだよ」

 そう。スカートの中におけるパンティの存在を異世界人にどう説明するかだ。


『ほんまやな。そりゃ難問や』


 時と場合によっては、ついに眼前することができるかも知れないのだ。

『何をでっか?』


 パンツのさらなる内側をだ。

『うぉぉぉ!』と叫んだのはナデシコで、

〔鼻血ブーっす〕は天使。

《激おこちんちん丸、浮上せよぉ!》

 ナデシコまで混ざって俺の人格は大騒ぎだった。

  

  

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