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異世界の美少女はかくあれかしと思ふ  作者: 雲黒斎草菜
朝から物申す(さらに3話)
12/63

3/3

  

  

 小ノ葉の見せたイリュージョンは――もう、手品と言っておこう。何されたって眉唾物さ。とにかくひどい誤解をした小ノ葉を説き伏せるしかない。

「あのな。この日本では大地のパワーも、魔法や魔力も無い」

「ウソ吐いてもわかるわ。さすがは異世界よね。いきなり魔法を掛けられるとは思ってもいなかった」


 何度説明しても小ノ葉はこっちの世界が異世界だと言い張り、魔法を掛けられたのでこんな能力が芽吹いたと、まあ、それについては喜んでいるのだが、俺は納得なんかできるハズなどない。


「その顔だとまだ信じてないわね」

 はい。ご名答……。

 フトンの中にあった大量のスライムは、夜這いに来た俺を脅かそうとしたヤツさ。手鏡やさっきのタオルは手品とそう変わらん。


 俺の頑固で凝り固まった思考はどうしようもない。常人ならここで意識を失ってぶっ倒れるか、慌てふためき逃げ出すとか、パニクるヤツがいそうだが、俺は違うのだ。何度も言おう、脳内が保険体育系の人間には魔法もアホウも無いのだ。目の前に可愛い子がいれば、それでオッケーなのだ。


「だから魔法なんてないって。魔法使いはお前なんだ。それが開花しただけだ」

「うそ吐かないで。あたし知ってるのよ。こっちには魔法があるのよ」

「ねーの。そんなの信じてるのは、幼児か厨ニ病だけだ」


「うそばっかり。村長さんの研究によると、」

「それだ!」

「なに?」


「村長さんって誰だよ」


「村の偉い人だよ」

「そのまんまじゃねえか」

「そ。偉い学者さんでね。お弟子さんたちは宇宙の研究もしてたわ。それによるとどこも似たようなモノで、それまで自分たち可変種が異質な分類に入るとは思ってもいなかったのよ。でも村長さんが量子特異点を人工的に作れる技術を確立して、異世界の日本を発見した時からなの、不変種のほうが多い存在だと研究で解ったのよ」


《気を付けろ。厨ニ病のたわ言が爆出してんぜ》

 おうよ。分かってる。


「その村長さんが授業で教えてくれたの」

「なんて?」

「異世界の日本では、夜になったら邪悪な魔道士がやって来て、地獄へ連れ去るんだって」

 ばーか。


「ちゃんと調べていたから間違いないわ」

「どうやって調べたんだよ」

「インターネットとかいうネットワークを発見したんだよ」


《ほらみろ。都合よくなってきたろ》

 だな。


「そんなある日、村長さんが量子特異点を反転させる実験を見せてくれたの。その時にあたしが巻き込まれたってわけ」

「事故か……」


「そうよ。空間のめくれた先にある、あたしの日本と異世界の日本と繋がったのよ」

「異世界じゃねえって」


 俺は指をチッチッチッと振って言ってやる。

「ならば、そこを通れば帰れるんじゃね?」

「普通ならね」

「そうしろよ」

「だめなの。理由は知らないけど、それがあたしのお腹にあるの。だから物を吸い込み続けてるの」


《なるほどな。自分の腹の中にどうやって入ればいいんだ?》

〔え? こうやって屈んで……あ。無理か〕

 実演しないと分からんの? 体育会系はつらいな。


「解った? 空間が(ねじ)れるってそういうことなのよ」


 もう無理だ。だんだんと頭が痛くなってきた。

 空間がめくれるって、どう考えてもイメージできない。それでも動かない俺の脳細胞に、搾りカスみたいな神経伝達物質を注ぐ。

「空間がめくれるって、紙がめくれるようなもんか?」


「紙じゃないよ。空間だよ」


「空間ってこの(ちゅう)のことだろ。それがめくれる? 切り取ってひっくり返すってこと?」

「ううん。そんなんじゃないわ。そのままめくれるの」


「空間だぜ……?」

 おい。悪魔でも天使でもいい。俺に解るように説明してくれ。

《オレに訊くな》

〔オレはパスね〕


 目の前が暗くなった。脳細胞に必要以上の血液が流れ込むと、人格崩壊するんだ俺。

 物理の授業が始まったら、だいたい気を失っているからな。


 頭を抱え込みながら、上目遣いにピンクのパジャマ姿へ問う。

「小ノ葉……」

「ん?」

「お前……何者?」


 小ノ葉は何だか楽しげに声を張る。

「あたしは量子特異点を通って向こうの日本から来た可変種の、δΨィ――――です」

 鼓膜が猛烈に圧迫され、扉にはめ込まれていたガラス板に、ピシリと音を出して亀裂が走った。


「っ!」

 超音波だ。人の声でガラスにヒビを走らせることはほぼ不可能だ。


〔割れたら危険だな――〕

 熱暴走を起こした脳細胞は天使の思考を停止。

 観点がずれたことすら気が付かない。

 無理やり頭を振って覚醒させる。


「お前いつから地球にいるの?」

「太陽が沈んだのを見たのは2回だけ」

「と言うことは、おとついの夜はどこにいたんだ?」


「次元転移でこっちへ飛ばされた時は一人ぼっちで心細かったわ。どうすることもできなくて、そのうち太陽が沈んで夜になっちゃって、このままでは魔道士に悪魔の世界に連れ去られるかと思うと、怖くて駅の向こうにある公園で震えていたの。そしたら野々村さんが木になれば魔道士に気付かれないって教えてくれたから、落ちていた葉っぱから分子構造を探ってイチョウの木に変身して朝まで隠れてたのよ」


 どこの野々村さんか知らないけど、余計なことを言ってくれたもんだぜ。



 そう言えば、昨日の夜、居酒屋から帰って来た親父が、イチョウの木が1本多いって騒いでいたっけな。酔っ払ってたから誰も相手にしなかったけど、あれって小ノ葉だったのか?


 しかし夜になるたびに変身されていたら、おもしろくねえよな。

「おもしろい? やっぱり夜に何かあるのね? 魔道士? 邪悪の悪魔?」


「あ? あ、いや。なんでもない。でも邪悪っちゃ邪悪かも……あ、いやいや、そんなことない」

 すげえ怖い顔で覗き込む小ノ葉に手を振って否定し、急いで話を逸らす。


「それより。なんだよその邪悪の魔道士って?」

「ちゃんと村長さんが調べてんのよ。異世界では夜になる魔道が開けるんでしょ?」

「マジで厨ニ病じゃないか。どこのサイトを覗き見たんだよ。魔道?」


「言っとくけどあたしは病気じゃないよ。夜現れるのは悪魔なの。イッチは白道? 魔道?」

 うう。天使と悪魔を併せ持つから灰色かな? なんて言えるかよ。


「何べんでも言ってやる。ここは異世界じゃない。異世界はお前のほうだ。体が変化するって、そっちこそ魔法じゃん」


「あたしはこれで普通だもの」

「普通じゃねえ。お前ダレ? 生命体? 俺たちは体を変形させることはできないんだぞ」

 おっぱいぽよよんに期待していたのに、偽物だったと思うと涙が出るほど悔しい。


「イッチだって、さっきお腹の下が固くなってたよ。可変種なの?」


「わあ――お。激おこちんちん丸がバレてたぜ!」

《やっばい。オレって可変種だったんだ。知らんかった》

〔バカヤロ。変身はせんワ。落ち着け!〕


 慌てて取り繕う。

「ばーか、あれは生理現象だよ」

「よく分かんないけど魔法じゃないの?」

「ワンドバトルなら今すぐにでもできるぜ」

 って。下ネタはもういいか。


「……どんな形にもなれるのか?」

「ほら見て」

 小ノ葉は俺の前で舞うように全身を見せてくれた。

「イッチの理想的な女の子に変身してるでしょ」


「………………」

 誠にそう思う次第である。

 異論はまったく無いが、一応念を押す。


「お前、オンナ?」

「こことは全く違う日本から来たけど、これだけは言える。あたしはオンナよ」


 よっしゃぁ。女だ。

《よく言い切ってくれたぜ》

〔オンナなら無問題(モウマンタイ)だ〕


 紙一重で三者が合意した。ようやく安堵する。

 それよりお前ら都合が悪くなると消えるクセにこいう時はしゃしゃり出てきやがって。

 ま、いいか。俺だもんな。

〔そうさ。可愛いオンナなら。すべてオーケーさ〕

《それよりさ。もう一つ気になるコトがあるんだろ? 訊いてみろよ》


「あのさ……細かい部分も女の……えっと。か、身体になってんのか?」

 慌てるな俺。


「イメージさえできれば完璧なのよ」


 腕の先に出来た手鏡は本物だった。となったら女子のボディなど朝飯前だと言いたいわけだ。


〔やったぜ。よく見てみろよ。均整の取れたプロポーション。おとなしそうな性格。何だか俺の庇護欲も掻き立てられるし。おっぱいはポヨヨンだし、おケツはプリップリだぜ〕


 よーし。


 俺は決心した。理解できないものには恐怖は湧かない。俺の価値観は揺るがないのだ。可愛けりゃドンと来いだ。宣言してやるぜ。

「今日からお前を俺の彼女にする!」

《いいねー》

〔なー。相棒〕




「――にしたってさ」

 改めて思う。


「同じ日本でも特異点とかを通ると変んなもんだな」

「あたしも同感。不変種って不便そうでさ。下の部屋だって、雑多な物で埋まってるもの」

「そっちは体が自由になるから道具が不要なのか? 箸も無ければお椀も茶碗も無いわけか」

 手掴みで牛丼を横取りされたことを思い出した。味噌汁も手の平をお椀型にすれば事足りるわけだ……。


 道具も生活必需品もない世界。それって石器時代か? あいや違うな。道具が無いのではなく必要が無いんだ。

〔意味解らんぜ〕

 ああ。同感だ。


「なんだか荒涼たる大地にスライムがウヨウヨって感じで、殺風景だろうな?」

「なに言ってんの。こっちの日本より統制が取れた整然とした世界なのよ。あたしたちは死んでも大切に使われるからね」

「死んでも使われる?」


「そ。あたしたちは変身したまま死ぬとその状態を維持するから、死を悟ると何にかに変身して生涯を閉じるの」

「まさか……」

「世の中の役に立って死にたいって思わないの?」


「思う……」


〔オレは思わんね〕

 おいおい。お前、天使捨てたの?


「でしょ、死んだ後も都市の一部になったり、道具のまま大切にされて使い続けられていくわけよ。だから無駄死にって言葉が無い。おかげで今や日本は大都会なんだから。ビルだって建ってるし高速道路にはクルマだって走ってるわ。こっちとは全然形が違うけどね」


「それじゃあ。死人の街じゃねえか。お墓に住んでるみたいだ」

「お墓って?」

 そっか。墓場って無いわけだな。先祖代々が身を以て築き上げた町なわけだ。


「考えも及ばないな。異世界の日本……」

「こっちの日本では人は死ぬの?」

「そりゃ当然だろ。でも固形物にはならん。死んだら土に還る……」

 この説明で間違ってないよな。


「もったいないわね。異世界人って」


「…………」

 意味わかんねえ。

〔オレもー〕

《天使に同じ……訊くんじゃなかった》

 脳内が保険体育一色の人間には何をどう説明めされても、あらかじめ土台ができてないから理解できないのだ。


 しかしこのまま放っておくというのもまずい。でもどこまでが厨ニ病のたわ(ごと)で、どこらあたりがマジなのかの区別がつかない。だいたいオレの不得意な分野の話ばかりするし――とりあえず小難しいところは幼馴染みのキヨッペに相談するとして、ひとまずここは納めよう。アイツならたちどころに解決案を出してくれるだろう。


「地球へようこそ、ETくん」

「あたしは地球外生物じゃないよ。地球の日本人なの」

「裏のな」

「裏とか表は無いわ。量子特異点を境にして異世界どうしが繋がったのよ。どっちも日本なの」

 小さな口を尖らせる仕草は、どこからどう見ても、純然たる美少女だった。


「わかった、わかった。ここは一つ協力し合って、互いの利益を共有しようではないか」

 こっちの利益と言えば一つしかないけどね……。


「あたしは村長さんが帰る方法を見つけるまで、ここに一人ぼっちなの。お願い、イッチのそばにいさせて。悪いことしませんから」

 必死で懇願する小ノ葉を憐憫の眼差しで見つめていたら、庇護欲がムクムクと頭をもたげてきた。


「よっし、俺だって男だ。こまった女子を窮地に立たせることはしねえ」

 偉そうに言い切ってみたが、視線だけは小ノ葉の胸から剥がれなかった。


「差し当たって直面してんのは食糧問題だな。その腹に入った物は消化されるのか?」

 小ノ葉は悲しげに首を振る。

「あたしだって本当は小食なのよ。食べた物はどこかのホワイトホールから出るんだと思う」

 また小難しい単語を並べやがって。ホワイトホールって何だろ。これもキヨッペに訊いてみよう。


《それじゃあどうする?》

〔だよな……〕

 俺は腕を組んで沈思黙考に入った。


 夜の挙動が不気味だが、あとはおおむねオッケーだ。

 つまり夜だけあの部屋を開かずの()にして、誰も近づけなければ上手くいく。昼間がこれなら文句は無い。俺って懷が深いよな。

〔おうよ。深い深い。天使もそれに賛成だ〕

《悪魔も同じっす》


「うれしい。じゃあさ、昼間はこの格好を維持することを約束するから、夜のスライム化と夢見て変身するのは大目に見てね」

「ああ、いいぜ……てぇぇぇ! それだ。どうして俺の心が読める?」


「だって、おじさんとイッチだけは思考波がだだ漏れなんだもん。他の人は何も聞こえないわ」

 なぜ漏れる?

〔互いに共通するところは……スケベの部分だ〕

《それって遺伝だよな》

 でも、訊かずにして親父の考えが解かるってのも便利だ。


 結局、何だか訳の分からないところに答えを導き出して、

「よし、だいたいは了解した。夜だけ封印だ。昼ならいいんだ」

 異星人だろうが、異世界人だろうが、これだけの美人なら少々の無理は聞いてやる。


 どういう理論だか理念だかわからないが、俺はひどく燃えていた。青春真っ盛りなのだ。


「いいか、飯は俺の食べる量よりちょっと少ないぐらいで我慢しろ。夜のスライム化は誤魔化しがきくが、これだけはどうしようもない」


 それとこれも忠告しておかないといけない。

「あとな、風呂の水は飲むな。汚いからな」

 そういう問題かどうかは、知らんが……。


「それから俺より先に寝るな。スライムになった気持ち悪いお前を見たくない。だから俺より後から起きてもいかん。いつも綺麗にしていろ」

 何だこれ? 関白宣言じゃね? 古いなぁ。



「カズト! いちゃつくのもいい加減にしろよ。味噌汁が冷めちまうだろう」

 階下から叱り上げる親父の声が届いたところで、朝の作戦会議は終了。居間へ下りた。

  

  

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