ある画家の見たドイツ海軍特殊作業練習艇
以前書いた「画家アドルフ・ヒトラーの描いた日本陸軍ド式練習機」と同じ世界の話です。
1930年代のある日、二人の男が、ドイツ海軍の軍港にいた。
一人は、それなりに名の知られたドイツの画家であり、もう一人は、第一次世界大戦において、ドイツ軍の戦闘機のパイロットとして活躍し、「撃墜王」の称号を持つ男であった。
「あれが、君が私に見せたかった物かね?撃墜王」
「そうだよ。画家」
撃墜王が指差した先にある軍港内の海面に浮かぶ物を見て、画家は驚いた。
「あれは、どう見ても、飛行艇じゃないか!?完全なヴェルサイユ条約違反だろ!?」
先の欧州大戦で敗北したドイツは、ヴェルサイユ条約により、厳しい軍備制限をされており、その一つが軍用航空機の製造・保有の禁止であった。
ドイツ海軍が飛行艇を所有していたら、完全なヴェルサイユ条約違反である。
「違う!違う!画家!あれは『飛行艇』じゃない!飛行機じゃなくて船だ!『特殊作業練習艇』と言うんだ!」
「特殊作業練習艇!?何だ?それは?飛行艇を何と言い換えても、翼とプロペラがあるあれが『軍用航空機』には違いないだろ!このことが、フランスかイギリスにバレたら、どんな制裁を我がドイツは受けるか……」
「画家、とにかく、いったん、落ち着け、あれが動いているところを見てくれ」
停泊していた「特殊作業練習艇」は、プロペラを回して海面を滑走し始めた。
滑走して、離水して、飛び立つ…… と、画家は思っていたが、いつまで経っても「特殊作業練習艇」は離水せず、海面を滑走したまま軍港から出て行き、画家の視界から消えた。
「何だ?あれは?いつになったら飛ぶのだ?」
「画家、あれには『翼』が付いているように見えるが、あの翼の形状では、空を飛ぶために必要な『揚力』が発生しない。あれは見た目は『飛行艇』だが、空は飛べない。水上を移動する『小型艇』なんだ」
「何故、そんな船が存在するのだ?」
「ああ、それはだな……」
撃墜王は画家に説明を始めた。
ヴェルサイユ条約により、ドイツは軍用機の製造・保有を禁止されている。
だが、将来の航空戦力再建のために様々な手を打っていた。
その一つが「特殊作業練習艇」であった。
「あれは空は飛べないが、内部機器などは飛行艇と同じだから、艇内では飛行艇を運用するのと同じ作業が必要になる。要するに飛行艇の操縦を条約を潜り抜けて訓練するための艇なんだ」
「なるほど、『特殊作業』と言うのは『飛行作業』のことなんだな?」
「その通り」
「ところで、撃墜王。君が画家としての私に注文したのは、あの特殊作業練習艇の絵画を描いてくれとのことだったが、その理由を聞いてもいいかね?」
「あれは、航空機では無いが、イギリスやフランスに存在が知れたら、『ヴェルサイユ条約違反だ!』と、難癖つけられるだろう。だから、写真一枚残せない。そこで、君に絵画という形で残してもらいたい。写真でなく絵画ならば『実在しない空想の物を描いた』と言い訳できるからな」
「分かった。だが、引き受けるには、一つ条件がある」
「条件?何だい?」
「君は日本に行く予定なのだろ?私も連れて行ってくれ」
「画家!知っているのか!?一応、軍事機密なんだぞ!?」
「先の大戦の時には、私は陸軍伍長だったからね。今も軍に所属している戦友もいる。そこから聞いた」
「なるほど、それなら隠しても意味がない。日本政府・軍部と提携して将来の空軍再建のために、日本にドイツ系の民間航空会社を設立して、ドイツ人のパイロットと航空機製造技術者を送ることになっている」
「撃墜王、それでは君は、元戦闘機パイロットとして、戦闘機の教官になるのか?」
「いや、日本では新しいことに挑戦する」
「新しいことに挑戦?何にだね?」
「日本の海軍航空隊で、水上機や飛行艇の運用方法について学ぶつもりだ」
「ドイツ陸軍の戦闘機パイロットだった君が、何故に日本海軍に?」
「下見のために日本に行った時、水上機や飛行艇に乗る機会があった。それで、陸上を飛ぶのと、海上を飛ぶのとでは違う技能が必要になることが分かった。将来の空軍健軍のために様々な準備をしているが、陸軍出身者が多い。将来、空軍を健軍した時、『空を飛ぶものは全て空軍の管轄だ』と、言って、海軍航空隊まで空軍の管轄にして、海上航空兵力を軽視するヤツが空軍のトップになるかもしれん。それを防ぐためにも、私がドイツ海軍航空隊でトップに立つつもりだ」
「なるほど、それが君が日本でする新たな挑戦か、私は画家として、日本でキョートやナラという都市にある古代からの神殿を描くことに挑戦するつもりだ」
「進む道は違うが、お互い頑張ろう!」
二人は固い握手を交わした。
はい、これが、この度、発見された二十世紀ドイツの誇る画家アドルフ・ヒトラーが書いたメモ書きと思われる物です。
読書家としても知られるヒトラーは膨大な蔵書を残しました。
その蔵書の一冊に挟まれていた一枚の紙片に書かれていたのが、これです。
署名はありませんでしたが、筆跡鑑定と指紋照合により、ヒトラー本人が書いた物と断定されています。
小説のように書かれたメモ書きの「画家」は、アドルフ・ヒトラー本人であり、「撃墜王」は、ヘルマン・ゲーリングであり、フィクションではなく、現実にあったことを書いた物であることは、歴史家たちの研究結果から間違い無いと思われます。
このメモ書きに書かれた「特殊作業練習艇」は、ヒトラーは約束通り、絵を描きましたが、残念ながら第二次欧州大戦の戦災により焼失してしまい。「特殊作業練習艇」の外見が分かる唯一の資料は失われてしまっています。
第二次欧州大戦におけるゲーリングの活躍について語っておきましょう。
第二次欧州大戦は、ソ連のポーランドへの一方的な侵略によって始まりました。
ソ連邦は「全欧州の武力による共産化」を目指していました。
ソ連の侵略に備えて、イギリス・フランス・ドイツなどが中心になって欧州軍事連合が結成されていました。
ドイツは再軍備し、ゲーリングはドイツ海軍航空隊総司令官となっていました。
ゲーリングは日本海軍の零戦や一式陸上攻撃機をライセンス生産して、海軍航空隊に導入しました。
両機の特筆すべき活躍は、史上初の航空攻撃による戦艦の撃沈となったソ連海軍戦艦ソビエツキー・ソユーズの撃沈でしょう。
ゲーリング率いるドイツ海軍航空隊は、ドイツ海軍の水上艦隊や潜水艦隊との連携も良く、レーダー提督やデーニッツ提督は、ゲーリングを賞賛する言葉を残しています。
その反面、ドイツ空軍とは軋轢があり、ドイツ海軍航空隊とドイツ空軍は、碌に共同作戦もできませんでした。
ゲーリングが空軍総司令官となっていれば、陸上と海上のドイツ航空戦力の統合的な運用ができたと言われています。
さて、最後に「特殊作業練習艇」について語ることで、締めくくりとさせていただきます。
特殊作業練習艇で訓練していた軍人たちからは、「ニワトリ」というアダ名で呼ばれていました。
空を飛べないことを自嘲した言葉のように聞こえますが、実態は違います。
ニワトリは、昔は一般家庭で卵や肉を食べるために飼われていました。
ニワトリの卵や肉は貴重な栄養源でした。
それになぞらえて、「ニワトリ」で訓練した経験をドイツ海軍軍人は自らの血と肉として、いつか大空に向かって飛び立てる時が来るのに備えていたのでした。
特殊作業練習艇は、ドイツが再軍備した時に全て廃棄されましたが、立派にその任務を果たしたと言えるでしょう。
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