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最終章 “So Into You”〔1〕



 授業の終了を知らせるチャイムが鳴っている。

 その音を、体調が悪いわけでもないのに、こうして保健室の布団にくるまって聞いているなんて全く私らしくない。眠ってしまいたいのにできないまま、もう何度目かわからない寝返りを打った。




   やさしいキスの仕方〜You Give Me A Tender Kiss〜

   最終章  “So Into You ”




 先生の気持ちを聞いたあの日から、数日。眠れない夜が続いていた。

 その数日間ずっとやきもきした様子だったユキが、ついに今日世話を焼いた。よりにもよって月原先生の授業中に手を挙げ、私を保健室にと発言したのだ。


 ユキの責めるような口調に、私の方がたじろいだ。

 彼女には詳しいことは何も伝えていないから、先生が悪いと勘違いしたのかもしれないけれど。


 保健委員、とそれだけの言葉を返して板書を続行する。

 そんないつも通りの対応で流しながらも、彼は教室前方のドアの前に歩いてきた私を、横目にちらと見遣った。目が合った瞬間、また思い出してしまって慌てて目を伏せた。


 そして今も、また思い出している。

 私は相変わらず、ずるくてどうしようもない。

 拒否をしておいて、先生の気持ちも考えずこうして何度も意識的に思い出そうとしている。思い出すたび、胸が締め付けられて、苦しくて、でも……とても満たされたような気持ちにもなっているのだ。


 ――ごめんなさいと告げ、先生に頭を下げて。

 そして私は、タカシを追おうとした。

 でも、先生はそれを許してはくれなかった。


 あの準備室から逃げ出そうとして、追われたのなんて初めてだった。

 すぐに捕まって、背後から強く抱きしめられる。


 ――“物分りのいい対応をするのには、慣れているけどね”


 不意に、先生の指先が私の髪をよけて、露わになった首筋をつっとなぞる。

 驚いてびくりとしても、当然離してくれない。こそばゆい感覚は、私の心を煽り立てた。


 ――“今は、できない”


 そう言って、指で辿った跡を埋めるように、先生は私の首筋にキスをした。

 硬直して目を見開く。柔らかくて熱い感覚に、戸惑う身体はぞくりと震えて、ただ混乱した。


 焦れそうなほどにそっと、優しく触れていく先生の唇。

 それはやがて首筋から滑るように移動し、耳元に寄せられる。

 近くに感じる吐息に、強く跳ねる心音。彼はもう一度私をぎゅっと抱きしめて、そしてとても優しい声で、再び告げた。


 “君が好きだ”と。


「……っ」


 聞いた瞬間、我を忘れるほどに、切なく胸が高鳴った。

 あの時と同じように、身体が熱を帯びる。


 試されているような気がした。

 もう一度、私が同じ答えが出せるのか。


 だからこそ、早く何か答えないといけない、そう思った。

 本当に拒否すると決めたのなら、何度でもはっきりと言うべきだった。

 でも何も言えなかった。……ううん、違う。言いたくなかった。


 そして、私は――


 しんとした保健室で、耐えるように布団を握りしめ、私は目を固く閉じた。

 タカシをやり過ごすために、先生にこの保健室に連れ込まれたのも、つい先日のこと。

 だけどほかの生徒もいて、昼間の明るさに包まれた今のこの保健室は、あの時とはまったく別の部屋のように感じる。だから彼のことを思い出す条件にはならないはずだ。


 ――何も考えたくないときは眠ればいい。

 眠りたいときは何も考えなければいい。

 頭をからっぽにする努力をしていると、やがて眠気が静かに降りてくる。


 ああ、よかった。このまま眠れそうだ――。

 抗うことなく意識をよくわからない夢に投げて、随分眠り込んだような気がしたころ、はっとして目を覚ました。カーテンに囲われているから時計は見えなくとも、時間がたってしまったのがわかる。部屋が夕方くらいの薄暗さなのだ。


 保健の先生、どうして起こしてくれなかったの……。

 心の中で悪態をつきつつも、ベッドから降りて布団を整え、乱れた髪を掌で撫でつけて、まだ少し寝ぼけているような気がしつつもカーテンの仕切りから出る。


 生徒はもう誰もいないようだけど、保健の先生はまだそこにいた。


 さすがの優等生な私も文句の一つくらい言ってやろうかと思った。

 授業を全部休むつもりなんてなかったのだ。けれど、近寄ってみて私は絶句することになる。保健の先生の席に座っているのは、よくみると保健の先生ではなく、月原先生だった。





次回更新は1月22日(水)夕方です。

ぜひまた読みに来てくださいね!



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