第十四章 “Tactics Of The Love”〔5〕
私は思わず目を見開き、言葉を失った。
予想外だったわけじゃない。薄々感づいては居たし、そんな想像をしては心を乱してきた。だけどそれをはっきりと言葉にして伝えられる日が来るなんて、思っていなかったから。
――“君が好きだから”
なんの飾り立てもない、そのままで、シンプルなたった一言。
ストレートに物を言う人じゃないのに。
だからこそ、彼が口にしたその気持ちは、どんな台詞よりも私の心を揺さぶった。
「私、私は……」
制服を握りしめながら、言葉に詰まる。涙が次から次へとあふれ出した。
はっきりと言葉にされただけで、こんなにも心に響くものだろうか。
ううん、違う。おおげさじゃなく、そこから通じ合っている気がしたから。
幸せだった。同じ気持ちでつながって、ここにいること……。
先生の気持ち、すごく、すごくうれしい。
先生に想われて、私はなんて幸せ者だろう。
このまま先生に想われて、私も先生を想って、想い合って。
そうやって一緒にいられれば、どれだけ幸福になれるだろう。
だけど……
「私は……」
好きなんだと。ずっと気持ちは変わらないんだと。
言いかけたその言葉をぐっと飲み込み、視線を無理矢理外した。
「……生徒だから」
それだけ告げた瞬間、空気が重くなった気がした。
――本当に、それが私の答えなの?
一瞬の迷いが私自身に問いかけても、どうやっても否定できなかった。
だってこれは当然の答えだ。覚悟を決め、私はしつこいくらいにこの姿勢を貫いてきた。臆病で、保守的で、でも一番の最善策である選択。
私の幸せのために、先生を犠牲にできない。
誰よりも愛しい人だ。だから、犠牲にするなら自分を選ぶ。
私が気持ちを殺すことなんて、ささいで簡単なことなのだ。先生が仕事を失うことに比べれば……。
ずっと大人になりたいって、そう思ってきたのに。
先生に想いをぶつけていたあの頃みたいに、子供でありたかったなんて、今はそんなことを想っている。自分の心だけを貫き通し、その他のことなんて何も目に入れず、がむしゃらに幸せを手にしたかった。
でも私はもう、先生と出会ったころの、ただひたむきなだけの私のままではない。
何度も私を突き放し、かたくなであった先生から学んだこと。
立場とか世間の目とか、理解したくなかった、わかりたくなかったその意味を、わかってしまったから。心を埋め尽くす激しい葛藤に苛まれながらも、私はもう分かっている。そしてもう決めてしまっている。自分の取るべき結末を。
一緒にいたい。だけど、できない。
彼は社会人なのだ。仕事や立場、社会的地位。
それらをすべて失くして生きていくのは、どんなにつらいことだろう。
そんなリスクを、とても背負わせられない。
――“君が、生徒じゃなかったら”
今頃になって、いつか先生に言われたことの意味を思い知る。それはとても、重い言葉だったのだ。
「先生が、センセイじゃなきゃよかったのに……」
涙混じりに呟いて、私は唇をかみしめた。
やっぱり、私はまだ大人にはなれていない。
こんな時、心を、表情を隠すすべを持たない。
大人になるということを覚えつつも、完全な大人には程遠い。中途半端だ。
だからやっぱり、この選択はきっと正しい。
「ごめんなさい先生……。私には先生を、選べません」
表情を隠す代わりに、私は深々と頭を下げた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次話から最終章となります。次回更新は1月18日(土)夜か、1月19日(日)夜です。
今後は週二回ペースで更新します。完結は二月の予定です。
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