第十四章 “Tactics Of The Love”〔3〕
先生と居ると、いつも返す言葉に迷う。
慎重にならなければ、すぐに見抜かれてしまうような気がするから。
先生は戯れているだけだ。いつもそうなのだ。だからまんまと乗せられて動揺する必要なんてない。
「図書室の仕事って何ですか?」
結局この状況で私ができることと言えば、こうして話を逸らすくらいだった。
「ああ、仕事なんて別にないよ。中山が血相を変えて、君を助けてやれと呼びに来たから」
予想通りの返しにひたすら恐縮するばかりだ。
ユキは私のことを想ってやってくれたわけだけど、こういう押し付けみたいな迷惑のかけ方は好きじゃない。
「すいませんでした」
「謝らなくていいよ。別に君を助けようと思って来たわけじゃない」
ふとして先生を見ると、そっと肩を押される。
そのまま私を追い越して、扉に手をかけた先生がぽつりと言った。
「君と彼の名前を聞いたら、邪魔してやりたくなったから」
開かれた扉の向こうから、薄暗かった室内に光が差し込んで、反射的に目を細める。
背中からでは見えない、彼の表情を予測して心を乱した。
二人きりの部屋を出れば、結局教師と生徒だ。
そのまま言葉を交わすことなく、私は教室へ、先生はおそらく英語準備室へと向かい、自然と別れた。
だけど私の心は浮ついていて、教室に戻れば待ち受けていること――考えてみれば当然のはずのことをすっかり失念していた。
「どこにいた?」
教室のスライドドアを半分開けた瞬間に飛んできた、ひどく不機嫌な低い声。
恐る恐る室内に目を遣ると、まるで私の鞄を見張っていたかのように、タカシが私の席に陣取って待ち伏せしていた。
何をやっていたんだろう。タカシを避ける手を考えるべきだったのに。
「誰とどこにいたかって聞いてんだよ。答えられないよな?」
「……それは、」
「来い、麻耶」
私の返答など最初から聞くつもりもなかった様子で、タカシが私の手を引いて強引に歩き出した。その足取りからどこに向かっているのかすぐにわかって、抵抗しようとしたけどタカシは手を離してくれない。
半ば引きずられるようにして連れてこられた部屋の扉を、タカシは乱暴に開け放ち、私を連れてずかずかと中に入る。
「人を出し抜いて、さぞいい気分だったろうな」
ノックもせず入り込んでおいて随分と大きな態度だ。
デスクで仕事していた先生が、無表情で顔を上げ、私とタカシを見遣った。
この英語準備室には色々と思い出があるけれど、まさかそこにタカシと乗り込む日が来るなんて思ってもみなかった。
「タカシ、帰ろうよ……」
「口を挟むな、いい加減にしろよ。お前はオレの言うことを、黙って聞いてればいいんだよ!」
高圧的な台詞に何も言えなくなる。
聞いた先生もいい気持ちはしなかったのか、少しだけ表情を険しくした。
静かに立ち上がり、未だ私の手を掴んだままだったタカシの手を取り上げる。
「子供なのは君の勝手かもしれないけどね。周りを巻き込むべきじゃない。それが好きな相手なら、なおさらだ。そのくらいわかるだろう」
「離せよ。麻耶を好きなのは、おまえだろ!」
どきりとしてしまうような台詞を吐いて、タカシは先生の手を振り払った。
先生の反応が気になってしまってちらりと伺い見てみるけど、当然揺らいでなんかいない。そんなことを気にしているのは私だけで、二人の間には険悪な空気がぴりぴりと張りつめている。
「おまえも報われずに可哀そうにな。わかんねーの? オレら付き合ってんだよ。そうだろ、麻耶」
「付き合うというのは、相思相愛が前提だと思っていたけどね。君はどうしてそんなに余裕をなくしている?」
私が答える前に、らしくもなく先生が口を挟んだ。
タカシよりもずっと余裕の浮かんだ瞳で、不敵に笑んで見せる。
「躍起になった子供のようだ」
「……! 余裕ぶりやがって。ムカつくんだよ。たまには本音の一つも言ってみろ!」
先生の効果的な嫌味にかっとなったタカシが叫びあげると、一瞬室内がしんと静まり返った。それを黙らせたとでも思ったのか、今度は気をよくしたタカシが、追い打ちとばかりに話し始める。
「言えないよな。おまえはそういう立場だ、十分わかってんだろ? だからおまえは絶対にオレに勝てない。だまって教師面して見てろよ。オレと麻耶が『相思相愛』になるところをな……俺にはその手段がある」
その不穏な台詞にどきりとした。まさか、と感づいて焦りが募る。
手段というのは一つしかない。タカシはおそらく先生に見せてしまうつもりだ。
タカシの考えていることくらい、私にだって分かるのだ。タカシは私だけでなく、ついに先生をも従わせようとしている。
「知りたいだろ? おまえにも見せてやるよ、月原」
「やめて……!」
予想通りタカシの手がポケットに伸びようとした瞬間、私はいよいよ取り乱した。