第十四章 “Tactics Of The Love”〔2〕
放課後の保健室、カーテンに囲われた薄暗さに紛れるようにして、彼が生徒と二人でこんなところにいるなんて誰も想像すらしないだろう。誰も知らない顔を惜しげもなく晒し、私を見つめる眼差しに戸惑う。
「駆け引きなんて……持ちかける相手を、間違えていませんか。私じゃ、役不足に思えますけど」
「わからないかな。要は何でもいいんだ、口実になるなら」
ふと、伸びた指先が、気まぐれに私の髪先を捕える。
ひとすじこぼれた私の髪を、先生は再びすくい上げる。
そこには無いはずの神経を髪に張り巡らせ、私の心が落ち着きを失っていた。
「君の隙に付け入るための、ね」
彼の物言いに、視線に、がんじがらめにされていく感覚だった。
その指先に弄ばれ、絡んだ髪のように。
からかっているのだろうか。それとも本気なのか。
いつも黙るしか手のない自分に心底嫌気がさしてくる。
「といっても一応俺は君より年を取っているわけだし、フェアじゃないかな。もう少し手の内をさらしてやろうか?」
さすがに飽きたのか、先生の指先はやっと私の髪を開放し、ぱらりと落ちた数本が頬をかすめる。そのくすぐったさを上書きするような衝撃を持って、彼の指先が私の唇をそっとなぞった。
捕まえられたのは、視線だ。逸らすことを許さない指先は、けれどもとても優しく私の顔を上向かせた。
「はっきりと言ってやるよ。君は目を逸らさずに、ただ聞いていればいい……」
仕掛けられる誘惑の波に、すべて任せてしまいたくなってくる。
彼もわかっているのだ。言葉として彼の心を聞いてしまったとき、私が揺らぐだろうことを。
「……っ、駆け引きなんでしょう? 誘いには乗りません」
ぱっと顔を逸らし、私は言い捨てるように声を出した。
横を向いたことできっと先生の視界に入ってしまった自分の耳が、ひどく赤くなっているんじゃないかとヒヤヒヤした。