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第十三章 “Twilight ”〔3〕


 車にのせてもらって先生の家に向かっているとき、目にした地名。よくよく思い返してみると、その地名を耳にしたことがあったような気がしたのだ。


 ユキの彼氏の話を聞いていたとき。連絡してみるとやっぱり、このあたりはユキの彼氏の住んでいる場所の近くだった。無理を言ったと思ったけど、ユキは迎えに来てくれて。なにも聞かず、ただ私を抱きしめてくれた。


 そして無事に家に帰って、そこで私の夢は覚めた。


 ……今日からまた学校だ。いつも通りに登校して席についてみても、あまり眠れなかった頭はまだ冴えない。


 先生を見つめ始める前の日常に戻らなければいけない。もう何度目かもわからないそんな暗示をかけて。彼の部屋を出てからずっと、心にぽっかりと穴が開いたような感覚だった。


 失ってから実感する。こんなにも大きくなっていたんだってこと。例えば高校を卒業して、ずっと先。大人になってしまっても。高校生の今を思い返すとき、いつも一番に浮かぶんだろう。


 脳裏に焼き付いてしまった、教卓の前の彼の姿。それとは対照的な、真夜中の彼の瞳――。


 今日は一時間目から月原先生の授業だ。あの時、多分先生は感づいていたはずだけど、結果的には騙して部屋を出ていったことになる。ちょっと気まずいような思いもあるけれど、気にすることなんてない。だってもう、ただのセンセイと生徒なんだから……。


「麻耶」


 ふと、名前を呼ばれて顔をあげると、タカシだった。どうしたんだろう。いつもは朝から来ることなんてないのに。それになんだか苛立っているみたいだ。心がざわついた。まさか先生の部屋に行ったこと、バレたとか……。


「なんで無視した?」

「……無視って? ……何を怒ってるの?」


 切り出された話が先生のことじゃなかったのはよかったけど、唐突な一言に心当たりはなくて、私は困惑した。タカシはますますイラついたように続ける。


「メールも返さないし、電話にも出ない。これが無視じゃないならなんだっていうんだよ」


 メール、電話という単語を聞いて、今朝はスマートフォンを見ていなかったことに気づいた。でも、おかしい。私はタカシからメールも電話も受け取った覚えはない。というか、スマートフォンをずっと見ていない。


 どこにあるんだろう。家だろうか。でも昨日も家で見た記憶がない。ありえない話だけれど、先生のことで精一杯で、すっかり意識になかった。


 鞄の中をくまなく探してみたけど見つからない。最後に使ったのはどこだっただろう。最後に……先生の部屋で、ユキにメールを――。


「ちょっと来い」


 タカシは強引に私の腕を引くと、廊下に連れ出した。


「っ、痛いよタカシ」

「おまえがそういう態度をとるなら、オレにもやり方ってもんがある。……どうなるかわかるだろ」


 苛立ちもそのままに、タカシが脅しをかけてきた。弱みを持ち出されては私になすすべはない。腕を捕まれたまま、私はうつむく。……そのとき、だった。


「廊下で何をしている?」


 唐突に話に入ってきた第三者の声。その声にびくりと反応する私と、眉間にしわを刻み付けるタカシ。


「月原……。いつもいつも、関係ないだろ。ウザいんだよ……!」


 タカシが忌々しげに捲し立てた。私はと言えばうつむいたまま。まだ予鈴も鳴っていないのに先生が来るなんて珍しいな……、なんて。どうでもいいことを考えていたら、ちょうど予鈴が鳴った。


「時間だ。教室に戻れ」

「偉そうに指図をするな」


 冷静な先生の声音にも、あくまで食って掛かろうとするタカシ。


「偉そう……ね。一応君よりは偉いということになるんだけどね。わからない?」


 正論としか言い様のない先生のその一言で、やっと怯んだらしいタカシは舌打ちして教室に戻っていく。


 しんとした廊下に先生と二人になってしまう。その状況を恐れた私は、軽く会釈をしてから教室に飛び込むようにして先に入った。


 彼の顔を見れなかった。そのあとの授業でも、ずっと。うつむいているしかなかった。なにがただのセンセイと生徒だ。私は全然……なりきれていない。


 苦しくて長く感じる先生の授業が終わって、そのあとはどうでもいい授業をぼんやりとすごして、やがて昼休みが訪れる。私はユキにスマートフォンを借りて、誰もいない空き教室にきていた。アドレス帳から自分の名前を表示する。きっと私の思っている通りのはずなのだ。今、私のスマートフォンは――。


 苦しいけど……このままじゃ困るのだし頑張るしかない。大丈夫だ、冷静にやればいいだけ。優等生の自分でいればいい。震える指先で、何度もためらったあと、思いきって電話発信ボタンを押した。


 昼休みといえども彼は一応勤務中だし、出ない確率の方が高い。それにそもそも持ってきていないかもしれない。私がスマートフォンを忘れていることに気づいていないかもしれない。落としてしまっただけで、彼のところにはなかったかもしれない。


 そういう不確定要素が多分にある昼休みという条件を選んだのは、わざとだ。だって確実に出るであろう夜にかける、なんて、そんな勇気は到底持てそうになかったから。


 淡白なコール音が私の緊張を煽る。出てほしいような出ないでほしいような……切ってしまいたい衝動を抑えるのは大変だった。そうして六回目のコール音を聞いて。ついに私が切ろうとしたその瞬間、……電話はつながった。


 強くどきりとする心臓は、際限なく高まろうとする緊張により、継続して高鳴りはじめた。もしかしたら先生を実際前にした時よりも緊張しているかもしれない。


 相手は、何も言わない。


「もしもし……?」

『……遅かったね。もう少し早くかかってくると思っていたけど』


 私の声を受けてようやく受話器から聞こえてきたその声は、紛れもなく彼のものだった。



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