第十二章 “Secret Night ,A Kind Of 「Slight Fever」”〔8〕
「子供でも生徒でも、キスくらいできるんだろう?」
ふと先生が言ったのは、いつかの私の台詞だった。
キスをしようとして失敗した挙げ句、むきになって切った過去の啖呵。
流されてしまったものだと思っていたのに、覚えられていたなんて。
何も言えない私に、先生がふと笑う。
「それとも、子供はもう寝る時間かな……」
からかうような物言いで、またも先生は過去の台詞を使った。
そのまま電気を消してくれても言われっぱなしで眠れるわけがない。
「子供呼ばわりはやめてください。高校生ならそれなりに夜更かしもしますし、キスくらい……できます」
黙って流していればよかったものを、私はなんでわざわざ訂正しているんだろう。子供だと言われるならそのままにして、この夜をしのげばよかったのに。
先生は余裕をその瞳に見せながら、面白そうに私を眺めている。
先生もわざと煽ったんだろうし、まさかそんな軽い煽りに私が引っ掛かるとは思っていなかっただろう。勢いで乗ってしまったことが恥ずかしい。
どうして私はこう衝動的なのか。特に今日は風邪のせいかその衝動性が更にやっかいになっている。
ふと、先生が私の耳元に顔を寄せた。
「そう? なら、試してみようか……?」
やけに意味深な響きを帯びた囁くような声に、背筋をぞくりとした何かが駆ける。
動揺そのまま小刻みに揺れ動き、落ち着かない私の目線。
……男の人のくせに、色気を漂わせないでほしい。
どうしてこの人は、こうも私を翻弄するのがうまいんだろう。
電気を消されたばかりで、視界は頼れない。この雰囲気はまずいと本能が訴えている。
ただでさえ近い距離で、彼がベッドに手をつき、ぎしりときしむ音と一緒に、今度は正面から私に顔を寄せた。
心を上手くコントロールできない。感情の波はもはや制御不能だ。
ベッドについている後ろ手に力を込めてなんとか逃そうとするけれど、シーツの音を立てただけで逆効果だった。
まるで恋人にするような仕草で、先生の手がゆっくりと私の後頭部を引き寄せる。
抵抗することなんて思い付きもしなくて、されるがままの私。
目を閉じてくれないのが余計に恥ずかしい。
伏せ気味の瞼を縁取る長いまつげがぶつかりそうだ。
唇に吐息を感じて気が気じゃない私はぎゅっと目を閉じた。
キスをしたい、その誘惑に負けてしまいそう……。
上がっていく熱とぼんやりする思考のせいにして、忘れてしまおうかと一瞬思った。
耐えるように、その胸元の服をつかむ。先に試してみるかと言ったのは私。
先生はそれ以上なにもして来ず、私の動向を伺っている。
キスをするもしないも、私次第。
結局行き着く結論はひとつしかない。わかっているのに動けないのは何故なのか。
どうしようもなかった。拒否したくなくても、それしか許される選択肢はない。
その現実は永遠に変わらない。
そばにいたいけれど、そばにいると葛藤に負けそうになる。
だから……今夜が最初で最後だ。この夜があければ、私は先生との干渉を必要最低限に抑えなければいけない。こんな近くで触れられるのは今だけ……。
結局キスはせずに、私は先生の背中に腕を回し必死に抱きついた。
きっと先生からすれば、曖昧で狡い反応だったと思う。
「先生……」
「……どうした?」
切ないまま呼んでみると、彼が私の髪を撫でながら呼びかけに答えてくれた。
こんなやり取り、やっぱり恋人みたいだ。
昔とは違う。もう、教卓の前の遠い背中の人じゃない。
呼べば答えてくれる。私が呼べば、私を見てくれる――。
踏み切るわけではなく、かといって想いをきっぱり捨てることもできていない。
優柔不断な私を咎めるでもなくただ甘くする先生。
最後、だから。自分にそう言い訳して。今だけは素直に甘えてみたいと思ってしまった。
彼が私を甘やかすから。甘えてもいいと、私を許すから。
やっと、拍手の一言コメントへお返事をいたしました。
随分前のメッセージもありまして、本当に遅くなってしまって申し訳ないです。
ホームページのBBSよりご覧くださいませ。
今後も頑張りますので、どうかよろしくお願いします。