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第十二章 “Secret Night ,A Kind Of 「Slight Fever」”〔6〕



「怪我をするから。触らなくていい。第一君は病人だろう」


 そう言って、先生が私の手をやんわりと押し戻す。

 私と同じように床にかがんだ先生は、私の顔をのぞきこんだ。


 ……今、その行為をする必要があるだろうか?

 今は私の顔なんかより床の惨状を気にすべきだろうに。


 そしてなかなか先生の視線が外れていかないので、私は思わず目をそらした。

 もしかしたら私の具合を心配してくれているのかもしれないけれど、長い。そして距離が近すぎる。


 寝起きのせいなのか? 内容は普通のことなのに、その親密なような話し方は、心臓に悪かった。

 ひとしきり私を観察して満足したらしい先生は、ガラスの破片をひろいはじめた。 


 片付ける先生をただ眺めているのはどうにも落ち着かない。

 さっき止められたけれど、さすがに自分で割っておいて片付けは人任せ、とはいかないのだ。


 病人だろうが先生に迷惑をかけていい理由にはならない。

 けれどもおずおずと手を伸ばそうとすると、気づいた先生にまた阻止された。


「横になっていていい。こんなことは俺がやっておくから。君は熱があるだろう」

「でも私が割ってしまったので……体調はよくなってきてます、だからせめて手伝わせてください」


 体調は寧ろ悪化しているくせに嘘までついて引き下がらない私に、先生は何か言うわけでなく意味ありげな視線だけ向けた。

 思わず怯む私。先生の表情はいつも通りで、何を考えているかわからなかった。


 ややあって私の手首を引っ張って立たせた先生は、そのまま私をベッドに座らせる。


 電気がつけられたので、薄暗い部屋が急に明るくなり一瞬目がくらんだ。

 目がなれると同時に視界に飛び込んできた床の惨状は、思っていた以上にひどく、自己嫌悪とショックで頭が痛くなる。


 きれいに割れたようで細かい破片になっていなかったことが、せめてもの救いか。


「手伝わせてください。もう平気ですから」


 破片を拾っては放るようにして適当に集めている先生。まだしつこい私。

 当然会話は成立せず、私はやきもきするだけでなにもできず、先生はマイペース。


 しばらく部屋にはガラスのぶつかり合う音だけしかなかったけれど、グラス1つ分のみのガラス片はすぐ片付いてしまった。


 ついに手伝うことはできなかった。せめてこぼれた水くらい拭かせてもらおう……なんて考えていると、先生が思い付いたようにふと言った。


「迂闊なことは言わないほうがいいよ。病人は病人らしくしておかないと……この状況だからね。俺も自信は持てない」


 不意打ちに強くどきりとした。ボンヤリ道を歩いていて、突然ボールが飛んできた時のよう。

 性懲りもなくその台詞を深読みしてしまう私だ。必死に平静を意識する。


「意味が……わかりません」


 とぼけるのが下手すぎて自分が嫌になる。

 すると突然先生の手が伸びてきた。

 びくりとする私の前髪を、その大きな手がゆっくり優しくかき上げる。


 ああ、また熱を測っているのか。

 風邪のせいだけではないことを自覚しているだけに、私の熱が先生の掌に伝わっていくのはひどく恥ずかしい。


 やがて私の額から手を引いた先生は、なぜかさらに距離を詰めてきた。

 たじろぎ、思わずベッドに後ろ手をつく。焦りをそのまま表情に出してしまう私を見て、先生がふと笑った。


「言っただろう? もう少し上手くやれと……」


 必要以上にどきりとしたのは、グラスを割ってしまった原因――先生に知られてはならない、先程こそこそやった私のキス未遂――というやましいことが頭の片隅にずっとあったからだ。


 話の流れからしてきっと、私が体調はよくなっている、と言ったことに対し、嘘はもっとうまく言えと先生は言っているのだ。


「君の下手な演技に付き合ってやってもいいが、どうしてほしい?」


 面白そうに先生が続ける。

 演技というか先生にガラスの片付けを任せたくなかったために言った嘘だ。


 どうして先生がそんなことにそこまで詰め寄ってくるのかはわからないけれど、別に今更意地を張って貫き通す意味もないので、私はあっさりと折れた。


「すいません。……体調はまだ悪いんです」

「ああ、そっちの嘘はどうでもいいよ」


 その台詞に瞬時に危機感を感じ、考える前に私の鼓動が強く反応を示した。



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