第十二章 “Secret Night ,A Kind Of 「Slight Fever」”〔3〕
私が状況に追いつけないまま、彼はまた新たな行動を起こした。
背中の彼の腕が、ぐんと私を抱き起したのだ。
自然と上半身だけ起こした状態になった私の胸元から、滑り落ちた布団がお腹のあたりにたまった。
さっきまで布団に隠れていて、急に冷たい空気にさらされた身体が 自然と寒気でふるえる。
彼の腕にもふるえが伝わったかもしれない。
落ち着かない私の内心に、彼は気づいているのかどうなのか。
私の背中を開放した彼と私の間に、少しの距離が生まれる。
「ほら、神島。これを飲んで」
手短な一言とともに、手渡されたのは錠剤。
状況を飲み込むのに数秒を費やしてしまった。
どうやら先生は、私に風邪薬を飲ませようとしてくれていたらしい。
……そういえばさっき、先生は風邪薬を探してくると言っていたっけ。
また私は一人で動揺していたのだ。
浮ついたような自分が恥ずかしくて仕方がない。
けれど先生も先生だ。抱き起こすならさっさとそうしてくれればいいのに、わざわざ一呼吸おいて 私の顔をじっとのぞき込んだりするから。
複雑な気持ちのまま、受け取った薬を素直に口に入れる。
と、先生がさっきのグラスを渡してくれた。
私のために用意されていたらしい、そのグラスの中身はぬるま湯だった。
飲み込む瞬間の喉の痛みに顔をしかめながらも、強引に流し込む。
ぬるま湯はグラスの半分ほどに減ったけれど、それ以上飲む気にはなれなかった。
「もういらない?」
察した先生に問いかけられ頷くと、彼は私の手からグラスをやんわりと奪った。
サイドテーブルにグラスを戻した先生は、私をそっとベッドに横たわらせる。
先程の私の熱がわずかに残ったシーツは若干暖かいけれど、やはり火照った体よりは冷たい。
自動的にふるえる身体に、先生が布団をかぶせてくれた。
まるで真夜中と間違えてしまいそうな静寂の中、広がりのない視界に映る部屋に、布団のこすれ合う音と彼のまなざしだけが浮かび上がる。
その愛しい指先が、折り曲がった布団の端を直し、乱れて頬にかかった私の髪を整えて。
彼が何でもやってくれて、私は自分では何もする必要がなかった。
これ以上ないほど甘やかされて、よりいっそう熱が上がっていくようだ。
こんなに甘くされても逆効果だ。それに先生は気づいていない。
再び布団を顎のあたりまで引き上げて、気だるい視線を動かし彼を見上げる。
と、暗い中で無表情にも見える彼の瞳が、私をまるでいとおしげに見つめているのに気づいてしまった。
彼のまなざしを冷静なままでは受け止めきれなくて、思わず布団を握りしめる。
心の奥底から込み上げて、締め付けられて苦しくなる、切なさにも似た感情の渦。
ひとしきり私を看病して、ようやく満足したのか。
「何かあったら呼んでいいよ。俺は向こうにいるから」
ついにそんなことを言って、先生は立ち上がろうとした。
あれほど見つめられることを避けたがっていた私だ、なのに。
何故だろうか。こうして置いて行かれそうになってみると、知らずと必死になった。
彼のそばに居たかった。……否、そうじゃない。
私は彼に、そばに居てほしかったのだ。
知らないふりをしたままの、ずるい自分が望んでいた。
とても貴重な彼のやさしいまなざしを捕まえて、一分でも一秒でも長く独占したいと。
体のだるさも忘れ起き上がった私は、彼の服の裾を急いでつかむ。
再び滑り落ちていく布団、ふるえはじめる身体。
だけどそれだけじゃない。一緒にふるえるのは、いとおしさに揺れる、私の心。
「お願いします。ここにいてください……」
少しかすれた私の声が、静かな部屋に彼を繋ぎ止めた。
暗がりの中、先生の瞳がわずかな光を湛えている。
きれいだと思った、とても。誰よりも好きだと思った。
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