第十一章 “Secret Night ,A Kind Of 「Accomplice」”〔4〕
張りつめた緊張の糸を、彼も感じていただろうか。
座りなおし足を組んだ彼の肩は、その拍子に私の肩から離れていった。
「どうして集中しない? 授業中は、いつも真面目にやっているだろう」
彼の声のトーンはいつものまま。
怒っているわけではないのだろうけど。
その言葉の内容に責められている気がして、私は小さくなるしかなかった。
「君は試験はできるかもしれないが、それ以外のことはあまりできないのかな……」
彼は非情にもそんなことを言って、私に更なる追い打ちをかけてくる。
何も言葉を返せない私は、ますます小さくなって俯くだけだ。
俯くと、視界いっぱいに入ってくる教科書のページ。
いつも慣れ親しんでいるはずの英語の教科書。英語の文章。
でも今は、まるで知らない国の言葉のようで、さっぱり頭に入ってこない。
「指導してほしい?」
横から飛んできた彼の台詞に、心臓が強くどきりとする。
なんとか視界に入っていたはずの英語が、その一言で瞬時に見えなくなった。
「い、いえ……必要ないです」
私の揺れたような声の頼りないこと。
自意識過剰だ、いちいち反応するな。そう自分に言い聞かせる。
「そうか。じゃあ、この問題を解いて」
教科書の問題を指し示しながら、彼は私にそんな要求をした。
そして頬杖を突き、どこか興味深そうに私の動向を観察し始める。
問題を解く余裕なんてないけど、とにかくなんとかペンを握りなおした。
彼の視線にさらされている中、それだけでも大仕事だった。
先生は私の手からペンの先の動きまで、すべてを目で拾おうとするかのようにじっと見る。
こんな状態では何も書けるはずがない。自ずと指先が震える。
第一、上の空だった私に解けるはずもないのに。
聞いていなかった私が確かに悪い。
けれど、解けないとわかっていながら問題を出すなんて、先生も大概 意地が悪い。
早く答えを書かなくては。
そうやって焦るほど頭も働かなくて。
もはや固まって使い物にならない私を、先生はまるでプレッシャーをかけるように黙って待っている。
必死な私はもう勘を頼りとばかり、すべての問題に適当な答えを書いてみた。
私が書き終わると、さっきのオレンジ色のペンを手に取った先生が、容赦なくその上にバツをつけていく。
見事に一問も正解しない、テストならば0点確実の解答に、彼は短くため息をついた。
「何も難しいことは言ってないけどね。緊張感が足りないんじゃないのか。範囲はまだ半分しか済んでいない」
まるで呆れ果てているとしか取れない台詞。
なのに、言い終わった彼はなぜか 少しだけ口の端を上げた。
緊張感は足りないどころか、ありすぎて困っているのだ。
……尤も、勉強とは別の意味の緊張感だけれど。
ふとその時、隣の彼が急に私の目を覗き込んできて、私は驚いて息をのむ。
「勉強は嫌い? もうしたくない?」
幼児に問いかけるようなその言い方に、頬がかっとなった。
面倒くさがりの先生がわざわざ授業してくれたのだ。
それなのに上の空。普通なら怒るところだろうに、やっぱり先生は私に甘い。
お互いの髪の毛すらぶつかりそうな距離感。
同じテーブルで、同じ教科書を囲って。触れ合いそうな肩と肩。
その共有したスペースの中、視線は簡単に奪われた。
「俺もね。退屈に思っていたところだ。授業するのは好きじゃないんでね。勉強よりも、不出来な君に指導するほうが 幾分かは面白いかもしれない……」
彼はそんなことを言って、また面白そうに口の端を上げる。
また波がやってきそうだ。それが大きなものか小さなものか、見当がつかない。
なんとか逃れようと、流れを授業に戻そうと、私は試みてみる。
「でっ、でも、まだ半分残ってるって……」
「それは課題にしておくから、家でやっておくといい。君なら一人でできるだろう……」
無情にも打ち切られようとしている授業。
まだあきらめない私は、何とかさっきの問題の正答を出そうとしてみるのだけれど、やっぱり頭は回らなかった。