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第十一章 “Secret Night ,A Kind Of 「Accomplice」”〔2〕



 彼の動作に呼応して、無意識のうちに後ずさる私の足。


 目が合った瞬間、このままでは のまれてしまうと思った。自分を保てなくなる前に、早く、一刻も早くここから出なければ。もう道に迷うとか、そんなことは言っていられない。何とかするのだ。通りすがりの人に道を聞けば、きっと何とかなるはずだ。


「帰ります。お世話になりました」


 決心を固めた私は、先生を見ないまま、早口言葉のように一言まくしたてる。そうして気づかないうちにずっと握りしめていたらしいスマートフォンを、鞄に押し込んだ。


 焦りで指先がうまく動かず、少しもたつきながらも、何とかチャックを閉める。ひったくるように鞄を掴み取り、立ち上がった私は玄関へ走ろうとした。


 ……その直後、突然後ろに引っ張られ、私は勢いを失った。何が起きたのかわからず、一時停止したように動きを止められる私の足。視線を少し落とすと、胸の少し上あたりに、交差した先生の両腕が見える。


 一呼吸の後、後ろから抱きすくめられていると気づいて、私は思わず荷物を取り落とした。音のない室内に その落下音は大きく響き、停止しかけた私の思考をさらに邪魔する。


 背中全体に感じる暖かさを自覚して、必要以上に意識してしまう。さっき引っ張られたと思ったのは、背後から回された彼の腕に、引き戻されたのだ。

 

「相変わらず、何度も言わないとわからないね、君は。帰すつもりはない……君の意思がどうであっても」


 ありえないほど耳の近くに彼の声を聞き、ぞくりとした感覚を思い起こされ、思わず反応してしまう私。棒のように突っ立って、鞄が床にへたり込んでいるのをただ、じっと見つめる。


 この部屋に来てからというもの、センセイのはずの彼は、次々と私に熱を与えてくる。波のように何度もやってくるそれを、経験のない私はうまく受け流すことができない。いつも真正面からまともに受けるだけ、そして同じように混乱するだけ。もしこのまま、一晩この部屋に留まれば、どうなってしまうだろう。

 

 胸がひどく騒いでいる。だけどやっぱり、このままじゃだめだ。なんとか口だけ動かして、私はこの状況を「無事に生徒として」突破しようと試みた。


「私は、生徒なんです。もうやめてください……」


 絞り出すような私の声は、さっきの細いたばこの煙よりも力なく消えていく。自分は教師であると。私がそう望んでいるから、見守ると。ついさっき彼は言った。私の偽物の意思は、受け入れられたと思ったのに。


 学校にいるときと同じ、スーツのままの先生に抱きしめられ留められる。その事実は、いけないことをしているという、私の背徳感をさらに高めていた。私と彼だけが知っている秘密のこの状況が、私を甘く酔わせるのだ。

 

 今度こそは、“共犯者”に、と――。


 ……だめだ。これ以上はもう、拒絶し続ける自信がない。だから心を押し殺し、この部屋を去ろうとした。それなのにまたこうして、先生の体温を感じさせられてしまうなんて。


「君の気持ちもわかるが、さっきとは状況が違う。……解放してほしい?」


 やっぱり甘い彼の声、それだけ聞けばすぐにでも解放してくれそうだ。でもそれとは対照的に 強く抱きとめられた私の体。解放する気なんてさらさらないんだろう。身動きすら封じられ、支配されていく感覚に、私の心音は跳ね上がっていく。


 こんな状態で問いかけられても、答える余裕なんてない。襲い来る感情の波に必死に抗いながら、私は必死に考えてみる。


 “状況が違う”? そういえば、さっき彼が言った台詞が気になっていた。たばこの煙を吐き出した後 彼の口から出てきた、あの意味深な台詞。


 ――“他の男のところに、みすみす行かせると思うか?”


 他の“男”。まさかタカシのことだろうか。そんなおかしな話はない。私と同じ、生徒で子供なタカシのことを男、だなんて。先生は大人とばかり、私のこともタカシのことも、いつも軽くあしらっていたのに。


 先生の台詞、先生の行動。その真意を、これ以上考えてはいけない。だけど心は正直で、じわじわと高まり、ざわつきを見せていた。無意識のうちに、背中に全神経を集中させてしまう。耳のすぐ後ろで彼の息遣いまでも聞こえてしまう気がして、気が気じゃない私はぎゅっと目を閉じた。


「逃げたいなら、逃げてみればいい。ただし逃げようとした君がどうなるか 保証はしないけどね……」


 耳元に聞こえた彼の少し低い声、その強引なような言葉に、思わず吐息が震えた。一切の動きを止めたまま、私はもう声すらも出せない。


「どうした? ……ほら、玄関はそこだ。そこから出ていけば、解放されるよ」


 彼は少し面白そうな声で試すように言うけど、私は視線を動かすことすらできない。そして彼は当然、そんな私を見透かしている。私が動けないことくらいわかっているのだ。


 両足が、地面に固定されてしまったかのよう。彼を全力で振り払えば、もしかしたら逃げられるかもしれない。だけどすでに、その意思すら奪われてしまっていた。


 先生はずるい。私を支配してしまう術を、熟知しきっている。


「本気、なんですか。もし見つかったら……」

「わかっているさ。言われるまでもない」


 私にそんな言葉を返した彼の腕の力が、強さを増す。


 もうどうにもできないんだ、と思った。観念するしかない。ここにいるしかない。そう結論付けて。この“どうしようもない”状況に、“仕方がなかった”と言い訳して。


 本当はただ、そばにいたかった。……たとえどんなリスクが伴うとしても。




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