第十一章 “Secret Night ,A Kind Of 「Accomplice」”〔1〕
流されてはだめだ。冷静にならなくては。そう自分に言い聞かせ、彼の言葉に帰す反応を、私は慎重に選んでいた。
第十一章 “Secret Night ,A Kind Of 「Accomplice」”
私は生徒だ。こうして先生の部屋に居るってだけでもまずいのに。まさか泊まったりしてそれがばれたとしたら、先生はただじゃ済まない。
そうだ、先生を守れるかどうか。それは今この瞬間の、私の態度にかかっている。
「……先生、何を言ってるんですか? 酔っているんですか?」
落ち着いた声音を出すことに成功した私は、それによって少しの冷静さを得た。誤魔化していることは自分でもわかったけど、ここは無理にでも帰るべきだ。そう、正しい行動。何も間違っていない。生徒として、今の私は完璧だ。
もちろん酔ってなどいないらしい、平然とした様子の彼は、私の問いかけには何も答えなかった。そうして先生は、スーツのポケットからたばことライターを取り出した。この状況で、さすがはマイペースな彼である。何度か見たのと同じ動作で、たばこをくわえ、そしてその先にライターで火をともす。
ここでたばこを吸い始めるなんて意外だった。てっきりベランダで吸っているものだと思っていたのだ。私がひとりで部屋を見回ったとき、ベランダに灰皿を見つけたのだけれど。室内でも吸うのだろうか?
……でもとにかく今は、そんなことはどうでもいい。
先生はたばこがよく似合う。彼が吸っているのを見るのは好きだ。だから、いつもなら ときめいてしまうようなその光景だけれど、今ばかりはそれどころではないのだ。
私は真剣なのに、聞き入れないと言わんばかりにたばこで流されて、私は焦燥感を感じていた。
「よかったら、道を教えてください。ちゃんと、誰にも見つからないように帰りますから……」
無駄な気はしていたけれど、必死に無反応の彼に問いかけてみる。さっき自分で帰るといってみたものの、やっぱりこの辺りをよく知らない私だ。強がって出ていけば、道に迷ってしまうのは明らか。
誰かに聞くとしても、万が一どうしてこんな場所にいるのかと問われれば、言い訳できない。つまり送ってもらえないのなら、自力で帰るためにも 道だけは聞かなければいけないのだ。
けれど、先生ときたらマイペースにたばこを吸うだけ。私にはどうにもできないまま、空白の一秒一秒が過ぎていく。そうやって少し経ってから、彼のたばこの先の灰が落ちそうになった。すると少しのためらいもなく、先生は先ほどのチューハイの缶に その灰を落とした。
燃え尽きた小さな灰がパラリと崩れ、音もなく缶の中に消えていくのを、意味もなく遠目にじっと観察する。缶はさっき開けたばかりで、まだ中身は入っていただろうに。灰がまぎれてしまっては、もう飲めないだろう。……それとも、飲むつもりもなかったのだろうか。
彼の指先は、再びたばこをその口元に運んでいく。少しだけ吸ってから、彼は呼吸でもするように自然に、たばこの煙を吐き出した。
「……他の男のところに、みすみす行かせると思うか?」
ふと、彼のその唇から、ようやく煙でなく声が出てきた。はっとした私は、その指先のたばこから それを吸っている彼に視線を移す。しばらくぶりに彼が発したその言葉は、意味深な内容だった。
立ち上るたばこの煙の向こう側に、先生が見える。彼も私を見ていた。
「ここは学校じゃない。君は別に、俺に従う必要はない。……ただ俺は、さっきも言ったけど 行かせるつもりはないよ」
ゆるぎないような声で、はっきりと彼がそう述べた。どうやら冗談じゃなく本気で、彼は私をここにいさせるつもりらしい。
無言の彼を前に 緩んでいた緊張が、一気によみがえる。じりじりとした感覚に、思わずつばを飲み込んだ その瞬間。まだ長さの残っているたばこを、先生は惜しげもなく缶に押し付けた。
彼は立ち上がり、彼に押された椅子がカタリと音を立て、しんとした室内の空気を揺らす。途絶えてしまったたばこの煙、緩やかに流れてくるわずかな苦い残り香は、再び私の心をかき乱そうとしていた。
大変長い時間を空けてしまいましたが、再開させたいと思います。
更新を待っていてくださった方々、コメントくださった方々、本当に申し訳ありませんでした。
以前のように毎日更新とはいかないかもしれませんが頑張ります。
あいかわらず拙い駄文ですが、これからもまた読んでいただけると幸せです。
どうか今後もよろしくお願いいたします。