第八章 “Hope And Pray”〔1〕
戻りたい。さっき先生と二人で居た、あの図書室の秘密の空間に。
第八章 “Hope And Pray”
タカシが、追い詰められた私の反応をうかがっている。見はられるようなその視線が、とても嫌だった。
「……タカシ。図書室で、先生が待ってるの」
ぽつりとこぼした私の言葉に、タカシの眉がぴくりと反応した。こんなこと言いたくなかった。阻まれることは分かっていたのだ。けれども もう、タカシの許し無しでは先生に近づけない
先生はあの図書室に居る。私はそこに行かなくてはいけない。
「ほっとけよ」
「お願い。これで最後にするから……」
予想通りに突っぱねられても、私は必死になって粘った。
すると冷たい表情で、タカシは私を見据えて言った。
「好きにしろよ。ただし、この写真がどうなるかは、知らないけどな」
私は言葉を失う。私のそんな反応に、自分の優位を確信したのか。タカシはその後、余裕を見せこの場を去って行った。ひとり取り残された私。心が、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚だった。こんなときこそ先生に会いたいのに、もはやそれすらも叶わない。
理不尽に奪われようとしている、私の大切な想い。この状況を切り抜ける方法は見つからない。どうしようもなかった。これ以上の干渉を持てば、タカシは容赦なくあの写真を公表するだろう。
――“あいつは教師で、おまえは生徒だ。ちょっと考えれば、どうなるかわかるだろ!?”
さっきからずっと、タカシの声が頭から離れずにいる。
攻め立てられているようで、私は耳をふさいだ。それでも頭の中に浮かんでくるのは、いつか先生に言われたあの言葉。
――“俺は教師で、君は生徒だ。……君なら、わかるだろう?”
思わずぎゅっと目をつむって、私はかぶりを振った。
いやだ。わかりたくない、そんなこと。わからない。
やっと掴んだんだ。絶対に放したくない。
……けれども もし、あの画像が公表されてしまったら?
目を開けた瞬間、涙が自分の頬を伝っていくのを、他人事のように感じていた。何度も思い描いていたのだ。あの図書室に戻るその時を。それも もう、叶わない夢となってしまったけれど。
誰もいないこの場所からも、楽しそうな声が聞こえてくる。
そんな中、自分だけが取り残された気分だった。
私がその場から動けないまま、やがてキャンプファイヤーは終わりを告げる。プログラムの予定は20:00までだった。点呼はなかったから、私が居ないとは悟られないだろう。
賑やかな声は少しずつ引いていき、やがてどこかのクラスの先生の声が解散の合図をするのが聞こえた。それでもまだその場に立ち尽くす私。グラウンドから消えていく生徒たちの声。
先生はもう、図書室を出てしまっただろうか。きっとそうだろう。もう20時は過ぎた。心を埋め尽くしていく、どうしようもない虚無感。一夜限りの夢の時間は、終わってしまったのだ――
「……こんなところで、何をしている?」
ふと背後から飛んできた声に、私ははっとした。誰なのか、すぐにわかった。けれども振り返ることはできなかった。駆け抜ける切なさに、がんじがらめにされていく。
いつも、私がどんなに探したって捕まらないくせに、どうして。どうしてこんな時に限って、私を見つけ出したの。
「神島」
愛しい声が私の名前を紡いでいくだけで、抑えられない想いがこみ上げてくる。涙は、決して見せない。彼に迷惑はかけない。唇を強く結んで、私はそっと彼を振り返った。