第七章 “If You Please,”〔4〕
息をするタイミングを測るのが、やけに難しいと感じていた。そうして、気付く。本来 呼吸は、意識してするものではない。
「どういう、意味ですか?」
答えの出ない質問を、つい 率直に彼に投げていた。先生は私を見ている。もう逃げ出すことはできない。彼の視線を意識すればするほど、私は余裕をなくしていた。
「意味なんてないさ。ただ、確かめたかった」
先生はそう返してきたけど、やっぱり私にはその言葉に含まれた意味を、理解することができなかった。
先生の言うことはいつも、単純な意味を成していない。オウム返しのようだとわかっていたけれど、私は先生に再び問う。
「確かめる……? 何をですか?」
私の問いかけに、先生はなにも答えなかった。そして顔だけ動かし、元のように視線を窓の外に戻す。彼の視線の支配から、一時解放された私。我に返ると同時に、この秘密の空間の中、募る愛しさ。
あれだけ翻弄されておいて、彼の目線を向けられただけで簡単に捕らわれておいて。それでもなお、彼に近づこうと動き出す、学習しない私の足。
ここで近づけば、きっともう抜け出せない。なぜだかわからないけど今、私の直感がそう訴えていた。学習しないんじゃない。――私はきっと望んでいるのだ。先生が知りたい。私の根底には、その思いがあるだけ。
一歩進むごとに、ゆっくりと近づく距離。外に燃え上がっているキャンプファイヤーとは違う。ゆらゆら揺れるろうそくの火のように、危うい感覚だった。今にも消えてしまいそうだから、ことさら慎重になる。
自分の心臓が一定のリズムを刻んでいくのが、やけにはっきりと聞こえている。ようやく先生の横に立った私は、彼と同じに窓の外を見てみた。
生徒たちは、キャンプファイヤーに夢中だ。窓の向こう側から聞こえてくる、たくさんのはしゃぎ声。それを図書室から見下ろしている自分が、少し大人なような気がした。
「行かなくていいのか?」
ふと、横から先生の声。彼は何でもないことを言っただけなのに、思わずびくりと反応する。それでも冷静を装って、私は窓の外を見つめたまま声を発した。
「……あんな子供だまし、先生には通用しないでしょう?」
「そんな風に言ってる、君の方が子供なんじゃないのか」
小さく鼻で笑うようにしながら、先生が嫌なことを言う。大人になったような気がしていた私の内心を、見透かされたようで。子供だって、彼との違いを上から見せつけられたようで。
反抗的な気持ちで思わず先生を見た瞬間、私はまた捕らわれる。私を映し出している、深い色をしたその瞳に。
先生の顔が、窓の外から入ってくるキャンプファイヤーの明かりに照らされている。光と、それによってできた影。彼にはそれがよく似合う。正反対のその二つが、先生のきれいな顔を縁取っていく。
先生の目に、私はどう映っているんだろう。
どうしても破れない、生徒の壁を壊したい。とてもつめたい、氷のような人だと思っていたのに。あの日差し出された大きな傘と、気付いてしまった、わかりにくい彼の優しさ。
それが苦しいのに、こんなに……愛しいなんて。
手は届かないだろうか。触れることは――叶わないだろうか。
「先生、触れてもいいですか……?」
熱に浮かされたように、私の口が勝手に動いていた。瞬間、ろうそくの火よりも危うい先生の瞳が、ゆらりと静かに揺らめいた。