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第七章 “If You Please,”〔3〕



 学祭の準備で慌ただしい日々が続き、先生とは関わりを持てないまま、あっという間に学祭が始まって。今日は学祭の3日目、最終日だ。


 昨日、先生と楽しそうに話す更木さんの姿を見た。彼女のような明るさも無邪気さも、私は持っていない。無力な自分が、もどかしくて仕方なかった。


 今日も私は、ユキと飾り付けられた学内を回った。特別な日は、時間の過ぎるのが本当に早い。すでに暗くなりかけたグラウンドに、キャンプファイヤーの準備が着実に進んでいる。


 生徒全員が待ち焦がれた瞬間が近づいてくる。学祭最後の一大イベントだ。私と一緒に 校舎の窓からグランドを眺めながら、ユキがため息をついた。


「このシュチュエーションで、告白とかされたいよねぇ」


 らしくもなくそんなことを言って、うっとりとしているユキ。いつもは必要以上に現実的なのに、こんな時だけは乙女だ。そんなユキには申し訳ないけど、私にはどうでもいいことだった。


 キャンプファイヤーで盛り上がるのは、生徒だけだ。彼はきっと今頃、面倒だと思っているに違いない。ユキはノリの悪い私を白い目で見てから、横にいた別の生徒に話しかけて盛り上がっている。私は窓の外を無意味に見つめた。別に期待はしていなかったけれど、やっぱり外には彼の姿は無かった。


 ぼんやりとした私を取り残したまま、日はすっかり落ちて行く。


「麻耶、もうすぐ始まるみたいだよ。外に行こっか!」


 ユキが浮かれた声で私に話しかけてきた。そのままユキに連れられるようにして、外に出る私。グラウンドの中心に大きな火が上がり、生徒全員が歓声を上げる。暗いはずの景色が、昼間のような明るさを取り戻す。キャンプファイヤーを囲む生徒の一員でありながら、私はそんな光景を、どこか人ごとのように見ていた。


 ふと、その時背後から誰かに腕を掴まれる。振り向くと、そこにいたのはタカシだった。少し顔をしかめたような、妙な表情をしているタカシ。


「オレ、やっぱり麻耶が好きだ」


 唐突に、タカシが告げた。いつかも告げられた言葉。けれどもタカシのその言葉が、私の心を動かすことはなかった。キャンプファイヤーを背景に告白されるなんて。さっきのユキのように、女の子なら誰でもあこがれそうな場面だ。


「お前が好きだから、誰にも渡したくない……」


 計算も何もない、ただまっすぐなだけの告白。タカシが今どんな気持ちか、私には痛いほどわかってしまった。今目の前に立っているタカシと、以前、先生に思いを告げたときの自分が重なる。


「ごめん。ごめんタカシ……」


 苦し紛れのように、私は目をそらしながらも何とか言葉を発した。タカシの傷付いたような目が私に向けられて、それがいたたまれない。拒絶するのがこんなに痛いんだと、初めて気付いた。


 同時に、いつか先生に拒絶された 痛い気持ちを思い出す。冷たくあっけなく、私を突き放した先生。あの時、突き放されたのは私。でも今度は逆の立場になって、あの時の先生と同じ立場になってみて、思うことがあった。


 あの時、彼は何も感じなかったのだろうか?

 彼はつめたく、心は全く動じないのだろうか?

 ……本当に、そうなのだろうか?


 ―― “希望に満ちた生徒たちの将来を、摘み取るような真似はしない”


 ふと思い出した彼の言葉に、はっとした。いくら感情を隠すのがうまくたって、先生も人間だ。何も感じない人形じゃないのだ。あの冷たさも全部、先生の優しさだったんだろうか……?


「……ごめんタカシ、委員の仕事が残ってるの」


 言い訳がましく告げて、私はタカシを置き去りにする。私には何もできないし、その場にいるのはいたたまれなかった。


 この状況で、先生がどこにいるかなんてわからない。別に先生に会いに行くわけじゃない。ただ気付いてしまったのだ。今までの私は、我儘に想いを告げて、センセイとしての優しさを彼に与えられていただけだった、と。


 私は特別なんかじゃない。更木さんと何も変わらない。私はあがいてみてもやっぱり、完全に生徒でしかなかったのだ。思い知った今、賑やかなこの雰囲気の中、ユキのように夢に酔いしれることはできない。キャンプファイヤーによって作り出された、夢の世界。この非日常的なまでの空間から抜け出したかった。


 足の動くまま、私はあまり人気ひとけのない校舎に入る。自然と向かっていたのは、ここ数週間 準備に通い詰めた図書室。そう言えば、あの窓際の椅子からして、きっと先生は本を読みに通っているのだろうと思ったのに、あれ以来 図書室で先生の姿を見ることはなかった。


 図書室の、少し重たいドアを開ける。電気は点いていなかった。それでも外から入ってくる明りのせいか、真っ暗じゃない。これなら電気をつけなくても大丈夫だ。


 ここに来たことに、特に意味があるわけじゃない。ただひとりになりたかっただけかもしれない。薄暗いのは寧ろ丁度いい。


 けれど本棚をすり抜けて入った図書室の中に、予想外にも、私にとって 最も特別な姿を見つけてしまった。彼を認識するだけで、自動的に強く鼓動を始める私の心臓。会いに来たわけじゃないのに、現金な私は彼との逢瀬を喜んでいる。


 窓際に立って、背中を窓にもたれかけさせて。腕組みをし 顔を窓の外に向けて。彼はなにをするでもなくただ、そこに立っていた。


「……君か」


 先生が、こっちを見ないままにそう言った。


 少し暗い部屋の中、私を見なくても認識したらしい彼。それがまるで秘密の会合みたいで、私の鼓動がじわじわと高鳴りを見せる。


 彼のいる、この図書室という空間。外はキャンプファイヤー。あのにぎやかな場所と、このしんとした図書室は全く違う。なんだか異次元のようだとすら、思った。


「どうして私だって、わかったんですか?」


 勤めて冷静を装いながら、私は彼に問いかける。自分の声が妙に上ずっていたのを、言い終わってから気付いた。


「君は多分、ここに来るだろうと思っていた……」

 

 妙に含みのある言い方で、先生がようやく私に視線を向けながら言った。どういう意味だろう。先生の言った、その意味することが読めない。そのまま受け取れば、先生が私を待っていたということになる。それとも私が来ても来なくても、どっちでもよかったから、私が来ると思いながらもここにいた、ということだろうか。


 いくら考えてみても答えは出ない。私はさらに思考を巡らせようとしたけれど、叶わなかった。


 私に向けられるその瞳が、いつかと同じに、見透かすような色をしている。視線に捕らわれる感覚。彼の前でどうしようもなく無力な私。ただ翻弄されるまま、息を詰めることしかできずにいた。




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