表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/105

第六章 “Waviness”〔3〕




 油断したら、気を失ってしまいそうだとすら思った。なすすべもなく翻弄される。彼の瞳に、そしてうるさく鳴り響く 自分自身の鼓動に。言葉を失い何も言えない私を眺めながら、先生が再び、くすりと小さく笑った。


「俺が怖い?」


 試すような言い方で、先生が私に問いかける。彼が怖い? そんなこと、考えたこともなかった。


「いいえ」


 きっぱりと言い放った、私の言葉。言い放ったというよりは、言葉が自然に出ていった感覚だ。今度は先生が、目を大きくする番だった。


 私がひるむと思っていたのなら、先生は私を見誤っている。このまま連れて行かれたって別に構わないのだ。先生と一緒にいられるのなら、家に帰れなくてもいい。怖くなんてない、ただ先生のことを知りたいだけだ。そう考え至ったところで、ようやく私は少しの落ち着きを得る。


 それでもまだ うるさい鼓動の中、彼の視線を 真っ向から受けてみた。しばらくそのままの状態が続くと思ったけど、先に目をそらしたのは先生だった。


「……冗談だよ。真に受けなくていい」


 少しの間を置いてから そう言って、先生はハンドルを握り 再び車を発車させた。無表情。先生はいつもの調子を取り戻したようだった。ずいぶん落ち着いてきた私も、少しずつ冷静さを取り戻していた。


 それでも さっきの先生の笑みが、ちらついて離れない。きれいな瞳に、少しの陰り。彼があんなことを言うなんて、誰が想像しただろう。ずっと彼の様子はおかしかったけど、今が一番変だ。冗談なんて。そんなの、全然らしくないのに。


 あんなことを言って、彼は何がしたかったのだろうか。彼の心はあまりに遠くて、全然読めない。


 先生の横顔が、対向車とすれ違うたび、ヘッドライトの光に小さく照らされる。運転中の彼は、授業中と同じようにストイックだ。――その瞳の奥で、一体何を考えているの。


「早く帰らないとね。ご両親が心配しているだろう」


 ふと、先生がセンセイらしいことを言った。今さら教師面をしようとする彼に、私はむっとする。さっきセンセイとしての義務を、放棄するようなことを言ったくせに。


「センセイみたいなこと、言うんですね」


 私らしくなく 少し反抗的に、ぽつりと告げた私の言葉。意外だったのか、先生はちらと一瞬、私を見た。けれどもすぐに また、マイペースに運転に集中するふりをする。


「当然だろう? 君は生徒だ。教師みたい、じゃなく俺は教師だ」


 前を向いたまま、先生が静かな声で淡々と告げた。英語の教科書を読む時と同じ、熱のない声。まるで言い聞かせるような言い方だった。言い聞かせているのは、私に? それとも、彼自身に……?


「先生……?」


 彼の真意を測りかねて、思わず呼んでしまったけれど、彼の返答はない。


 少し回り道をしたけれど、車は元来た道を戻っていく。このまま行けば、やがて目的地にたどり着くだろう。この愛しい時間の終わりが見える。私の家に到着するのも、もうすぐ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ