第五章 “ A Tender Heart,”〔4〕
この学校において、彼を構成する上での大きな要素。彼が教師であること。すべてを犠牲にし、彼はそれを優先してきた。それが彼の、ただ一つの使命であり、ここにいる意味なのだ。タカシの一言は、これ以上なく効果的に、先生のそんな使命を呼び起こしたようだった。
先生が、動きを止めたのはほんの一瞬だった。すぐに我を取り戻した先生。……取り戻したように見えた、先生。私は無表情に見える彼の 瞳の奥に、また見つけてしまったのだ。わずかに見え隠れする、見落としてしまいそうなほどの小さな違和感。
けれどそれもまた 一瞬限りのことだった。すぐにその瞳は伏せられてしまい、もう見つけることはできなくなった。私もタカシも、その閉ざされた視界には もう入り込めない。
「……ああ、そうだね。別に用はないよ」
あっさりと告げて、先生は車のドアをロックしなおす。ガチャ、とカギの閉まる無機質な音が鳴り響く。もう一度彼の車に乗れるかもしれないという、私の淡い期待をすべて消し去りながら。
「悪いがまだ仕事が残っているんだ、俺は戻るよ。……気をつけて」
流れるような自然な動作で。踵を返し、先生は言葉通り校舎に戻っていく。まただ、結局たどりつくのは同じ結末。遠ざかる先生、置き去りにされる私。
だけどこのまま見送ることなんてできない。このまま見送れば、彼を知る唯一の手がかりを、みすみす逃すことになる。
――ううん、そんなことじゃない。そんな理屈なんかじゃない。さっき先生が見せた、彼の彼らしくない わずかに不自然な瞳の色が、ただ私の心を切なく締め付けるのだ。あの日、キスをされそうになった日に見たような、さみしそうにも見える後ろ姿。行かないでほしい。ただその一心で、私は彼を追って走りだそうとした。
けれどもすぐに、タカシに腕を掴まれ、阻まれる。苛立った私は ありったけの力でタカシを振り払い、先生に駆け寄った。
「先生、待って! 先生!」
呼びかけてみても、歩き続ける先生は振り向こうともしない。それでもくじけず追いついた私は、先生の服の袖をつかむことに成功した。