第五章 “ A Tender Heart,”〔1〕
私の声が途切れたのと同時に、先生の視線が私からその後方へと移動する。途切れたというよりは、邪魔されたと言ったほうが正しい。私は肩を誰かに掴まれ、後ろから ぐいと引かれたのだ。
突然の出来事だった。先生に気を取られていた私は、何事かと背後の人物を見やる。そこに見慣れた姿を見て、私は少しイラついた。よりによって、どうしてこんな大事な時に。
「ここにいたのかよ。探してたんだ。……帰るぞ、麻耶」
不機嫌な顔をしたタカシが、ぶっきらぼうに私に告げる。さっきまでの張り詰めていた空気は、タカシの出現によりどこかへ流れて行ってしまった。
第五章 “ A Tender Heart,”
その場を動こうとしない私に、タカシは苦々しい表情をした。それを見ながら、私の心はタカシ以上に 苦々しい思いに占められていく。一緒に帰る約束をしていたわけじゃないのに。邪魔しないでほしい。私の気持ちなんておかまいなしに、タカシが強引に私の前に出る。先生は、こちらを向いたまま まだそこに立っていた。
「センセー、麻耶に何か用ですか? もう学校の時間、終わってますけど」
冷ややかな声で、タカシが先生を攻撃する。私には止める気力もなかった。タカシが出現した時点で、先生の心をつかむことは不可能になった。やっとのことでつかんだ 先生の心を知る為の手がかりは、あっけなく失われた。
先生はすぐに踵を返すだろう。学校を後にし、教師という義務から解放される。放課後の生徒のことなんて、彼には関係ないことだから。私だけでなくきっとタカシすら、そう確信していた。
――そう、それが彼なのだ。月原先生の定義ともいえる、完璧で、けれどそれ以上でも以下でもない普通の教師像。生徒に授業をする。生徒の質問に答える。生徒の成績をつける。彼がこの学校ですることは、それだけ。それ以上彼に深入りしようとすることは、彼自身が許さない。
あくまでも彼は、彼が義務的に作り上げた、“月原センセイ”という教師像でしかない。そんなことは、生徒全員が知っている。だから私もタカシも、予想すらしていなかったのだ。まさかこちらに歩いてきた先生が、私の腕をつかむなんて――
「悪いね。俺が先約だ」
感情の見えない声。けれどもはっきりと、先生はタカシに向かって告げた。
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