第四章 “Love For love”〔8〕
部屋の主が鍵を握って出て行くと言うなら従うしかない。けれどもあきらめの悪い私は、その場を動こうとしなかった。
「……神島。閉めるから、出て」
無表情の先生は私を容赦なく追いたてる。結局どうすることもできない私は、しぶしぶ指示に従った。準備室の鍵を閉めた先生は、私を見向きもせず身をひるがえし職員室へと歩きだす。別れ際の一言など当然無く、私のことなんて簡単に置き去りだ。
生徒の玄関は反対方向だ。彼を引き留める口実なんて、どこにも見つからなかったけれど。
「先生!」
私はいつになく大きな声を出し、必死になって先生を呼んだ。先生をこのまま行かせてしまったら、明日はセンセイと生徒の関係に戻るだけ。私はそれを知っていたから、彼が振り向かないことも、立ち止まってもらえないことも、すべて承知の上で呼びとめた。――そのつもりだった。
けれど予想に反して、先生は私の声に反応しぴたりと立ち止まった。少し離れた距離、いつもは揺るぎない見慣れた背中。驚く私をゆっくりと振り向いた先生の視線と、私の視線が交差する。何か言いたげで、何も言わない先生。
ぴんと、空気が張り詰める。呼びとめたのは自分なのに、惚けた私は何も言えなかった。こんな事態、あまりにも想定外だったのだ。
どこまでも教師であり続けようとして、何度でも私をつめたく突き放してきた人。そんな人が一体私に何を言おうとして、何故それをやめたのだろう。置き去りにしておいて、何故私を振り向いたのだろう。そんな態度をされたらもう、先生以外何も見えなくなってしまうのに。
「先生、どうして――」
私が先生に問いかけようとしたとき、けれども私の言葉は途中で途切れてしまった。