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第四章 “Love For love”〔7〕




 先生の様子がおかしい。一体どうしたというんだろう。先生をじっと観察すると、彼は視線を伏せて私から目を逸らし、私の手をやんわりとほどいた。


 くわえただけのタバコと火のつかないライターが、彼の手によって無造作にゴミ箱に投げ捨てられた。重力に引き寄せられるまま落ちたそれらは、あっけなくゴミと化す。立ち上がった先生は窓の前に移動し 私から距離をとった。今更外の景色なんて見るつもりもないだろうに。先生はいつも私に背中を向けたがる。


「……神島」


 ふと、先生が私の名前を呼んだので、私ははっとして先生の背中を見る。先生から私に話しかけてくるなんてこと、今まであっただろうか。


 けれど先生は私の名前を呼んでおいて、沈黙した。長い、長い沈黙。時間にしてみればたかが数十秒だったかもしれないけど、とても長い、静寂の時間を感じた。しばらくしてやっと、先生の背中からためらいがちな声が届く。


「君はもし、……」


 再び途切れる言葉。結局、先生はそれだけ言っただけで、また黙り込んでしまった。それでも私は、辛抱強く先生の次の言葉を待った。彼が言おうとしていること、それはとても大切なことのような気がしていた。――それなのに。


「――いや。……悪いね、少し疲れてるみたいだ」


 ようやく私を振り向いた先生は、もういつもの無表情。はぐらかされたと思った。否、はぐらかされたというよりは、無難に話を打ち切られた。


「もう俺は帰るから。悪いけどまだ用があるなら、後日にしてくれないか」


 机に座り直した先生は、机上に乗っている書類をまとめながら、私の目を見ずに淡々と告げた。


 ここで引き下がれるわけがない。先生が何を言おうとしたのかわからないけれど、それを聞くまで、絶対に帰りたくない。


「私まだ帰りません」


 かたくなな声で告げたのは、私の意志が強いことを先生にわかって欲しかったから。けれど先生の書類をまとめる手は止まることはなく、私は悔しさと もどかしさに支配される。


「先生、私帰りません」


 もう一度たたみかけてみるのだけれど、先生は無反応。駄々をこねる子供程度にしか思われていないのかもしれない。やがて机の上をそれなりに片づけ終わった先生が、ついに机の隅に置いてあった鍵をつかんだ。




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