第四章 “Love For love”〔6〕
手が止まったのは一瞬のこと。すぐに仕事を再開する先生はまるで機械のよう。
「前にも言っただろう? 俺は、生徒に対して特別な感情を持つことはない」
簡単なことを質問され、面倒な顔で説明するときのように。先生は単調な声で私の問いに答えた。その手元は相変わらず仕事を進めている。
生徒に対して特別な感情を持つことはない――その言葉はきっと、私に対しても同じだという意味を含んでいる。先生は私に、もう一度その意味を思い知らせようとしている。
そんなことはわかっている。だけどどうしても気になって仕方ないのだ。更木さんを拒絶しなかった、私の時とは違っていた。それでは納得できない。
何も反応せず、じれた子供のように微動だにできない私。やがてしびれを切らしたように、先生が重たい ため息を吐きだした。
「……帰ってくれないかな。これも前に言ったと思うけど、俺の職務は五時までだ」
先生はさっきまで機械のように忠実に握っていたペンを、あっさりと机に転がしてしまった。気だるげに背もたれに もたれかかり、ポケットに手を突っ込んだ先生は、なんとタバコをとりだした。悪びれる様子もなく、余裕の態度で。あせったのはむしろ私のほうだ。
いくら五時を過ぎていると言っても、こんなところでタバコを吸うなんて。もしほかの先生に見つかったらただでは済まないだろう。いつも完璧に、見つからないようにやっていたのに。らしくない。
先生は箱を軽く振り、頭を出した一本を右手の人差し指と中指ではさんでくわえた。続いて取り出したライターをカチリと鳴らす。けれど今日は、ライターに火がともらなかった。もう火が点かなくなっているのだろうか。それでも少し急いたように、先生はライターを二、三度カチ、カチと鳴らす。
何度やっても同じだ。もう点かないことは分かっているのに。
「やめてください」
思わず駆け寄って手を伸ばし、制するように先生のライターを持つ手をぎゅっと握る。そして勢いで触れてしまった先生の手に自分で驚き、動揺する私。すると今日初めて、先生の視線がやっと私を向いた。