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第四章 “Love For love”〔5〕




「またのぞきか。神島も、趣味が悪いね」


 先生が私を一瞥し、ふっと笑う。少し嫌味な笑みだと思った。自分の行動を顧みればそれも当然か。


「誰かが聞いていたのは分かっていたけど、まさか神島だったとはね」

「……」


 何も言えなかった。先生は扉を閉めるわけでもなく、そんな私を扉の前に取り残したまま、机に戻って仕事を始めた。うなだれる私の目に、自分の手元の書類が飛び込む。気を取り直して、負けじと先生の机の前まで突き進み、先生の眼前に書類を突き付けた。半ばやけになったような気持ちだった。


「これ。……係り決めの書類です」


 ようやく先生が机から視線を上げる。先生はどうして私が持ってきたのか、とでも問いたげな顔をしたけど、すぐにそれを受け取った。私が先生に会いたいがためにすすんで持ってきたと思われたかもしれない。最後まで残ってしまったから持ってきたと、言い訳しようかと思ったけど、やめた。


 実際私はすすんで持ってきたようなものなのだ。それに何より先生はもう、どうでもいいと思っているだろう。


「……悪いね。別に明日でもよかったんだけど」


 先生は書類を私から受け取り、ぱらぱらとめくり、一応目を通すような素振りをした。そして机の隅に放るようにして置いた。机に叩きつけられた書類はばさりと音を立て、私が一生懸命きれいにそろえた角が崩れる。一番上の一枚が風圧で浮いてずれて、隣の書類に混ざってしまった。


「じゃあ、帰っていいよ」


 先生は手短にそれだけ告げて、さっさと仕事を再開する。帰っていいよは帰れという意味だ、知っている。


 これが現実なのだ。これが私と先生の……生徒とセンセイの距離だ。更木さんも生徒、私も生徒。先生にとっては私も彼女もどうでもいい存在で、変わらないはずなのに。どうして私の気持ちは簡単に認めてくれなくて、更木さんの気持ちは簡単に許すんだろう。


「勘弁してくれないかな。仕事で疲れてるんだ」


 飛んできた先生の声にはっとする。自分では自覚ないまま、いつの間にか涙ぐんでいた。疲れたような先生の表情が、私の心に突き刺さる。


 あの日、キスしそうなほど近かった先生の顔。どこか感情的に見えた、きれいな瞳。近づけたと思ったのに。先生の心に近づく手がかりを、やっと見つけたのに。結局私は何もできないんだ。どうしていいかもわからない。無力にもどかしい思いを募らせているだけ。私はうつむき、下くちびるをかみしめながら涙を袖で拭った。


「更木さんの告白……、受け止めてあげるんですか?」


 ぽつりとした私の問いかけに、先生が仕事の手を止めた。




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