第一章 “Yes,I Long For You.”〔2〕
放課後。生徒がみんな帰宅したか部活に行ってしまい、誰もいなくなった教室。部活をしていない私は、部活をさぼって教室に残っている、目の前の見慣れた男子生徒の話を聞いていた。
「そう、それで?」
「たった一年だけ早く生まれたからって先輩面すんなって言ったんだ。したら先輩キレて、しばらく部活に顔見せんなって」
「ふーん」
身を乗り出してニヤリと笑って見せる彼に、私は空返事で答えた。全く熱のない冷ややかな自分の声が、まるで先生みたいだ、なんて。話を聞いているふりをしながら、私はそんなことを思っていた。
けれども私の前の席の椅子をこっちに向けて、机を挟んで向かい合うように座っている男子生徒は、それを気にした様子も、まして気付いた様子もない。
恰好いいとでも思っているんだろうか。部活の上下関係もうまくやっていけない、このタカシという男子生徒とは幼馴染として昔から一緒にいるけど、ずっと子供のまま成長していないんじゃないだろうかと常々思う。
言葉と裏腹に、はにかんだような笑顔。まだ内面に幼さを残した彼は、もしかしたらそこが魅力なのかもしれない。だけど私が魅力という言葉を感じるのは、やっぱりあのひとだけなのだ。
無表情で無愛想だけれど、タカシよりも私よりもずっとずっと大人な、無機質なイメージのあのひと。
「あーあ、やってらんないよなぁ。調子に乗りやがって」
さっきまで勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべていたくせに、今度は顔をゆがめて、タカシはどかりと椅子に深く座り込んだ。感情がむき出しだ。寄りかかられた椅子の背もたれが、ぎしりと音を立てる。
先生に、タカシの感情の起伏の一部だけでもあればよかったのに。そんなことを思っている私の目の前で、タカシは自分の制服のポケットに手を突っ込んで、ごそごそと探り始めた。とり出されたそれに、私は眉をひそめる。
「……たばこ? やめときなよタカシ、見つかったら停学だよ」
「それもいいじゃん、恰好よくて」
タカシはまた不敵な笑顔を浮かべている。やっぱり、なんてコドモ。もう止める気力もなくなってしまった私は、それ以上何も言わなかった。タカシの手の中のライターがかちりと鳴らされ、小さな灯がともる。それをぼんやりと眺めていた、そのとき。
「禁煙だぞ、校内は」
唐突に投げられた、全く熱のこもらないその声。私もタカシも、驚きと焦りに目を大きくしながら、声の方向を向く。
教室の入り口で、壁に背中を寄りかからせて立っていたのは、予想通り、冷めた目を持つあのひとだった。